“ワークライフバランスとはこういうことだ”身をもって示したカナダ首相、母国の議論を喚起

 先進国首脳会議(G7)の伊勢志摩サミットで来日中だったカナダのトルドー首相が、日程を1日オフにして妻のソフィ・グレゴワールさんと結婚記念を祝った。トルドー首相は「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の事例」としているが、公務で訪日中にわざわざ休暇を取ることについて、カナダで議論が起こっている。

◆高級旅館での休暇、経費は自腹
 トルドー首相は5月24日、公務がない25日は休みにして、ソフィ夫人との結婚11周年を祝う計画であることを記者会見で明らかにした。記者からの「休暇の経費は税金から支払われるのか? その場合、国にとって利点はあるのか?」という質問に対して、首相は自費で賄うと説明した上で、「これが、私がこれまで何度も話してきた、全力で国に仕えるために欠かせないワーク・ライフ・バランスの事例だ」と答えた。

 カナダの日刊紙ナショナル・ポスト(5月25日付)によると、首相が夫人と休暇を過ごすために選んだのは、サミット会場から車で1時間ほどの温泉付き高級旅館。実際の結婚記念日は帰国後となる5月28日で、この日は与党自由党大会の予定が入っていた。また、他の首脳陣はG7開幕前日となる25日に伊勢志摩入りしたが、トルドー首相は夫人との記念日を過ごした翌日の26日にサミット会場入りした。

◆「図々しい」、「日本では無責任と受け取られる」
 トルドー首相の日本での休暇について、疑問の声が上がっている。ハーパー前首相の報道官だったアンドリュー・マクドゥーガル氏はツイッターで、「図々しい」とコメントした。また、ナショナル・ポスト(5月25日付)によると週刊誌マクリーンはオンラインでアンケートを実施。「結婚記念のために1日休暇を取ったことはあるか?」という問いに回答者の3分の2が「ノー」と答えたという。

 週刊誌マクリーンはオンライン・アンケートとは別に、トルドー首相の日本での休暇に関して、3人の専門家に見解を聞く記事を5月25日付けで掲載した。ビクトリア大学太平洋アジア学科のティム・アイルズ准教授(日本研究)は、「トルドー首相の休暇を日本人はどう捉えているか」との質問に対し、公務より私生活を優先する行為は「無責任だと受け取られる問題」と答え、日本では、国の元首とは基本的には常に働くものとされていると加えた。また、25日はトルドー首相夫妻の実際の結婚記念日ではない点について、「(本来の結婚記念日である28日の)自由党大会の方を休みにするべきだ」との考えを示した。

◆下院でワーク・ライフ・バランスを模索中
 カナダ放送協会(CBC)は5月25日付けの記事で、今回の件は、議論を起こさせようとするトルドー首相の意図的な戦略ではないか、という政治戦略家のスコット・リード氏の分析を紹介した。カナダ下院では現在、国会議員の仕事と家庭のバランスをいかに改善するかを検討しているのだ。

 2月27日付けのCBCの記事によると、検討中の改善方法には、スカイプでの投票を可能にする、下院で授乳できるようにする、金曜日の議会をなくす、などが含まれている。ナショナル・ポストが当時(3月2日付)報じた記事によると、国会のあるオタワに家族ごと引っ越してきた議員もいるが、それでも通常は午後8時くらいまで、時には深夜にまで公務についているため、平日の夕食時間に帰宅できない議員が多いという。元国会議員のジョー・コマーティン氏は、現役議員だったときは週平均で80時間働いていたという。「国会議員は週4、5日なんかじゃなく、週7日働いている」と話す(3月2日付ナショナル・ポスト)。

 何も国会議員だけではない。カールトン大学のダックスベリー教授とウェスタン大学のヒギンズ教授がカナダ人25,000人を対象に行ったワーク・ライフ・バランスの調査(2012年発表)によると、カナダでは多くの家庭が、仕事と家庭のバランスをうまく取れずにいることが分かった。カナダ人のほとんどは週に50.2時間を仕事に費やし、定時間外に終わらせようと仕事を家に持ち帰る人は半数強に上るという。リード氏は、「トルドー首相は、ワーク・ライフ・バランスの議論で自分が矢面に立つよ、と言っているようなもので、首相の発言に共感する有権者は多いだろう」としている(5月25日付CBC)。

◆国民の声は
 実際に、こうした記事のコメント欄には、トルドー首相を支持する声が多く寄せられている。ナショナル・ポスト(5月25日付)のコメント欄で「いいね」を最も多く集めたコメントは、「何も悪いことはない。彼だってみんなと同じ人間だ。家庭だって持っている。(略)これまで自分は首相を何度も批判してきたが、この件で批判はしない」というものだ。他にも、「何の問題もない。(略)ジャスティン・ビーバーが新しい髪型にしたって程度の話」といった意見もあり、「税金じゃなく自腹だったら問題ない」というコメントも目立った。

 一方で反対意見として、「民間企業で働く人間が記念日で休むのは構わない。(略)でもスタッフを帯同しているときに休む必要あったの?」という声や、「仕事と生活の調和なんて、ある程度の貯金がある人が気にすること。ほとんどの人にとって”生活”とは、”仕事”の合間に絞り出すもの。最終的に帳尻が合えばいいなと願いながら」といった悲痛な声もみられた。また、「こんな馬鹿げたことをするためにわざと2日早く日本に行ったんだよ。(略)国家の恥」や、「そもそも税金を使って夫人を日本に連れて行く必要があったのか」という意見もあった。

 しかしどちらの立場にせよ、次のコメントが多くの人の声を反映しているように思える。「カナダ国民のために、仕事と生活の調和を可能にする法案を通すよう進めてほしい。年間50週間、週40時間働くのは心が折れる」。今回のトルドー首相の行動を支持する人も批判する人も、最終的に求めるのはそこではないだろうか。

Text by 松丸 さとみ