韓国:歴史教科書の国定化になぜ国民は怒りを爆発させたのか? 朴大統領の目的とは
韓国・ソウルの中心部で14日、大規模な反政府デモがあり、約6万4000人(警察発表。主催者発表は13万人)の市民が警官隊と激しく衝突した。訴えの内容は農業問題、若者の雇用問題、そして、最近韓国世論を二分している「歴史教科書の国定化問題」だった。大規模デモの背景には、朴大統領による“教育・政治の私物化”に国民の怒りが爆発したという側面もあるようだ。
朴槿恵(パク・クネ)大統領は先月、中学・高校の歴史教科書を、日本同様の複数の教科書会社による検定制から、国が作る単一の教科書に限定する国定制に戻すことを発表した。これに対し、意見が分かれる日韓併合や南北分裂に対する評価を国が定めることが、「民主主義に逆行する」との批判が、教育現場などから噴出している。また、朴大統領の真の狙いは、かつて教科書を国定化した父親の朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の「名誉回復」にあるのではないかという見方も強い。
◆日韓併合や南北分裂の評価を統一
韓国政府が歴史教科書の国定制実施を発表したのは、先月12日のことだ。2017年度から、新しい単一の教科書を使用する計画だ。これに対し、いわゆる革新派の市民や有識者が、強く反発している。高校生のグループなどによる反対運動が各地で起きており、14日のデモでその怒りが他の問題と融合して「国民の怒り」として爆発した形だ。
ハフィントン・ポストが国定化発表後に掲載した分析記事によれば、韓国内で対立する歴史観は、大きく次の3点だ。
・1910〜1945年の日本の植民地支配を、日本による抑圧と収奪と否定的にみるか、朝鮮半島の近代化に一定の貢献があったとみるか
・主に1945年の解放以降、韓国(南朝鮮)で起きた反政府暴動を、民衆運動と肯定的にみるか、北朝鮮の指示を受けた左翼テロと否定的にみるか
・1960〜70年代の朴正熙政権を、民主主義を弾圧した独裁者と否定的にみるか、経済発展の立役者と肯定的にみるか
同紙は、韓国では、進歩派(革新)は前者、保守派は後者の見方を取る場合が多いが、歴史学、教育学界では進歩派が優勢だとしている。朴槿恵政権は、今の教育現場で使われている歴史教科書が「反米的で北朝鮮に甘い」と批判しており、保守派に近い立場を取っている。昨年には、保守派の学者らが編集した「教学社」の歴史教科書が初めて検定に合格。しかし、教師らが「日本の植民地支配や、軍事政権の独裁を美化している」と猛反発し、大規模な採択反対運動が繰り広げられた。その結果、採択した学校が1校にとどまったことで、業を煮やした朴政権が国定化に踏み切ったと見られると、ハフィントン・ポストは分析する。
◆真の狙いは父親の名誉回復か
朴大統領は、今月10日の閣議で、「現行の歴史教科書は、わが国の現代史を正義に反する歴史として否定的に描写している。大韓民国は『政府の樹立』、北朝鮮は『国家の樹立』と記述され、大韓民国に分断の責任があるかのような印象だ。6・25戦争(朝鮮戦争)の責任も南北双方にあるかのように記述され、戦後の北朝鮮による各種の挑発は矮小(わいしょう)化されている」と発言。そのうえで、「このように誤った内容でバランスを欠いた歴史教科書で学んだ生徒たちは、『大韓民国は生まれてはならない恥ずべき国』という認識を持ち、国家に対する誇りを失わざるを得ない。自国の歴史を知らなければ、魂のない人間になり、正しい歴史を学ぶことができなければ、魂が不正常な人間にならざるを得ない」と、歴史教科書国定化の正当性を強調した(朝鮮日報)。
一方、朴大統領のこうした歴史観や理念は、表向きの理由にすぎないと見る韓国メディアも多い。ハンギョレ新聞などが、朴大統領は、父親の朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の「名誉回復」に執念を燃やしているのではないか、と指摘している。独裁的な政権運営を進めた同大統領は、1974年に中学・高校で計11種類あった歴史教科書を、中高各1種類の国定教科書に再編した。しかし、その後の民主化の流れで2011年までに同大統領による国定教科書は段階的に廃止された。
ハフィントン・ポストは、当時の国定化の狙いを、「朴正熙政権が、軍事クーデターによる政権奪取や、元日本軍人だったことなど、政権の正統性が常に疑問視されていたからだった。朴正熙政権期の国定教科書では、軍事クーデターが『革命』と書かれるなど、政権を正当化するために使われた」と記す。新しい国定教科書が導入される予定の2017年は、朴正煕氏の生誕100年に当たる。教科書を通じて近年は批判的に語られることの多い朴正熙政権を再評価し、父親の名誉回復を図るには絶好のタイミングだ。それが朴槿恵氏の真の狙いだとすれば、大統領とはいえ一個人の「私怨」に、国民が巻き込まれているということになる。一連のデモに見られる市民の怒りは、単純に「歴史認識の違い」だけから来るものではなさそうだ。
◆国定教科書執筆責任者がセクハラで辞任
歴史教科書の国定化を巡っては、信じられないようなスキャンダルも起きている。国定歴史教科書の執筆責任者に選ばれた崔夢龍(チェ・モンリョン)ソウル大名誉教授に、女性記者に対するセクハラ疑惑が発覚し、代表執筆者を辞退するという騒動に発展した。
韓国メディアの報道によれば、崔氏は今月4日、自宅に取材に訪れた朝鮮日報などの複数の女性記者に対し、いやらしい言葉をかけたり、体を触るなどしたという。頬にキスしたり、体をなでたりしたとの報道もある。崔氏は酒を飲みながらインタビューを受けていたといい、疑惑発覚後のテレビのインタビューで、普段から酔うと女性にちょっかいを出す癖があると発言。「以前にどこかで聞いた(性的な)冗談を言ったのは事実」と一部セクハラ行為を認め、2日後に代表執筆者を辞退した。
韓国・中央日報は、崔氏は辞退に際し、「正しい歴史教科書の編纂に障害にならないようにしたい」と述べ、歴史教科書作成を行う国史編纂委員会も本人の意向を尊重し、辞退を受け入れることにしたと報じている。 同紙は、国定歴史教科書は、「執筆陣を公開して国民の検証を受けるべきだ」という社説を出しているが、執筆責任者のとんでもないスキャンダルにより、「これで国定教科書執筆陣の構成はさらに難しくなった」と嘆いている。