就任10周年のメルケル独首相が高く評価される理由とは? そして訪れた最大の難問
ドイツのメルケル政権が10周年を迎えた。東ドイツ出身で物理学者のメルケル氏は、ベルリンの壁崩壊後に政界に転じ、女性初のキリスト教民主同盟(CDU)党首、また首相として辣腕を振るってきた。ギリシャ危機などの難題を乗り越え、欧州のリーダーとなった同氏だが、難民受け入れの姿勢を巡り批判が高まっており、政治家として最大の危機に直面している。10周年を機に複数の海外メディアが同首相のこれまでの功績と現状の課題を論じている。
◆学者から政治家へ
アンゲラ・メルケルは、1954年ハンブルグで生まれた。アンゲラ誕生の数週間後、プロテスタントの神父である父ホルスト・カスナーは、家族を連れてソ連が支配する東ドイツに移住。西側のプロテスタント教会の保護下で、西側の新聞やテレビ放送を利用するなど、かなり自由な生活だったという。ホルストは、社会主義の基本的思想は正しいと信じていたが、東ドイツにおけるそのやり方には異議を唱えており、しばしば政治的話題が家族で話されたという。当時を回想しメルケル首相は、「早い段階から、私には東ドイツは機能しなくなるだろうことが明らかだった」と述べている(インデペンデント紙)。
幼いころから成績優秀だったアンゲラは、大学で物理学を専攻する。学友のウルリッヒ・メルケルと結婚し4年後に離婚するが、現在の夫と結婚した後もメルケル姓を名乗っている。その後物理化学の博士号を取得し、学者の道を歩んでいたが1989年11月にベルリンの壁が崩壊。このとき彼女は、「政治家になってドイツ統一を早急に果たし、市場経済を導入したい」と考えるようになる。共産主義が崩壊した東ドイツで、35歳のメルケル氏はリベラル保守政党の『民主主義の出発』に参加。その後東ドイツCDUを経て、東西ドイツ統一後はCDUに入党し選挙に出馬。当時のコール元首相に「クリスチャン家庭出身で、完全に共産主義に染まっていない東出身の女性」候補として期待され、女性・青年問題担当相、環境相、党幹事長にまで登り詰めた(インデペンデント紙)。
◆内外から高い評価
「コールのお嬢さん」と呼ばれたメルケル氏にとってきわめて重要な政治的チャンスは、皮肉にも師であるコール元首相の献金スキャンダルだった。汚職に手を染めたコールを自ら追い出したメルケル氏は、2000年にCDUの党首に選ばれる。2005年の総選挙後、初の女性首相となり、以来10年間に渡り首相を務め、今や欧州の顔となった。
海外メディアは総じて、政治家メルケルのこれまでの業績を高く評価している。ロイターは、世界経済危機、ユーロ圏の混乱、そしてプーチン大統領との関係まで、様々な難題を解決に導いたメルケル首相は、事あるごとに強くなり、その人気も高まっていったと述べる。インデペンデント紙は、ギリシャ危機に言及。「ユーロ圏の破綻は、欧州の破綻だ」と述べたメルケル氏が、債務免除ではなく支援の条件として緊縮政策をギリシャに課したことで、さらなる財政的負担を望まないドイツ国民の怒りを収めたと指摘し、同氏が欧州を救ったという見方を紹介している。
ドイチェ・ヴェレ(DW)は、メルケル氏は常に実用主義者であると述べる。環境相時代に、原子力は選択肢の一つと信じていた同氏は、福島の事故で「ドイツの施設は安全でも、事故の影響は時間をかけて熟考すべき」と、方針を180度転換した。DWは自分の政治の流れを変えることができるのがメルケル氏だといい、「お嬢さん」から成熟した「国家の母」に成長し、党、政府をうまくコントロールしていると述べている。
◆難民問題が最大の危機に
今まで人気の高かったメルケル首相だが、「オープンドア」政策を掲げ難民受け入れを表明してから大きな批判を浴びている。ロイターによれば、パリの連続テロ事件の影響もあり、現在は受け入れ初期の歓迎ムードは薄れ、政権の支持率も低下。その一方で、反移民を掲げる新党の支持率が上昇している。党内や関係グループからは、受け入れにはより厳しい姿勢を取るべきという意見も出ており、メルケル氏には苦しい状況となっている。
もっとも、現状ではメルケル氏に代わる政治家がいない、ドイツ経済はいまも上向いている、という理由で、メルケル政権が終わると見るのは時期尚早だとロイタ―は指摘する。ある消息筋は、2017年に行われる連邦選挙にメルケル氏は出馬する意欲を持っている、とロイターに語ったという。インデペンデント紙は、首相としてのメルケル氏の未来は、難民危機をサクセスストーリーに変えることで国内外の批判を打ち負かす同氏の能力にかかっていると指摘。DWも、メルケル氏が歴史に残る政治家であることは違いないが、難民政策での成功が、後々のメルケル氏への評価に影響するだろうと述べる。
政権発足から10周年。今回ばかりはさすがのメルケル首相でも「手に余る仕事をやろうとしているのでは」という声も聞かれるという(インデペンデント紙、11月20日)。今がメルケル氏の正念場であることは間違いないようだ。