“習主席は辞任すべき” 中国政府系メディアに怪文書が掲載され騒然…何を意味するのか?

 中国の習近平国家主席が2013年3月にその地位に就いて以来、丸3年が経過した。習主席の外交姿勢は、日本や、東南アジアのいくつかの国などとの間にあつれきを生んでいる。中国国内では、習氏個人への権力集中による独裁的な政権運営に対して、反発の声が次第に高まっているようだ。習政権への批判が各界の実力者からも聞かれるようになっている。そんな中、ネットで発表された習主席宛ての匿名の公開書簡が大きな波紋を呼んでいる。

◆習主席への権力集中などを手厳しく批判
 この手紙は、中国の全国人民代表大会の開幕を翌日に控えた3月4日にネットに現れた。インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙(INYT)によると、アメリカに運営拠点のある中国語ウェブサイトが初出で、このウェブサイトは中国の人権問題に関するニュースや、中国共産党に批判的な論評を専門に扱っているという。

「忠実な共産党員」と自ら名乗るその手紙の差出人は、習主席の政治姿勢や政策の失敗を糾弾し、辞任を強く求めている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)が伝えるところでは、批判の焦点は、習主席が権力を過度に集中させていること、反汚職キャンペーンで官僚政治を停滞させていること、冒険的な外交政策、中国経済の減速に十分な注意を払っていないことだ。

 ワシントン・ポスト紙(WP)によると、手紙は次のように批判している。習主席の独断的な外交政策のせいで、中国はアジアの近隣国の反感を買い、アメリカが影響力を得ることを許してしまったし、香港と台湾の人民を疎遠にした。また主席が経済政策を誤ったせいで、昨年の株式市場の暴落につながり、国営企業での大量の一時解雇を引き起こし、中国経済を「崩壊の瀬戸際」に追い込んだ。反汚職キャンペーンのせいで役人が怯えて働けなくなり、そのキャンペーンは(実際は)権力闘争を動機としている、というものだ。

 INYTによると、習主席は権力を過度に集中させており、(党中央政治局常務委員による)集団的意思決定という党の最近の伝統に背いている、と手紙は主張しているという。また主席は、危険な冒険主義のために鄧小平の調整された外交政策を放棄しているし、報道機関を自身のイメージを売り込むための追従的な手先に変えてしまった、という。

◆国内の政府系ニュースサイトに公開されたことで問題に
 この手紙が同日、中国国内のニュースサイト「無界新聞」に転載されたことで、問題は一気に膨らんだ。というのは、このサイトは、中国共産党の肝いりで官民共同で設立された、中国当局公認のインターネットメディアだったからだ(日本経済新聞)。

 そのような場所に、なぜこれほど反政権的な手紙が公開されるに至ったのかは、現状、謎のようだが、中国の捜査当局はその犯人捜しに躍起になっているようだ。WSJによると、無界新聞の編集者、運営スタッフの少なくとも4人と、技術サポートを提供する関連会社の約10人の連絡がつかなくなっているという。これは、尋問のために当局に拘留されているとみられている。INYTは、当局の捜査手法が、手紙そのものよりも注意を引いている、と語る。

 手紙の差出人や、関係者の捜索も同様に進められているようだ。手紙への関与が当局によって疑われている海外在住の反体制派中国人ジャーナリスト2人の場合、中国にいる家族が当局に拘留されたという。

◆習主席に対して党内からも反発の声が出ていた
 中国当局が過敏とも言える反応を見せていることについて、中国共産党員の間にも、手紙と同様の批判が巣くっていることが背景にあるようだ。英キングス・カレッジ・ロンドンの中国政治のケリー・ブラウン教授は、「反応が示しているのは、彼らがどれほど神経過敏になっているかということだ」、「これらの見解が、実際のエリートの人物の代弁として受け取られるかもしれない、ということを心配しているようだ」とINYTで語っている。

 WPは、ここ数週間の間に、習主席に対する公然の批判が、実業界や報道機関の上層部、またさらには共産党内部からも出ていることに注目している。その核心にあるのは、習主席が権力集中、および反対派の弾圧を企てていることへの不満が、党内でも党外でも大きくなっていることだ、とWPは述べている。

 エリートたちが自分のキャリアや、身柄の自由でさえも危険にさらして政権批判の声を上げていることについて、WPは、危機感の高まりが背後にあるとみているようだ。中国共産党は長い間、内部の議論を行い、合意によって統治することができることを自慢していたが、これらの(批判的な言説の)突然のほとばしりは、このシステムが習主席の個人集中的な支配の下で壊されているという深刻な懸念を示唆している、とWPは語る。

◆習主席のメディア統制にほころび?
 また習主席はメディア統制の強化を図ってもいる。WPは、習主席が国営メディアに対し、現在すでに行っている以上に厳密に党の方針に従うよう要求した、と伝えている。これは、習主席が人民日報、新華社、中央テレビを視察後に、「党、政府が主管するメディアは党と政府の宣伝陣地であり、姓は必ずや党でなければならない」と述べたことを指す(毎日新聞)。

 INYTのもう1つの記事は、中国の有名紙の編集者が、中国の厳しいメディア統制の圧力にもう抵抗できないので辞職すると、ネットで明らかにしたことを伝えている。その人物がネットで公開した退職願には、退職事由として「もうあなたたちの姓には従えない」と書かれてあった。

 手紙が公開された無界新聞は完全な国営ではないが、ドイツ在住の中国人ジャーナリスト長平氏は、「習近平は完全な支配を求めており、国内のウェブサイトにこの手紙が現れたことは、支配の欠如を示した」とINYTに語っている。

◆それでも習主席の安泰は続きそう
 だが数々の批判も、習主席の権力基盤を直ちに脅かすものではない、というのがWPの見立てのようだ。習主席が間もなく失脚させられることや、習主席が方針を変えるということでさえ、予言している者はいない、とWPは語る。それ以上にありそうなことは、習主席が国内政治にあまりにも気を取られてしまい、減速している中国経済を復活させるために必要な、痛みを伴う改革を今後も避け続けるということだ、という。また彼は、自身への支持を強化するために、より一層愛国主義的な政策方針を取り続けるかもしれない、としている。

 またWPは、独立的な世論調査は中国では不可能ではあるけれども、あらゆる徴候が示唆しているのは、習主席は国民の間で依然として人気だということである、と語っている。

 中国では、国内政治に対する国民の不満のガス抜きとして反日感情が利用されることがあった。今後、もし国民一般の間で習政権への不満が高まるようなことがあれば、その再来が心配されるところだ。

Text by 田所秀徳