欧州委員長の「EU軍」構想、NATO存在するのになぜ? 秘められた独首相の米国への警告とは

 3月8日に欧州連合(EU)のユンケル委員長は、「欧州連合軍」の創設を提案した。それにメルケル首相や次期首相候補の噂のあるフォンデアライエン国防相も賛成したという(スペインのエル・ムンド紙)。

 EUメンバー国は既にNATOに加盟している。それと任務が重複する可能性の強い「欧州連合軍」を創設する意味は薄い、というのが誰もが考える共通した見方である。ではなぜ、ユンケル委員長はその創設を提案したのか。その理由は、米国がNATOの運営費の75%を担い、米国の意向に添う連合軍になっているからだという(スペインのアルマック・デ・オデロット情報紙)。

◆米国の意向の強いNATOだとウクライナは戦場となる可能性が強い
 米国の政治アナリストポール・クレイグ・ロバーツ氏は、クリミアがロシアに併合されたことを受けて、米国はウクライナ全域を勢力下に置くための戦いに挑むことを決めた、と指摘している。その姿勢にEUの中でも西ヨーロッパ諸国は賛同できないのだ。しかも米国が望んでいる通りにNATO が動けば、ヨーロッパが第3次世界大戦の戦場になる危険性があることをメルケル首相らは危惧しているという。そして、米国のこの目的達成の先陣役を担っているのがNATO欧州連合軍のブリードラブ最高司令官だという(スペインのアルマック・デ・オデロット情報紙/ロシアのスプートニック紙)。

 この問題を取り上げたのが3月6日に掲載されたデア・シュピーゲルの記事『Breedlove’s Bellicosity:Berlin Alarmed by Aggressive NATO Stance on Ukraine』である。それによると、NATO最高司令部がロシア軍の動きを公表するたびに、それが事実に反することにドイツ政府は強い不安を抱いているという。メルケル首相は外交的手段によってウクライナ紛争を解決しようとして、ブリードラブ最高司令官に色々と提案して来た。しかし同司令官はそれを常にサボタージュしてきたという。

 さらに同記事は、最近のウクライナでのNATO会議の後にドイツのある高官が、虚偽の情報を作るNATOでは信頼を失う可能性があると指摘したことも報じた。例えば、ウクライナ紛争の初期段階に、ロシアの戦車が国境近くまで押し寄せているという情報を流し、ロシアからの脅威を煽ったのもブリードラブ最高司令官だったという。しかし、ドイツの諜報機関BNDは既にその事実がないことを確認していたという。また、ウクライナ紛争が拡大し始めた頃、NATO司令本部は4万人のロシア軍がウクライナの国境近くまで前進していると報じた。しかし、NATO諜報機関では、その時点でのロシアの進攻は既に否定されていた。そして4万人の兵員ではなく、事実は2万人の兵員だった。しかも彼らは紛争が起きる前からそこに駐屯していた兵員だったという。ケリー国務長官も同様に虚偽の情報を色々と流してきたと記事は述べる(ドイツのデア・シュピーゲル誌)。

◆メルケル首相の2つの警告
 スペインのアルマック・デ・オデロット情報紙は、デア・シュピーゲルが上述記事を掲載した動機は、メルケル首相を手助けし、ブリードラブ最高司令官への信頼を葬るのが目的だったと述べる。さらに、ドイツが手をこまねいてブリードラブ最高司令官の虚偽を容認する姿勢にないことを示し、その虚偽によって、ヨーロッパが深淵に沈むことを腕を組んで傍観する意志などないことをメルケル首相は断固示す意向であるとする。そして同紙は結論として、今回のデア・シュピーゲルの記事は米国政府にNATOが虚偽の情報をもとに独走しようとすることへの反省を促すための、彼女の意向を反映させた最初の警告だったという。そして2番目の彼女の警告がユンケル委員長の「欧州連合軍」の創設案である、と結んでいる。

◆EU内でも割れる反応
 NATOのストルテンベルグ事務総長は、「欧州連合軍」の創設はNATOの機能を補ってより完成度の高い組織になるという保証があっての創設であるべきだ、と述べた。ブリードラブ最高司令官は、NATOと機能が重複することを避けねばならない、そして創設の資金が用意できていることが必要だ、と指摘した。ヨーロッパの保守派議員連合は、米国がヨーロッパをコントロールすることに賛成できない、米国が参加しない組織が必要だ、と述べた。ドイツの左派系議員も、NATOのコントロールを減らすことが必要だ、と説いた(米国ヒスパノTV広報紙)。

 イギリスのキャメロン首相は即座にその創設に反対を表明し、防衛は国家の問題であって、EUの間では防衛協力なら賛成する、と答えた。フランスは、「欧州連合軍」を創設すればNATOは消滅すると指摘。ロシアは政府与党の副党首クリンセビッチ氏が、欧州連合軍の創設は挑発的で賛成できない、と答えた。同氏はまたNATOもワルシャワ条約機構も存在すべきではなかったと答えた(チリのラ・テルセラ紙)。

 米国主導で始まったロシアへの制裁で、ドイツは他のEUメンバー国と同様に多大の損害を被っている。ドイツはロシアに6000社の企業が進出し、ロシア国内で30万人の雇用に繋がっていた。それがロシアへの制裁でマイナス影響を受けている。米国によるウクライナ紛争を介したロシア敵視姿勢から、ドイツがさらに被害を受けるのは容認できない。米国の姿勢の急先鋒がNATOであるとメルケル首相は見ており、米国政府の今後の方針変更を促すことが彼女の目的だという。上述の2つの警告はその一環であるという(スペインのアルマック・デ・オデロット情報紙)。

Text by NewSphere 編集部