天津爆発で高まる環境汚染への不安 政府当局は「安全」強調も住民は不信感

 今月12日に中国北部・天津で起きた薬品保管倉庫の大爆発から1週間が過ぎた。爆発現場近くの隔離区域では、安全基準値の何百倍もの毒性の高いシアン化ナトリウムが検出され、市内を流れる川には大量の魚の死骸が浮いている。住民の間では、深刻な環境汚染への不安が広がっている。中国政府や国営メディアは、汚染は隔離区域内に封じ込められており、魚の大量死も通常の季節要因によるものだと強調するなど、市民の不安と不満を抑えるのに必死だ。ネット世論への検閲も行われており、香港の専門家によれば、爆発事故後、中国版Twitterの『ウェイボー(微博)』から大量の投稿が削除された。こうした情報操作に対し、国連の環境専門家が中国政府の対応を強く批判する異例のコメントを発表している。欧米メディアも、中国の公式発表をフォローしながらも、それを額面通りには捉えていないようだ。

◆中国国営メディアは「安全」を強調

 中国国営メディアによれば、爆発事故による死者・行方不明者は183人。1万7000軒の建物が被害を受け、3000台の車が破壊された。しかし、政府発表のこの数字についても、実際の被害はもっと大きいと見る海外メディアは多い。

 環境汚染については、環境保護部(環境省)の緊急対策本部が20日、記者会見を開き、爆発現場近くの8ヶ所で高レベルのシアン化ナトリウムが検出されたと発表した。そのうちの1ヶ所は安全基準値の356倍にのぼるという。

 中国国営新華社通信によれば、軍の専門部隊などが現場周辺の汚染が激しい区域を止水壁で隔離し、海に注ぐ下水の出口を封鎖、水漏れがある箇所をセメントで固める措置を取っているという。当局はこの“万全の対策”を強調し、隔離区域外の汚染は「標準的な範囲に収まっている」としている。中国共産党機関紙、人民日報は、現場のシアン化ナトリウムの20%が除去されたという天津市副市長のコメントを報じている。  魚の大量死は、天津市街から海に注ぐ川で発生している。

 国営メディアはこれについても、住民の不安を打ち消す報道に躍起だ。例えば、英字紙『グローバル・タイムズ』は、天津市の環境調査センター長の「夏の間にこの地域の川で魚が大量死するのは珍しくない。気温が上がると酸素が減り、魚が酸欠死する」というコメントを掲載。「毎年起きる塩分濃度の変化が要因ではないか」とする地元漁協の見解も強調している。新華社は、20日午後の水質検査の結果、魚が浮いた川からは有毒なレベルのシアン化ナトリウムは検出されなかったと報じている。

◆市民は“大本営発表”を信じていない?

 英ガーディアン紙によれば、魚の大量死が市民に広く知られるようになったのは、水面を覆う大量のトゲウオの死骸の写真が20日、ソーシャルメディアに拡散されたのがきっかけだったようだ。同紙は、その写真は市民に、「軍の除染部隊が爆発現場からの薬品の漏洩を防げなかったという恐怖を与えた」と記す。

 CNNも、「大量の魚の死骸は、汚染が広がっているという恐怖をあおっている」と報じている。政府や国営メディアの“大本営発表”を額面通りに受け止めている市民は少ないようだ。  爆発事故を巡る中国政府の情報統制について、国連の有害物質と廃棄物に関する特別調査委員、バスクト・タンカク氏が19日、異例の批判コメントを発表している。同氏は、「事故後、一般市民が健康と安全に関する情報に接することと、報道の自由が制限されている。これによって大きな混乱が起きており、事故の影響による被害が拡大するリスクが増している」と述べ、中国政府に事故調査の透明性を担保するよう求めた。同氏はさらに、「必要な時に必要な情報を開示していれば、被害を軽減、あるいは事故そのものを防げたかもしれない」と批判した(CNN)。

 また、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、中国のメジャーなソーシャルメディアから、政府の対応を批判したり環境汚染を懸念したりするコメントが大量に削除されたと報じている。中国版Twitter『ウェイボー』などに対する検閲を解析するソフトを開発した香港大学の助教授が明らかにした。WSJは、「中国の首脳部は事故の徹底的な調査と全国の危険な薬品・爆発物の調査を命じた。しかし、それについてどれくらい情報が開示されるのか、という懸念が(人民の間で)再燃している」と記している。

◆環境問題に敏感な中産階級に広がる共産党政府への不信感

 近年、中国全土の中産階級に環境汚染への不安が広がっている。今回の事故によりそれが共産党政府の指導力そのものへの不安につながりつつある、とWSJは報じている。上記の『ウェイボー』の検閲を伝える記事によれば、高度経済成長によって生まれた大量の中産階級はこれまで、共産党政府に表立った批判はしてこなかった。しかし、近年は環境汚染が市民生活を脅かすレベルまで広がり、各地でデモが発生するまでになっている。同紙はその例として、2013年に「街頭を埋め尽くしたデモ隊」により南部の核燃料製造施設の建設が中止された例や、住民運動により広州市のゴミ焼却場計画が郊外に変更された例などを挙げている。

 天津の爆発事故でも、家を破壊された高層住宅の住民らが、政府の補償を求めて街頭デモを行っている。参加者の1人、ヤン・ホンメイさん(28)は、WSJのインタビューに「自分が街頭に出て抗議の横断幕を掲げるなんて、想像したこともなかった」と話す。ヤンさんは、借金をして約3500万円で手に入れた高層マンションの8階の部屋を事故によって失った。「テレビでは見ていたけれど、自分たちには遠いことだと思っていた」というデモへの参加を決意させたのは、当局への強い不信感だ。

 広州のゴミ焼却場反対運動に参加したリサイクル業、ルオ・ジャンミンさん(38)は、天津の爆発事故によって、より多くの市民が環境汚染に対するセーフガードについて考えさせられるだろう、とWSJに述べている。「今のような社会を続けさせるわけにはいかない。この国は急成長しすぎた」とルオさんは語る。また、同記事は、爆発現場から6キロ離れた場所に住む59歳の女性の暮らしぶりも紹介している。この女性は「雨に何が含まれているか分からない。すごく不安です」と言い、雨の日は外出を避け、窓を閉めきって生活している。今後も食料と日用品を備蓄し、なるべく外出しないですむようにしたいという。

Text by 内村 浩介