なぜサンフランシスコに慰安婦像が建てられるのか? 土地特有の事情と中国系市民の活動とは
既にアメリカのロサンゼルスで設置され、日本でもさまざまな議論を呼んだ慰安婦像だが、サンフランシスコの市議会でも設置の決議案が9月に採択された。そして近いうちに正式な場所を選んで像の設置が行われる見通しである。この国際的な事件について、サンフランシスコの地元のインターネットを中心としたニュースメディアは、自社のインターネットサイト上で一斉に取り上げており、今回この慰安婦像がサンフランシスコ市に建てられることになった経緯と、第2次世界大戦中に旧日本軍が東アジアの女性たちに行っていたとする性的虐待の歴史を伝えている。
◆サンフランシスコでも慰安婦像設置へ 現地の反応は?
北カリフォルニアの公共放送であるKQEDのウェブサイトでは、比較的短いニュース文面の中でこの慰安婦像について伝えている。そこでは、慰安婦像が建てられることによりこの地域に住む日系人への差別が助長されないかと危惧の念を抱く一節とともに、サンフランシスコの友好姉妹都市である大阪市の橋本市長から抗議の書簡が市議会に届けられたことを紹介している。
興味深いのはサンフランシスコを拠点とする、ややゴシップ色の強いSFゲイト紙である。慰安婦像設置についてのニュースは比較的短いものだが、読者が意見を投稿できる投稿欄には、第二次世界大戦中に東アジアで起きたとされる慰安婦の悲劇とサンフランシスコに、一体何の関連があるのか今ひとつ理解できないといった意見が大半を占めている。今回の採決には中国系市民の政治的な思惑なども根深く反映され、実は裏で何かがあったのではないかという印象を強く受ける人も少なからず存在しており、そのようなコメントが数多く寄せられたのだろう。
◆慰安婦像に対するサンフランシスコでの扱い
日本ではこの慰安婦像の設置に対して、右翼系団体を中心にかなり大きな議論を呼び起こしているのは周知の事実だろう。この像を設立しようと現地で主に活動しているのは、サンフランシスコに住む中国系市民である。これらの中国系市民による一連の活動は、日本の右翼系市民はもちろんのこと、サンフランシスコに住む日系人と中国系市民の間に多少の軋轢(あつれき)を生んでいる。
しかし、一度インターネット系のメディアやニュースから目を離して、サンフランシスコ現地のテレビニュースなどを見てみると、全くと言っていいほどこの慰安婦像についてのニュースは見かけない。全米放送の大手テレビ局のニュースなどを見ていても、この慰安婦像設置に関しての報道はほとんど皆無であり、多くのテレビメディアではゼロと言っても良いほどに取り上げられていないのが現実である。一部サンフランシスコのローカルテレビニュースでこの慰安婦像の設置に関しての話題があったようだが、その扱いはごくわずかなものであった。
このことから見ても、サンフランシスコに住む一般市民達はこの慰安婦像設置に関してはほとんど気に留めていない可能性が極めて高いといえるだろう。つまり興味や関心が極めて低いのである。それはやはりこの慰安婦像がこの街に住む市民の生活や経済活動に全くと言っていいほど影響を及ぼすものではないからであろう。
またこの慰安婦像設置の運動を進める中国系市民たちは、主に中国語で現地の中華街や一部の市の公共機関などでこれらの抗日活動を行っていることがほとんどである。そしてその域を出てしまえば、多くの一般市民はそのような事があったかもしれないという認識程度であろう。
