過去に追い出したが…中国脅威を前に米軍再駐留を模索するフィリピン 国内から思わぬ反応
中国の南シナ海への進出によって、最も直接的な影響を受けている国の1つはフィリピンだろう。フィリピンにはかつて、日本と同じように米軍が駐留していたが、フィリピン側の意思によって1992年までに米軍は撤退した。1994年、フィリピンが実効支配していた南沙(スプラトリー)諸島のミスチーフ礁に、中国が構造物を建造し、実効支配するに至った。2012年には、フィリピンが実効支配していたスカボロー礁周辺で、サンゴなどを密漁していた中国漁船を取り締まったことをきっかけに、フィリピンと中国の艦船が海上でにらみ合う状況が2ヶ月以上続いた。結果、スカボロー礁は中国に奪われ、今は中国が実効支配している。フィリピンでは現在、米軍の事実上の再駐留が行われようとしている。しかしその動きは、法律問題のためストップしているという。
◆南シナ海ににらみを利かせるために格好のポイントにある旧米軍基地
米軍がフィリピンに駐留していた頃、主要拠点となっていたのはクラーク空軍基地とスービック海軍基地で、どちらも非常に大規模なものだった。クラーク基地は現在、一部がフィリピン空軍の基地として使用されている。スービック基地は、インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙(INYT)によれば、シンガポールとだいたい同じ広さだったという。後者は20世紀中の米軍の戦闘のほぼ全てに関わっていたという。米軍撤退後には経済特別区とされた。
このスービックが今再び脚光を浴びている。ロイターによると、スービックは(フィリピンにとって重要な)スカボロー礁から270キロメートルと近い。INYTによると、中国が人工島建設を進めている南沙諸島からは、500マイル(約804キロメートル)以内だという。ここにフィリピンは来年から戦闘機、フリゲート艦を駐留させる計画だという。さらに、この措置は、将来的に米軍を再びスービックに呼び戻すことを視野に入れたもののようだ。
◆新たな協定によって実質的に再駐留が可能に
昨年、フィリピンとアメリカは「米比防衛協力強化協定」という行政協定を結んだ。有効期限は10年とされている。この協定によって、米軍はフィリピン軍基地内で、人員の滞在、施設の建設、航空機や艦船の事前配備などが可能になる。ただしこれは常駐ではなく、一時的な滞在であることも協定に明記されている。というのも、現在のフィリピンでは、外国軍の常駐が憲法によって禁じられているからだ。
スービックは現在は基地ではないので、この協定の下で米軍がここを利用することはできないようだ。しかしロイターによると、スービック湾が再び軍事基地として使用されれば、米軍はスービック湾の利用を大幅に拡大できる、というのが当局者らの見解だという。そこで、まずフィリピンが軍事基地として使用し、米軍が戻ってくるお膳立てをする意図もあるのだろう。
◆ところが憲法違反との訴えによってこの動きはストップ中
しかしこの協定については、現在、動きがストップしている。かつて、フィリピン上院での投票によって米軍の撤退が最終的に決まったが、INYTによると、その際に撤退に票を投じた元上院議員らのグループが、協定は憲法違反だとしてフィリピン最高裁に提訴したという。最高裁の判断は、早くとも今年の秋遅くまで示されないとみられている、とINYTは伝える。またウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、裁判所のスポークスマンが、訴訟の審理日程がまだ決定されていないと語ったことを伝え、この訴訟が何ヶ月、あるいは何年もだらだらと続くかもしれないことをほのめかしているとした。
背景には、フィリピン国内で、米軍の駐留に対する反対あるいは懸念が、南シナ海の状況がひっ迫している現在でもなお強いことがあるようだ。INYTは、世論調査ではフィリピン国民は大差で、アメリカに対して好意的な見方をしていると伝える。しかし、米軍の国内駐留を認めることにはちゅうちょがある、としている。フィリピンが1898年から1946年にかけてアメリカの植民地だったという歴史のために、懸念が増幅されているという。また、中国がどのように反応するかについての不安も、フィリピン国内にあるそうだ。
◆法的な制約のある中での協力強化
米軍の駐留に関しては不安があるものの、フィリピンとアメリカの軍事協力の強化は既定路線となっているようだ。WSJは、協定への法的な異議申し立てがあるにもかかわらず、両国は軍事関係を強化している、と伝える。
今のところ公式には認められていない活動であっても、グレーゾーンを突くような形で行われている例はあるようだ。例えばWSJによると、米軍はフィリピンに哨戒機「P-8ポセイドン」をローテーション派遣し、(フィリピンを拠点として)南シナ海での中国の活動の偵察任務を行っている。しかし、これがフィリピンの法律で認められるものかどうかは、それほどはっきりしない、とWSJは語る。そこで、マニラの米軍当局者によると、公式には、これらの偵察飛行は、フィリピン軍の訓練の一環として行われていることになっているのだそうだ。
フィリピンの防衛コンサルタントはWSJに「米、比政府はいつも、既存の協定の条項を自由に解釈する方法を見つけ出している」と語っている。軍事協力をめぐって、ルールの「明らかなねじ曲げがある」としている。
とは言え、「ねじ曲げ」にも限度がある。米戦略国際問題研究所(CSIS)のグレッグ・ポーリング氏は、協定が立ち往生しているために、両国が共同でできることに制約がある、と述べている。「両国は確実に、ますます協力の水準を高めているが、かなり厳しい制約の中でそれを行っている」(WSJ)と語っている。
◆フィリピン軍の増強には難しい面も?
INYTは、フィリピンとアメリカの軍事協力の一形態として、フィリピンがアメリカに多額の軍事費の援助を求めていることも伝えている。
INYTはフィリピン軍を、アジアで最も弱い軍の1つだと語っている。また、アメリカがかつてフィリピンを統治していたという歴史に加えて両国の軍事協力のもう1つの障害になっているのは、フィリピン軍のおんぼろな状態だ、と指摘している。さらに、フィリピン軍は昔から、無駄遣いと汚職を欠点として持っている、と畳み掛ける。
アキノ政権は非公式協議でアメリカに対し、今年度、最大3億ドルの援助が必要だと強く求めているという。しかしオバマ政権はこれまでのところ、この要求をはねつけている、とINYTは伝える。汚職の心配があることと、それほどの資金流入をフィリピンが扱いきれるかどうかを心配しているためとのことだ。米国務省の報道官は、フィリピンはすでに東南アジアではアメリカの軍事援助の最大の受け手であると指摘している。