流出資料から中国ネット工作員の実態が明らかに 反政府的な言論を抑える意外な手法とは?

 中国では、ネット上に共産党政府が雇った工作員が大量に存在する、という見方が広く行き渡っていて、公然の秘密扱いされている。ネット工作員は「五毛党」と呼ばれる。政府を擁護する書き込み1件につき5毛(0.5元、約8円)の報酬を受けている、といううわさがその由来だ。五毛党の活動については、これまで体系的・実証的な証拠はなかったが、ハーバード大学教授らが中国の地方政府のプロパガンダ機関から流出したメールを分析し、その実態の一部が明らかになった。それは2つの面で予想を裏切るものだった。

◆中国のネット工作員に対する一般的なイメージとは異なっていた
 ハーバード大学のゲーリー・キング教授(政治学)を中心とする3人の米学者によるこの研究は、五毛党の活動の大規模な実証的分析として初のもの、という触れ込みだ。ブルームバーグによると、キング教授は、定量的データを用いた公共政策の分析を専門としている。

 教授らが分析を行ったのは、中国江西省贛州(かんしゅう)市章貢区のインターネット宣伝部から流出したとされるメールである。2014年12月に、あるブロガーがハッキングで入手したとして公開した。香港のサウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙(SCMP)によると、大多数のメールは、当局と五毛党メンバー間の任務割り当てと作業報告のやりとりだったという。

 教授らは2013~14年の2341通のメールのうち、1245通に、五毛党による書き込み4万3797件の内容が含まれていることを発見した。教授らは書き込みを行った人物を特定し、実に99.3%が章貢区のさまざまな部局の職員による書き込みであることを突き止めた。五毛党の工作員は、フリーランスが請負でやっているというのが一般的なイメージだが、それを裏切る結果だった。書き込みごとの別途の報酬に関する記録もないことから、教授らは、おそらくこの作業は職員の職務の一環として行われているのだろうと語っているという(ブルームバーグ)。

 また教授らは、人口比などの計算から、2013年、中国本土全体での五毛党による書き込みは約4億8800万件に上ったと推定した。

◆中国のネット工作員は話題をすり替えて火消しを図る?
 もう1つ、一般のイメージからかけ離れていたのは、書き込む内容についての方針だ。五毛党の工作員は、政府への批判者に議論で食ってかかり、論破しようとする、というのが一般のイメージとしてあるらしい。ところが、実際の書き込みはもっとおとなしいもので、むしろ、議論を沈静化させるために話をそらしていく、というのがメインの手法のようだ。

 教授らによると、五毛党は、地方で暴動が発生した際や、政治的に重要なイベントがある際などに、(指示を受け)集中的に書き込みを行っているという。書き込み先は、政府ウェブサイトのコメント欄や、WeChat、Weibo(微博)などのSNSだ。大部分の書き込みは、中国国家と、中国共産党の革命の歴史、体制のシンボルへの熱烈な支持を表明して、話題の転換を図っているという。

「振り返ってみれば、このことは大いに道理にかなっている。議論を止めさせる最良の方法は、議論を続けるよりも、気をそらし、話題を変えることだ。しかしこのことはこれまで知られていなかった」とキング教授はブルームバーグにメールで語っている。また米公共ラジオネットワークNPRに対して、「議論は、誰かのほうがより説得力があるからといって終わらない。中国政府の目的が集団行動のイベント(それが何であれ、あるいは政府に批判的なイベント)に関する議論を止めさせるということであるならば、誰かと議論することは目的を達するうえで非常に効率の悪い方法だ」と語っている。

 キング教授は以前の研究で、中国の検閲は、抗議活動やその他の集団的行動を促す恐れのあるソーシャルメディアの投稿に最も集中する傾向があることを見出していた、とウォール・ストリート・ジャーナル紙は伝えている。五毛党の書き込みも、これと同様に、集団抗議活動を未然に防ごうという意図が示唆されるとしている。

◆ネット工作員による世論誘導は検閲よりも反感を買いにくい
 五毛党による世論誘導は、検閲ほど国民の反感を買う危険性が少ない。検閲の場合、政府が検閲したことは判明しやすい。英テレグラフ紙は、政府はこの(世論誘導の)方策により、あからさまな検閲という手段に訴えることなく、世論と議論に影響を与えることができる、と語っている。

 またブルームバーグは、完全な検閲は怒りをかき立てるばかりだが、いくらか異議を唱えるのを認めることで、政権が地方の指導者に関する世論を測るうえで役に立つ、とキング教授らが述べていることを伝えている。

◆ネットで政府を擁護する人たちは他にもいる
 教授らの研究により、政府職員が五毛党として活動している様子が描かれたが、北京外国語大学の喬木(Qiao Mu)教授は、ネット上の議論と世論形成に関与している「ボランティアの五毛党」がやはり存在しており、この研究は「中国のインターネット生態系の部分的説明」を提供しただけだ、と主張した(SCMP)。

「報酬を受けていない、またはネットに書き込むよう命じられていないこれらの人々は、社会の抜本的変化を見たがっておらず、当局を自発的に擁護している」と喬教授は語っている。

 また政府職員以外の五毛党メンバーが存在している可能性もある。その解明は今後にまたれる。

Text by 田所秀徳