多くの日本人がこのサンフランシスコでの慰安婦像設置に関して大変危惧し、憂慮している点と言えば、現地に住む日本人や日系人が日常生活の中で理不尽で不当な差別にさらされはしないかということだろう。確かにどこの国のどの場所にも、個々のレベルでの人種やお国の違いでの争いや、隠れた差別というものはある。しかし、現代のアメリカは差別に敏感な国である。そしてそんなアメリカ国内でもひときわバラエティに富んだ人種や、違う思想を持つ人々が混在しながら居住し、中国系と日系人の間での国際結婚も非常に多いのがサンフランシスコという街だ。そんな多彩な文化背景を持つ街で、特定の団体が一つの人種や国籍の人間をターゲットにした差別や攻撃を行うのは、ひんしゅくを買うばかりではなく、自らの首を締めかねない自殺行為といえることだろう。だからこそ今回の慰安婦像設置に関して、その文言の中に日本人への差別や攻撃ではなく、人身売買や性虐待に関しての抑止と啓蒙(けいもう)をうたう必要性があったといえるだろう。
◆リベラルな街として知られるサンフランシスコと慰安婦像の関係
今回の慰安婦像設置に関しては、人身売買犯罪や性的搾取抑止の啓蒙(けいもう)の文言をその文書に含めたために、サンフランシスコ市議会で設置を支持する決議案が採択されたと言われている。そこにはサンフランシスコならではの特有の事情がある。
サンフランシスコはアメリカ国内の中でもそのリベラルな気風で知られる街である。それと同時にその昔の日本が幕末の時代、19世紀から多くの移民がこの街を目指して流入してきた歴史背景がある。それらの移民には中国系や、金鉱を求めてこの地にやってきたヨーロッパ系の移民が含まれている。これらの多彩な移民により、ゴールドラッシュの頃からサンフランシスコはアメリカの中でも空前の繁栄を享受した街の一つだ。そしてそんなゴールドラッシュの金鉱があれば、そこには当然欲に満ちた荒くれ者の男たちが集まり、本能的な遊行を求めたがる。そして日本の炭鉱や鉄鋼業で栄えた街と同様に、金鉱で栄えたこの街には女性たちが性的奉仕をする娼館の存在が常にあった。
今でもサンフランシスコは中国系やアジア系のギャングを中心とした組織的な人身売買犯罪が地下で頻繁に行われる場所であり、警察や行政は常にその目を光らせている。このような非人道的な犯罪がこの街で起こる背景には、アジア系の移民が多いこともさることながら、それだけ資金源になりうる金持ちがこの地域に多いということがある。
一方で、サンフランシスコという街は人権問題に敏感な左翼系の住人も多く、人身売買での被害にあった女性達を行政が手厚く保護する制度も整っている。そしてこの人としての権利を著しく傷つける性的搾取を目的とした人身売買事件は、啓蒙(けいもう)の意味も含めて地元のローカルテレビニュースやSFゲイトなどのローカル紙でも頻繁に取り上げられている。
◆設置場所はどこに?
気になる点といえば、この慰安婦像が設置されるというサンフランシスコ市内の候補地だろう。サンフランシスコエグザミナー紙によれば、設置の場所は市内の中華街にあるポーツマススクエアか、サンフランシスコでもロダンの彫刻が収蔵されている美術館があることでも有名な、リッチモンドのリンカーンパークが有力な候補地としてあげられている。
そしてこのリンカーンパークには、幕末の偉人として名高い勝海舟と福沢諭吉が、徳川幕府がオランダから購入した咸臨丸で、太平洋の荒波を越えてはるばるこの地にやってきた輝かしい歴史を記念して石碑が建てられている。この咸臨丸の記念碑は、1960年に時の大阪市長から咸臨丸のサンフランシスコ入港100年を記念して贈られたものである。そして実はこの場所の斜向かいの目立たない場所ではあるが、この日米友好の歴史を彩った石碑とは少々質の異なるホロコーストメモリアルが建てられており、一度その存在を見知ってしまえば何とも複雑な気分にさせられる。中国系団体はこの場所を慰安婦像設置の候補地として挙げているのである。そしてもし慰安婦像がこの場所に設置されたとすれば、これらの事情を知る人にとって、この公園の一角の雰囲気はさらに複雑なものになりえるだろう。
しかし、考えてみればアメリカのシアトルには原爆の後遺症でその若い命を散らした少女、佐々木貞子の像もある。戦勝国とはいえ、このような像が立つのに不快感を示す人も今もいることだろう。そう考えて見れば、アメリカというのはさまざまな物に関しての正義と寛容さがあると言ってよいのかもしれない。