漁民を利用して権益確保…中国の巧みな海洋支配戦略とは? 組織化された「民間人」の脅威
中国の漁船はしばしば重大な国際問題の引き金になっている。2010年には尖閣諸島付近で海上保安庁の巡視船に体当たりする事件があった。南シナ海では最近、他国の排他的経済水域(EEZ)内で操業し、深刻なあつれきを生じるケースが続いている。これらの漁船は中国政府からの強い後押しを得て活動している。そこには、漁獲量を増やしたい漁業者側と、自国の権利主張を強化したい政府の思惑の一致がある。また中国では、漁業者などが「海上民兵」として軍組織に組み込まれ、監視や埋め立て活動の支援など海洋権益確保のためのさまざまな活動に従事する歴史がある。
◆中国の海洋進出の先兵として働く中国漁船
中国は「国家海洋権益を断固として守り、海洋強国を建設する」ことを国の方針としている。南シナ海での強硬な振る舞いはこの方針に基づく。ハード面では人工島の埋め立て・建設が目を引くが、人的活動のソフト面では中国漁船による漁業活動がその先鋒(せんぽう)だ。「中国当局は漁師と漁船団を、係争海域での中国のプレゼンスと権利主張の拡大の重要なツールとみなしている」と、シンガポールの南洋理工大学ラジャラトナム国際研究院(RSIS)の張宏洲アソシエイトリサーチフェローがワシントン・ポスト紙(WP)で語っている。
中国は「九段線」なる独自の主張によって、南シナ海の大部分について、島の領有権や海洋資源の排他的権利を主張している。WPは、中国の南シナ海の権利主張は、一部には、自国の漁民が何世紀もの間そこで操業していたという考えに基づいていると語る。だが中国は、水産業の操業範囲を拡大することで、その場で事実を作り出すことを試みてもいる、と専門家らが語っているとWPは伝える。つまり、中国の主権の及ぶ場所であるという実績作りだ。
まず漁船が道を開き、その後沿岸警備艇(海警船)がやってきて、その後にしばしば礁や浅瀬の埋め立てが続き、最終的には軍事拠点化と支配が来る、と豪ニューサウスウェールズ大学のアラン・デュポン教授(国際安全保障)はWPに語っている。同教授はこれを「漁業、保護、占拠、支配」戦略と呼んでいるそうだ。
英エコノミスト誌は、漁業が持ちうる戦略的効用として、係争海域に中国船が常日頃から多数存在していると、それがその海域での現状として固定化し、異議を唱えることが難しくなるとしている。また中国がその海域について伝統的に権利を有しているとの見解を補強する、と語っている。
◆中国での魚介類の需要は高いが、沿海の漁業資源は枯渇気味。そこで…
漁業者にしてみれば、南シナ海の係争海域や他国のEEZにまで出かけて行って漁をするのは、より多くの漁獲を期待してのことだ。WPは、中国の1人当たりの魚介類消費量が、2010年時点で世界平均の倍近くだったこと、そして年間およそ8%伸びつつあることを伝えている。また、中国では水産物輸出産業がすでに世界最大であり、なおも急速に成長中だとしている。水産業には約1500万人が従事しているとのことだ。中国の漁獲量は他国を圧倒しており、中国での需要は非常に高い。
一方、エコノミスト誌によると、中国沿海の漁場は乱獲と汚染によって荒廃しており、漁業資源の枯渇が深刻だという。南シナ海の中国沿海部の漁場では、1950年代に比べて、漁業資源は5~30%しか残っていないそうだ。WPは、漁師らが、中国沿海に比べてスプラトリー(南沙)諸島近辺ははるかに豊かな漁場だと語っていると伝える。
◆政府主催の南シナ海漁業ツアー?
こうして政府と漁業者の思惑が一致しているため、政府は、漁業者を南シナ海の遠くまで積極的に送り込もうとしている。WPによると、漁船には政府から燃料補助金が出るそうで、より大きな船と、スプラトリー諸島への出漁には割増しになるそうだ。また海南省政府は大型の鋼製トロール船の建造に多額の助成金を出しているという。さらに、高価な衛星航法システムが約5万隻に対してほぼ無料で提供されたと伝えている。このシステムにより、漁船がトラブルに遭遇した際、正確な位置とともに、海警船に緊急信号を送ることができるという。
漁業者らによると、政府はしばしばスプラトリー諸島まで海警船を随行させて、漁船団の遠征航海を組織するそうで、とりわけ緊張が高まっている時にそうするという(WP)。漁業者にとっては、政府の保護付きで、漁業資源豊富な海で漁ができるわけで、これは非常においしい話だろう。
◆軍人を兼ねる漁業者も。「海上民兵」
WPによると、「海上民兵」がこれらの遠征航海をしばしば組織しているそうである。海上自衛隊幹部学校防衛戦略研究部の山本勝也1等海佐によると、海上民兵とは、主として沿岸部や港湾、海上等を活動の舞台とする民兵の通称とのことだ。民兵は、他に職を持ちながら必要に応じて軍人として活動する「パートタイム将兵」で、正規軍人だという。
山本1等海佐によると、海上民兵の多くは、漁民や離島住民のほか、海運業者、港湾等海事関係者から組織されており、一般的に、普段の職業に応じた任務が与えられているようだという。漁民の場合は、自らの漁船を使って、沿岸部に停泊中の海軍艦艇などに食糧、弾薬、燃料等を輸送するといったことが多いようだという。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、漁業者を兼ねる海上民兵が中心だとみているようだ。海上民兵隊は典型的には民間漁船で編成される、と語っている。軍事訓練や政治教育を受け、中国の海洋権益を守るために動員されるという。
海上民兵の任務内容は、輸送や海難救助、情報収集など多岐にわたっている。WPは、海上民兵のある部隊が、スプラトリー諸島での埋め立て・建設計画のために、建設資材を運ぶのを手伝ったと伝えている。
またWSJによると、海上民兵は中国の政治的、外交的取り組みと連携して、係争海域や、領有権を主張している島の波止場での中国のプレゼンスを維持する助けもしているという。これは、普段の漁などを通じて中国の政策に沿った行動を取るということだ。
◆民間人と海上民兵の区別は厄介
中国の海洋進出を食い止めたいと思っている国にとって、海上民兵は厄介な存在である。山本1等海佐によると、民兵が軍人として行動する際には、国際ルールにのっとり、軍服を着用して、民間人の身分ではないことを明示する必要があるそうだが、それはいくらでもごまかしがききそうだ。
昨年10月、米海軍ミサイル駆逐艦ラッセンがスプラトリー諸島スービ礁付近で「航行の自由」作戦を実施した際、中国海軍は距離を保ったが、小型の商船や漁船はずっと近くまで接近し、ラッセンのへさきを横切りさえした、とディフェンス・ニュースが報じたことをWPは引用する。専門家らは、これらの船には、おそらく海上民兵が乗っていたと語っているという。
WSJは、東・南シナ海でアメリカやその同盟国の関わる衝突が万一勃発するとしたら、見た目上は民間船だが軍事的役目を果たしている多数の船に対処するための交戦規則が必要とされるだろう、と語っている。