英仏海峡に難民2000人が殺到、港湾ストに乗じて密入国図る 警官隊と衝突も

 英国に密入国しようと試みる難民が、英仏海峡トンネルのフランス側に殺到し、両国で混乱が続いている。先月28日未明から29日朝にかけては、約2000人がトンネルのトラックターミナルに押し寄せ、警備・警官隊と衝突した。フランス側のカレーでは空き地に無許可の難民キャンプができ、イギリス側では海峡に向かう高速道路が慢性的な大渋滞となり、物流に深刻な影響が出ている。

 背景にあるのは、英仏海峡で運行するフェリー会社の従業員ストライキだ。親会社のフェリー事業撤退に抗議する従業員がトンネルや港を封鎖。その混乱に乗じて難民が不法入国を図るという悪循環が続いている。英キャメロン首相は31日、警察犬の増派や軍用地提供による渋滞緩和策などの追加保安対策を発表したが、事態解決の糸口は見えていない。

◆ストの混乱に乗じて不法入国を試みる
 ヨーロッパでは、アフリカや中東から地中海を船で渡るなどして密入国する難民が後を絶たない。イタリアやギリシャに到着した難民は、受け入れ先を求めて大陸をさまよい続けている。カレー周辺には英国に渡ろうとするアフガニスタン、シリア、東アフリカのエリトリア、スーダンなどの難民が6月頃から集まり始め、空き地にバラックを建てたりテントを張ったりして住み着いている。フランス警察筋によれば28-29日にトンネルに押し寄せた2000人は、その日不法入国を試みた人数であり、実際にカレー一帯に集まっているのは3000人とも言われている(AFP)。

 混乱に拍車をかけているのが、英ドーバーと仏カレーを結ぶ『マイフェリーリンク(MFL)』の従業員によるストだ。6月30日に親会社のユーロトンネル社が運営する英仏海峡トンネルを封鎖したのを皮切りに、大量のタイヤを燃やして港へ続く主要道路を封鎖するなど、実力行使が今も続いている。ユーロトンネル社は、フェリー事業からの撤退とそれに伴う2隻のフェリーをデンマーク企業に売却することを表明している。それにより職を失うと見られる従業員がストに入った。

 このストによる混乱が、難民が英国への密入国を頻繁に試みる事態に追い打ちをかけた。以前はフェリーによる密入国が多かったが、現在はフェリーの運行が滞っており、トンネルを鉄道輸送されるトラックの屋根にしがみついたり、荷台に忍び込む手口が主流だ。英仏メディアではそうした実際の映像が報じられている。ユーロトンネル社によれば、28日深夜から翌朝にかけて、トラックターミナルに「この1ヶ月半で最多」の約2000人が殺到、同社の警備員約200人と応援の警官隊が排除したという。同社は「逮捕者も出たが大きな混乱なく収束した」とAFPに語った。しかし、6月からの一連の混乱に関連して、これまでにトラックにはねられるなどして難民側に9人の死者が出ている。

◆警察犬の増派などの対策に「その場しのぎ」の批判も
 対岸のイギリス南部では、海峡に向かう高速道路が麻痺している。現地のケント州は、悪天候などで海峡が通行不能になった場合の緊急措置として、高速道路「M20」を通行止めとし、トラックの緊急駐車スペースとする『Operation Stack』を採用しているが、難民とストによる混乱でこれが頻繁に発令される事態となっている。

 こうした緊急事態を受け、英キャメロン首相は31日、外遊先の東南アジアから国会に直行し、内閣緊急対策会議「コブラ」を招集。700万ポンド(約13億6000万円)分の追加対策を決めた。当面の対策は、フランス側への警察犬の増派とフェンスの追加提供、渋滞で動けなくなったトラックの駐車スペース拡充のための軍用地の提供などだ。同首相は会見で「現在の状況は受け入れ難い」とし、「政府が最優先で最大限の対策を行うべき問題だ。まずは、国境の向こう側でフランスを支援することから始める。物資面であらゆる援助を行う」と述べた(英衛星放送スカイ)。

 また、キャメロン首相は、同夜フランスのオランド首相と会談を行い、「この夏いっぱい続く難しい問題となるだろう」と語った。こうした政府の対応に対し、「(その場しのぎで)絆創膏を貼ったようなものだ」という批判も出ている(スカイ)。

◆欧州全体で受け入れ基準の共通化を
 ヨーロッパの難民問題に解決策はあるのだろうか?人権雑誌『New Humanist』編集者のダニエル・トリリング氏は、英ガーディアン紙に寄せたオピニオン記事で、「解決策は手に届く所にある」と書いている。同氏は、国境警備を厳重にして難民を排除するか、EU全体で基準を標準化して受け入れ体勢を強化するかの二者択一だと語る。その上で人権派ジャーナリストとして、後者を推す。

 トリリング氏によれば、カレーの状況を見れば、イタリアやギリシャからヨーロッパに入った難民たちの多くが英国を目指しているように見える。しかし、実際は難民たちは、受け入れ先を見つけるために身を隠しながら各国を放浪しており、英仏海峡という物理的な壁にぶつかって初めて、目に見える形に顕在化しているに過ぎないと言う。一方、スカイは、英仏の難民援助政策を列挙し、生活費補助(英・約7000円/週、仏・約1550円/日)などの欧州でも比較的手厚い待遇を求めて難民が目指してくると見る。

 トリリング氏は、建前上の受け入れ体勢はEUで共通化されているが、実際の運用は国によって大きな幅があると記す。そのため、難民たちはより良い待遇で人生を再構築する場を求めて欧州全土を放浪するのだという。同氏は、欧州の政治家たちの多くは、戦争などで困窮して逃れてきた「良い難民」と「悪い経済難民」に分けようとしているため、対応が定まらないのが問題だと指摘。「難民が重荷として扱われている限りはレイシズムと暴力の標的になる」と述べている。そして、EU全体があらためてその共通の利益は何か、という所から抜本的な議論をし、「どの国に来ても同じレベルの基本的な生活水準が保証される」ルール作りをすることで、難民の放浪は避けられると主張している。

Text by 内村 浩介