ギリシャ、公約捨ててユーロ圏残留に専心 最後の砦、年金と労働改革も譲歩か
ギリシャで政党シリザが政権に就いて100日が既に経過したが、ユーロ圏財務相会合での交渉に進展はない。当てにしていたロシアからの支援金が得られず、ユーロ圏に留まることを決めたチプラス首相だが、経済状況の悪化、強硬なユーロ圏を前に、依然困難な状況が続いている。
◆ユーロ圏に留まると決断
当初、チプラス首相は、ロシアからの支援金も頼りにしていた。ロシアからの天然ガスパイプラインの建設に合意する見返りとして、ロシアからその前金50億ユーロ(6,700億円)を受け取れる可能性があったからだ。しかし、4月上旬にロシア・ガスプロム社は「プロジェクトがまだ充分に煮詰まっていない段階での前金は危険性が高い」と判断。プーチン大統領が以前チプラス首相に伝えていた内容とは異なる結論になったのだ。これが、チプラス首相が「ギリシャはユーロ圏に留まるべきだ」という決断を下す決定的な要因になったとされている。そこで、ユーロ圏との交渉をよりスムーズに展開させる必要があると判断したチプラス首相は、より柔軟性をもったツァカロトス副外相を交渉代表に任命した。ツァカロトス副外相も、バルファキス財務相と同様に、英国で経済学を修めた学者である。
◆強硬なユーロ圏
ツァカロトス副外相が代表として最初に臨んだ財務相会合が5月12日に開かれた。しかし、双方の溝は埋まらず、次回の会合が予定されている6月30日まで待つか、あるいはギリシャがそれまでに大きく譲歩した姿勢を示すかによることになった。問題の溝は年金削減と労働改革である。この2項目はギリシャ政府としては、譲れない領域にあるとしている。しかし、今回の財務相会合で、ギリシャの問題が取り上げられた時間は僅かに1時間だけであったという。それだけ、財務相会合メンバーの姿勢は強硬で明確、つまり「ギリシャが譲歩しないのであれば、支援金は出せない」ということだ(スペインのエル・パイス紙)。
ギリシャの現在の財政事情はユーロ圏財務相メンバーも分からないという。バルファキス財務相は「ひどく急を要する。2週間以内にユーロ圏と合意に至る必要がある」と12日の会合の場で述べている。ギリシャ経済は停滞し、歳入は大幅に落ちている。資金の国外流出も留まることなく起きている。この現状を把握しているユーロ圏財務相デイセルブルム議長は「事態は悪化の一途を辿っている」と述べている(スペインのエクスパンシオン経済紙 / エル・パイス紙)。
◆選挙公約とは反する政策
現在、ギリシャがユーロ圏財務相会合で交渉している支援金は72億ユーロ(約9,700億円)だ。これも6月末までに合意が無ければ、この支援金の話も消滅することになる。そして、ギリシャには今年末までに総額170億ユーロ(約2兆3000億円)が必要とされている。5月のIMFへの返済金7億5000万ユーロ(約1,010億円)は返済できた。しかし、年金、公務員給与、厚生費などに毎月28億ユーロ(約3,780億円)が必要だという(スペインのエクスパンシオン紙)。
ユーロ圏に留まることを内心決めた以上、ユーロ圏財務相メンバーが求めている財政改革案に従う姿勢を見せなければ支援金を受け取れる可能性はない、とチプラス政権は理解している。それは、総選挙で国民に公約した「緊縮策に決別する。ユーロ圏がギリシャの要望を受け入れないのであれば、ユーロ圏からの離脱も辞さない」というチプラス首相の発言を撤回せねばならなくなる。
4月29日のスペインのリブレメルカード紙に、ギリシャ政府は食品、電気代、飲食料(現在13%)、観光業(同6.5%)などの消費税率を上げる意向があることが報じられた。さらに高額所得者への税率を上げることで6億ユーロ、また、密輸入、タバコ、ガソリンや、贅沢品などへの課税率を上げて、2億7000万ユーロの税収を見込んでいるという。
さらに、歳入の増加の一貫として、ギリシャを代表するピレウス港の51%の株を、中国企業コスコ(Cosco)を含む候補先に売却することも決めた。この民営化で8億ユーロの歳入を予定している。この港の民営化は前政権が決めていたが、当時野党であったシリザはそれに反対していた。政権に就いた当初も売却する姿勢はなかった(スペインのボスポプリ紙)。しかし、ユーログループの圧力の前に、資金難に苦しむチプラス政権は仕方なくこの売却を決めたようだ。これらの選挙公約に反する政策を行って歳入を増やしても、必要な額にはまだまだ開きがある。
◆国民投票の可能性
チプラス首相は3月に、協議が合意に至らない場合、ギリシャ政府は国民投票を実施する用意があると、語っている。ギリシャがユーロ圏財務相会合で交渉している内容に、国民は賛成か反対かを問う投票だ。これを持ち出したのは、所属するシリザ党内の極左派が政府が現在進めている交渉内容に反対しているからだ。国民投票を行うことによって、国民にその信を問えば、ギリシャが進むべき道が明確になる、と同首相は考えたようだ。
ドイツのショイブレ財務相は、当初この案に賛成しかねていた。なぜなら、それがユーロそのものを否定することに繋がる可能性があるからだ。しかし、現在のギリシャとの交渉の歩みから判断して、チプラス政権が勇断をもってユーロ財務相メンバーが求めている条件を受け入れるには国民投票しかないであろう、とショイブレ財務相は考えるようになったという。そして、ギリシャ国民がそれに反対すれば、ギリシャがユーロから離脱するということも覚悟しておく必要がある、と考え、そのための準備をドイツは既に行っている。このような憶測が、現在スペインの多くのメディアでなされている。また一部のスペインの経済紙では、ギリシャが部分的にデフォルトに陥る可能性もある、と見ている(スペインのエル・エコノミスタ紙、シンコディアス紙、エル・パイス紙、エクスパンシオン紙)
◆「ユーロから一旦離脱すべきだ」
ドイツの経済学者の中には「ギリシャは生産性に競争力を持つ必要がある。それにはユーロ圏から一旦離脱して、自国通貨に戻り、平価の切下げをして競争力を回復させるべきだ」という意見もある。その代表がメルケル首相の経済担当アドバイザーでシンクタンク経済研究センター(CESifo)の所長のハンス・ウエルナー・シン教授だ。ギリシャがユーロ圏に留まることになっても、ギリシャの生産性に競争力をつけることはできない。なぜなら、共同通貨の元では、ギリシャ独自の金融財政政策が取れないからである(スペインのエル・エコノミスタ紙)。
しかもギリシャの負債総額は3,170億ユーロ(約42兆7,750億円)で、その内のトロイカ(EU、ECB、IMF)からは2,400億ユーロ(約32兆3,850億円)の負債だ。これはGDPの175%を占め、負債の減免をしない限り、負債の返済は不可能で、よってギリシャ経済の回復はない、とスペインでも経済専門筋で言われている。これからも、ユーロ圏でギリシャ問題から解放されることはないようだ。