南シナ海問題:迫る仲裁判断、関係国の動き活発化 米軍、中国の強硬策を見越し空母派遣
南シナ海をめぐる中国の主張と行動の法的是非をめぐって、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が、近く判断を示すとみられている。少なくともいくつかの争点について、中国に不利な判断となる、というのが大方の予想だ。早ければ今月にも仲裁判断が下されるとみられており、関係各国の動きが活発化している。
◆フィリピンは国際調停を求めたが、中国は拒絶
この問題は、フィリピンが2013年、国連海洋法条約(UNCLOS)に基づく仲裁手続を求めたもので、仲裁裁判所が審理を行ってきた。中国は独自の「九段線」なるものをもとに、南シナ海のほぼ全域について管轄権を有すると主張してきた。フィリピンは、中国が領有権を主張する南シナ海の岩礁などの法的地位をめぐって異議を唱え、また中国のいくつかの行動がUNCLOSに違反していると主張した。
一方、中国は、同裁にはそれらの問題に対して管轄権がないと主張し、仲裁手続に参加せず、仲裁判断がいかなるものであれ、それに従わないと明言してきた。それに対し、同裁は昨年10月、フィリピンが訴えた15項目中7項目について管轄権を有することを宣言、残りについては今後の審理などを通じて判断するとした。
判断が下される時期については、フィナンシャル・タイムズ紙(FT)社説やインターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙(INYT)は、今後数週間以内という予想を伝えており、ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、今月にも下される可能性があるとした。
◆中国が恐れている事態とは
仲裁判断の内容について、FTは、裁判所がいくつかの争点について中国に不利な判断を下すと、多くの専門家が予想していると伝えた。
ただし、仲裁判断に法的拘束力はあっても、同裁には、それを強制的に執行する力はない。またそれを行う機関も存在しない。ゆえに、FTは、中国政府は新たな人工島のどれからも撤退しないだろうと語る。ワシントン・ポスト紙(WP)は、この問題は結局のところ、(仲裁によってではなく)世界の力関係のチェスゲームの中で軍事的に解決されるか、あるいは国際世論の空想上の裁判所において解決されるだろう、と述べている。
それでは、中国は判断を全く気にしていないのかといえば、そんなことはないようだ。FTは、中国に不利な判断が下されたとして、中国が同裁を無視し、自国の主張を追求し続けた場合、国際的評判をさらに損ない、地域でさらに孤立する危険がある、としている。中国もそれを承知しているとみえ、FTによれば、中国は、同裁の判断が法的に正当でないという自国の見方に国際社会の支持を集めようと努めてきたという。WPのほうは、支持を取り集めるための必死の取り組み、と語っている。
WSJは、判断前の最終秒読み段階で、中国は支持集めの大攻勢をかけているとしている。中国はアメリカが南シナ海問題を「国際化」しているとして、ずっと前から厳しく非難してきたが、仲裁判断のせいで中国が孤立する可能性があるという懸念が中国政府内で増大していることが、この大攻勢からほのめかされる、とWSJは語る。今はむしろ中国のほうが問題を「国際化」しているということだろう。
◆世界に多数の味方がいることをアピールしたい中国だが、その実態は?
その結果として中国は何を得たか。中国は、世界の約60ヶ国がこの問題で中国を支持していると捉えているという。WSJによると、中国外務省は先月、その合計を40ヶ国以上と見積もり、また国営メディアは先週、60ヶ国近くと見積もったという。
しかし、WSJを始め、多数のメディアがこの数字を疑わしく見ている。まず、WSJによると、名前を挙げられた国のうち、5ヶ国が中国への支持を即座に否定したという。そして、WSJ、米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)が先週それぞれ、各国の公式声明を確認したところでは、中国には仲裁手続への参加を拒否する権利があるということについて、支持を公式に表明している国はわずか8ヶ国だったという。20日には、カンボジアのフン・セン首相が仲裁判断を支持しないと表明したため、これを加えて9ヶ国としていいだろう。なおその8ヶ国とは、アフガニスタン、ガンビア、ケニア、ニジェール、スーダン、トーゴ、バヌアツ、レソト。アフリカの内陸国も含まれている。
CSISアジア海洋透明性イニシアチブのグレゴリー・ポーリング部長はWPに、「60ヶ国の主張は全くのナンセンスだ」と語っている。「大多数は非常にあいまいなコメントをしている――平和的解決を支持するとか、交渉が紛争に対処する最良の方法であるとか―――中国はそれをもって、『ほら、それらの国は仲裁問題でわが国の味方だ』と言っているのだ」との見方を示した。
◆仲裁判断後に中国が開き直って軍事化を加速させる懸念
仲裁判断が出された後の最大のリスクは、中国が自国に不利な判断を激しく非難し、南シナ海で自国の軍事的野心をエスカレートさせる決断をすることだ、とFTは指摘している。その際中国は、南シナ海の制空権を宣言するか、スカボロー礁での人工島建設を追求するかのいずれかだとFTはにらんでいる。
アメリカ海軍は、中国が仲裁判断後にそういった動きに出る可能性を見越して、現在、南シナ海に近い、フィリピンの東側海域に空母2隻を派遣し、大規模な演習を行っているもようだ。INYTによると、空母ジョン・C・ステニスとロナルド・レーガンは、海軍軍人1万2000人、航空機140機、空母より小型の戦艦6艦を含む防空・海洋監視作戦の一環として、フィリピン海で接近して航行した、と米太平洋艦隊が発表したという。それだけの戦力が南シナ海のそばに控えているわけだ。
INYTによると、この空母2隻とその随行艦による演習のメッセージは誤解の余地がないもので、このタイミングは意図的なものだったと、この作戦の計画作成に通じている米当局者が匿名を条件に語ったという。実施時期がもっと後になる可能性もあったとのことだが、仲裁判断の発表が迫っているとみて前倒し気味で行ったものだろう。
また米海軍は先週、電子戦機「グラウラー」4機と軍人120人をフィリピンのクラーク空軍基地に派遣したそうだ(INYT)。
FTはこれらのアメリカの動きについて、スカボロー礁でのいかなる行動も、アメリカからの重大な反応で迎えられる、というのがその中国政府へのメッセージだと伝えた。そして、これらの米軍の準備からも、仲裁判断後に、南シナ海で米中の緊張が高まる可能性が際立つとしている。