香港:天安門事件追悼集会、一部学生グループ不参加へ “過去の外国の事件”

 6月4日は、1989年の天安門事件の26周年記念日だ。民主化を要求した市民側に多くの犠牲者が出たこの事件は、中国本土ではタブーになっているが、香港では毎年大規模な追悼集会が行われている。特に今年は、昨年、香港で民主化デモが繰り広げられたばかりとあって、6月4日に向けて中国政府当局と市民との間で緊張が高まっているようだ。

 海外メディア報道によれば、天安門事件追悼集会を主催する市民団体が運営している香港市内の『天安門事件博物館』が当局の強い圧力を受けているほか、メディア検閲も厳しくなっているという。また、マレーシアの市民団体が主催する天安門事件追悼フォーラムに参加予定だった香港の18歳の活動家、ジョシュア・ウォン氏が、同国への入国を拒否される事件も起きている。

 一方、香港の若者たちの間では「天安門事件にこだわるのはやめて目の前の自分たちの問題に集中するべきだ」という機運も高まっており、一部の学生運動グループが追悼集会への不参加を決めたという。

◆追悼集会参加は「市民の義務」「自由に感謝するため」
 1989年6月4日の夜、民主化を求めて北京の天安門広場に集まっていた若者たちに、中国人民解放軍の戦車や装甲車が無差別に攻撃、市民側に多数の死傷者が出た。中には戦車に轢き殺された者もいた。この事件に対する言論は共産党支配下の中国本土では弾圧されており、メディアで扱われることもほとんどない。

 しかし、「1国2制度」のもとで比較的自由な言論が認められている香港では、毎年大規模な集会が行われている。会場の香港島のビクトリア・パークを市民が埋め尽くし、ろうそくを灯して犠牲者を追悼するキャンドル・ビジルが行われる。今年は1万人程度が参加する見込みだという。

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、香港市民は「キャンドル・ビジルを市民の義務だと考えている。それは少なからず、中華圏で唯一の大規模な(天安門事件)追悼集会だからだ」と記す。国際公共放送局『ボイス・オブ・アメリカ(VOA)』も、「香港の人々がその日に起きた残虐行為を思い出し、中国の1国2制度の下で自分たちの自由に感謝の気持ちを表す時だ」と、追悼集会の意義を表現している。

◆メディアに自主規制を迫る動きも
 この“特別な日”に向けて、今年は例年になく中国当局の圧力が高まっている、と複数のメディアが報じている。VOAや『ラジオ・フリー・アジア(RFA)』は、香港の中心部にある『天安門事件博物館』が、当局の圧力にさらされていると報じている。同博物館は、追悼集会を主催する民主化活動家グループ『香港市民支援愛国民主運動連合会』が香港中心部のビルの一角で昨年4月から運営し、天安門事件に関する常設展示を行っている。

 VOAによれば、数ヶ月前から入居するビルの管理者が博物館訪問者の身元を厳しくチェックするようになり、住所氏名・IDカードの番号の提示を求め、記録しているという。また、博物館がビルの建築基準に違反しているとして、改装を指示された。『香港市民支援愛国民主運動連合会』のリチャード・チョイ副会長は、VOAの取材に対し、既に求めに応じて改装を終え、当局の再検査を待っている状況だと述べている。また、同氏は、来館者の身元チェックは本土からの来館者に身の危険を感じさせている、と批判している。

 メディアへの圧力も高まっているようだ。国際人権団体、アムネスティ・インターナショナルのウイリアム・ニー氏は、「(香港の)多くのジャーナリストと編集者が強い圧力を感じている事に非常に驚いている。新聞は、以前ほど目立って天安門事件を取り上げていない」と語る。昨年には、香港日刊紙『明報』の編集長が、暴漢に中華包丁で襲撃される事件も起きている。香港ジャーナリスト協会副会長のコラムニスト、シャーリー・ヤン氏によれば、当局の圧力はたいてい直接的なものではなく、例えば編集幹部を食事に誘い出し、取り上げて欲しくない問題を仄めかすような形で行われるという。それを受けたジャーナリストは、自主規制を余儀なくされる。また、VOAによれば、現在、香港メディアのオーナーの半数以上が、全国人民代表大会などの北京政府が指名する政府機関のポストについているという。

◆若年層に意識のズレ、18歳の活動家はマレーシアで入国拒否
 一方、香港の民主化運動を牽引する若者たちの間では、天安門事件に対する意識のずれが生じ始めているようだ。昨年、香港では行政長官選挙への北京政府の介入を巡り、民主化デモの嵐が吹き荒れた。『アンブレラ・ムーブメント(雨傘運動)』と呼ばれるこの運動は、複数の学生グループによって主導されたが、『香港学生連合』などの一部の団体が今年の天安門事件追悼集会に不参加を表明している。

 その理由は「過去の本土での事件にこだわるよりも、現在の香港の民主化に集中するべきだ」というものだ。特に若年層にそうした考えを持つ傾向が強いという。米中国政治専門家のサム・クレイン氏は、その背景には「本土との分離」を志向する若い香港人の「基本的なアイデンティティ」があるという。同氏は、中国との接近に反対した台湾の若者たちの『ヒマワリ運動』にも共通した意識が見られる、とWSJに述べている。天安門事件はいわば過去の“外国”の事件であり、それに象徴される本土の民主化運動は、自分たちが目指すものには結びつかないという考え方が、若年層に広まっているようだ。

 しかし、高校生・大学生の民主化グループの18歳のリーダーで、『雨傘運動』の象徴的存在になっているジョシュア・ウォン氏は、最近の地元ラジオで「香港と本土の民主化運動を完全に切り離すことはできないと思う」と述べ、上記の考え方に異議を唱えている。そのウォン氏は26日、現地の若者たちが主催する天安門事件追悼フォーラムで講演をするために訪れたマレーシアの空港で、入国を拒否された。

 マレーシアでも、今年に入って若者たちによる反政府デモが盛んになっている。中国との結びつきも、これまでになく強くなっている。マレーシア警察幹部は、ウォン氏の入国拒否について、「我々は、彼が話すことが我が国の安全を脅かすことを恐れている。また、彼は中国の事も話そうとしていたが、我々は彼の反中スピーチを知っている。我々は、彼に中国との関係を壊して欲しくない」とAFPに述べ、背後に自国と中国政府の圧力があった事を匂わせた。ウォン氏は「中国政府だけでなく、他の“半民主主義”国家や独裁国家も香港の活動家のブラックリストを持っている事が証明された」とコメント。同紙を招いたマレーシアのフォーラム主催団体は、「恣意的な政治的抑圧だ」と入国拒否措置を非難した(ニューヨーク・タイムズ紙)。

Text by NewSphere 編集部