米海軍の「航行の自由作戦」が開始 中国の出方を左右する要因とは? 米紙分析

 南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島で27日、中国が造成した人工島から12カイリ(約22km)以内を、米駆逐艦「ラッセン」が通過した。これに対し、中国海軍は、艦艇と航空機でラッセンを「追尾、監視、警告」する対抗措置を取った。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、「南シナ海での両大国のライバル関係が、ついに重大局面を迎えた」と報じている。

◆米駆逐艦を中国艦が追尾
 各国領土から12カイリ以内の海域は、その国の領海とされる。ラッセンは27日朝、中国が一方的に領有を主張する「スービ礁」の人工島などから12カイリ以内を航行した。ロイターによれば、哨戒機P8AとP3も同行したようだ。これに対し、中国国防省によれば、同海軍のミサイル駆逐艦「蘭州」と巡視艦「台州」などがラッセンを追尾し、「監視」と「警告」を行った。ラッセンの哨戒行動はその日のうちに終了した。

 米海軍は先日、南沙諸島へ艦船を派遣し、「航行の自由作戦」を行うことを示唆していた。しかし、27日の行動そのものは、中国側に事前通知しなかった。米国務省のカービー報道官は「公海で航行の自由に関する演習をするにあたっては、いかなる国にも相談する必要はない」とその理由を述べている。

 AFPが、匿名の米当局者の情報として伝えているところによれば、中国人工島周辺での「航行の自由作戦」は、近日中に再び実施されるようだ。この当局者は、「われわれは、国際法で認められている場所であればどこでも飛行・航行し、作戦を展開する、という原則に則って行動している」と語っている。一方、南シナ海のほぼ全域の領有を主張している中国政府は、米軍の動きに激怒し、作戦終了直後に米国大使を呼び、厳重抗議した。

◆中国側はあくまで領有権を主張
 中国国営新華社通信によれば、中国外交部(外務省)の陸慷報道官は、「米側軍艦の関連行為は中国の主権と安全を脅かしている。島礁の人員と設備の安全にも危害が及んでおり、地域の平和と安定を損害している」と述べ、「中国側はこれに対し強い不満と断固たる反対を表している」と記者団に答えた。

 新華社は、陸報道官による中国側の主張を次のようにまとめている。「中国は南沙諸島及びその周辺海域に対して、争う余地のない主権を有している。中国側が自国の領土において建設を行うのは主権範囲内の事で、如何なる国を標的にしなく、如何なる国に影響を及ぼさなく、各国が国際法に基づいて南中国海(南シナ海)において享有する航行と飛行の自由に如何なる影響を与えることはない」(原文ママ)。同報道官は、引き続き米軍の動きを監視し、状況に応じて必要な措置を講じるとしている。

 一方、米側は、争われている海域を通過することで国際法に則った正当な実例を作り、公海での航行の自由を確立するのが「航行の自由作戦」の目的だとしている。これは、南シナ海だけでなく、米海軍が普段から世界中で行っていることだと米識者は解説する。米ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)によれば、南シナ海には他にもいくつかの航行ルートがあるが、米軍は今回、故意に中国が領有を主張する海域を通るルートを選んだようだ。米国防総省のアーネスト報道官は、「航行の自由は、特に南シナ海においては非常に重要な信条だ。なぜなら、この地域を通って、何十億ドル分もの世界貿易が行われているからだ。その海域の自由通過を確保することは、世界経済にとって非常に重要だ」と述べている。

◆中国の「ナショナリズム」が今後の展開の鍵か
 WSJは27日付のオピニオン記事で、南シナ海での「航行の自由作戦」が実行に移されたことにより、米中の覇権争いが「今まさに、重大局面を迎えた」と見る。筆者の同紙特派員・コラムニストのアンドリュー・ブラウン記者は、「中国による挑戦的な領有権の主張に反論してきた米国の言葉は、いよいよ軍事行動に変わった」と記す。今回の航行により、アメリカは「この海域の将来をかけた“戦い”が、公然と始まった」というシグナルを、中国側に送ったと同記者は見ている。

 ブラウン記者は、中国の人工島の軍事的な価値は、それほど大きくはないとし、それよりも大きな意味は、「第2次世界大戦後に米国主導で形成された秩序の崩壊を目指す中国の取り組みの象徴であるという点だ」としている。その狙いとは、「朝鮮半島から日本やフィリピンまで大きな弧を描いて広がる米国の同盟態勢(包囲網)を打ち破る」というものだ。「人工島は習近平国家主席のもとで推進されているナショナリズムのシンボルでもある」と同記者は記す。

 予想通り中国側の強い抗議があったことを受け、「航行の自由作戦」の遂行は、米国にとってもリスクの大きな賭けだと同記者は見る。全面的な紛争に発展する見通しはないものの、両海軍の接近遭遇が繰り返されれば、どんなアクシデントが起こるか分からない。「中国は海軍とミサイル兵器を増強中だ。米国はどのような紛争であれ勝利するにしても、恐ろしく高い代償を払うことになるだろう」とブラウン記者は記す。

 そして、「国民に人気のある習氏が米国の動きに何も反応してみせないのは考えにくい。仮に世論に火が付けば、行動を求める大きな圧力にさらされることになるだろう。次は習氏が動く番だ」と、中国が軟化する可能性はなく、逆に強硬手段に出る可能性もあると見る。「抗日戦争勝利70年を記念する軍事パレードを成功させたばかりの習氏が弱気のシグナルを出すわけがない」――。中国の「ナショナリズム」が、今後の展開の鍵になりそうだ。

Text by 内村 浩介