“難民はもうたくさん…” パリ同時多発テロでEU内の難民政策に不協和音

 13日にパリで起きた同時多発テロは、世界を震撼させた。一部の自爆テロの現場から、シリアのパスポートが見つかったことから、テロリストが難民に紛れ込んで欧州に侵入している疑いが浮上。EU諸国では、難民受け入れ政策の見直しや、域内の移動の自由の制限を求める声が上がっている。

◆パリのテロが難民問題に飛び火
 フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、すでに欧州では火がついていた難民流入問題に、パリの事件が油を注ぐ形となり、右派の政治家や国々が、新たな国境管理について議論を始めたと述べた。他の欧米メディアも、同様の見解を示している。

 ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)によれば、東欧では、以前から貧しいイスラム移民の流入には冷ややかな目が向けられており、パリの事件で批判の声が高まっているという。スロベニアの外相は、「悪意を持った」者が、難民に紛れていることが明らかになったと警告した。チェコの財務相も、欧州は戦時中であり国境を封鎖するなど断固たる措置を取る必要がある、と語っている。

 ポーランドでは、先月末の総選挙で圧勝し、政権を取るのが確実となった保守強硬派政党の「法と正義」が、EUから割り当てられる難民は、もはや受け入れたくないと表明。(FT)。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)によれば、フランスでは極右政党のリーダー、マリーヌ・ルペン氏が、EU内のパスポートなしでの移動を自由にするシェンゲン条約の廃止を主張し、事件後から行われている一時的な国境封鎖での出入国管理では不十分だと述べた。イタリアでは、反移民を掲げる政党、北部同盟のリーダーが、移民入国の規制を強め、欧州の国境封鎖を求めている。

◆難民=テロリストではない
 アナリストのアントニオ・バロッソ氏は、過激なポピュリスト政党だけでなく、穏健な中道右派からも批判が上がっているとし、安全保障上の懸念は、EUの移民政策への圧力となると見ている(WSJ)。

 そこで高まる批判を鎮めようとしているのが、EUとドイツ政府だ。欧州委員会のジャン・クロード・ユンケル委員長は、亡命希望者とならず者を同じと見るのは不適切だとし、そのような考えのポピュリストがEUの政策を変更するために、パリのテロ事件を利用していると反論した(FT)。ドイツのデメジエール内相も移民や難民はテロから逃れてきているのであり、テロを起こすために来ているのではないと説明。難民危機への対処とテロリズムへの対処を結びつけるべきではないと述べ、冷静な対応を求めている(Daily Beast)。

 しかし、各国ですでに難民に対する嫌がらせや暴力も確認されており、難民保護のための警備も必要になっているという(Daily Beast)。元EU駐トルコ・シリア大使だったマルク・ピエリーニ氏は、パリの事件が難民政策を複雑化させたと述べ、とりあえず国民を安心させることができる解決策に政治家が走ることは明白で、根本的解決は難しいことを示唆している(FT)

◆全難民の情報管理は不可能
 メルケル独首相は、現状の移民と国境政策を変える意図は今のところないようだが、WSJは、限られた効果しかない現状の欧州全体のセキュリティのメカニズムを改善しなければ、オープンな政策がうまくという同氏の考えに、人々の賛同は得られないと述べる。

 同紙は、現状のEUの政策では、だれが入国してくるかをコントロールするのは困難と指摘。何十万人の難民の個人情報を登録し、指紋を採取しても、パリの事件の後では、イスラム過激派を特定し阻止する効果はないように思えると述べる。イタリアのリベロ紙のジャーナリスト、フランコ・べキス氏は、イタリアでは多くの難民が、身分証明書もなく、名前や出身地も言わず入国してくるケースもあると指摘。だれが難民のなかに隠れているのか分かったものではないと述べている(Daily Beast)。

 テロ防止と難民受け入れ。どちらを優先すべきか、欧州は揺れている。

Text by 山川 真智子