アメリカはシリアへの制裁に踏み切るのか? 英国脱落の影響とは

 米国が、シリアへの軍事制裁をめぐって揺れている。

 オバマ大統領は、1年前、化学兵器の使用を「レッド・ライン」(絶対に許されない一線)と呼び、アサド政権を牽制した。その後、使われた「かもしれない」というあやふやな「可能性」から、21日の大規模な戦闘での政府軍による化学兵器の使用を、米政府が「疑いない」と断言するに至り、ついに「軍事制裁」が現実味を増してきた。

 海外各紙は拒否権を持つ常任理事国「中・ロ」が現政権の後ろ盾となって膠着する国連、「泥沼」と「イラクの二の舞」を恐れる欧米、「威信を守り、イランににらみを利かせたい」米国の思惑などをそれぞれに報道している。

【軍事制裁に積極的だった英の脱落】
 化学兵器の使用が囁かれはじめたころから、世界は、オバマ大統領が、「レッド・ライン」を設定した自らの言質をいかに守るのかに注目してきた。そうしたなか、「確固とした証拠の確認」「国連の正式な査察」にこだわり、軍事制裁はもとより反政府軍への武器供与に関しても慎重な態度を崩さないオバマ大統領に対し、英仏両政府は背中を押すような、積極的な介入姿勢を見せてきた。しかし、軍事介入がいざ現実になろうという今になって、英政府は議会の反対によってあえなく「脱落」の気配が濃厚だという。

 フィナンシャル・タイムズ紙の報道によれば、キャメロン首相は、国内世論のとりまとめにあたり、懸命に今回のシリア介入が10年前の「イラクの二の舞」にはならないと強調した。ただし、当時のブレア首相の轍を踏まないように、決めつけやたきつけは控え、「決定的な証拠はない」ことを認めつつ、議会のメンバーが、自らの信ずるところに従って決定を下すよう求める戦術を取った。

 そして、議会のメンバーはそうした。介入策を否決したのだ。

 これは、市民感情を反映しているものだという。調査によれば、軍事介入を支持しない人の割合は、する人に対して1対2と大きく上回っている。

 こうした結果に対し、キャメロン首相は「英国民が軍事行動を望まないことがはっきりした」との声明を発表した。この動議は拘束力を持たないが、議会の事実上の「反旗」が、今後のキャメロン氏にとって重い足かせとなるのは間違いない。

【やるべきか、やらざるべきか 苦悩の米国】
 一方、米はこの結果を受け、一層のジレンマに陥った形だ。ニューヨーク・タイムズ紙は、米にとっての行動のメリット・デメリットを分析している。
 
 同紙によれば、「メリット」は何よりも、「威信を守れる」ことだ。米大統領ともあろうものが、毅然とした姿勢で信念を貫かなければ、今後の「押し」が効かなくなる。アサド大統領に化学兵器使用の「免罪符」を与えるのみならず、イランに対して「核兵器の開発を敢行すれば軍事的な制裁も辞さず」との構えを示してきた意味もなくなる。世界に対し、示しがつかないとの論調だ。

 一方の「デメリット」は、もちろん、イラクの二の舞となり、泥沼に引きずり込まれること。そして、たとえ軍事介入を敢行したとしても、今回の作戦の目的はあくまで、「化学兵器使用を許さないと示すため」(オバマ大統領)で、推定されている小規模の、軍事設備へのピンポイントの爆撃は、戦局を大きく変えるものではなく、無辜の市民の血がこれ以上流れないようにできるわけでもないとの認識だという。

 こうしたプラス・マイナスを秤にかけた上で、米が、「単独介入」の準備が整えつつあると指摘したのは、ウォール・ストリート・ジャーナル紙だ。

 当局者によれば、2011年のリビア軍事作戦とは違い、今回の作戦の「規模の小ささ」故に、敢行に連合軍の結成は不要との判断が働いたようだ。ある政権高官は、今回の作戦に必須なのは、「各国がそれぞれの戦力を結集させること」というよりはむしろ、「主要同盟国の外交的支援」であると述べ、それが集まりつつあるとの判断を示したという。

 同紙によれば、国際的には、英国のほか、フランスは、9月4日に議会での緊急審議を控えてはいるが、オランド大統領は議会の事前承認を求めなくとも、軍事行動を起こすことが出来る。ドイツのメルケル首相はオバマ大統領との電話会談で、8月21日の攻撃が「国際法の重大な侵害」であるとの認識を共有してはいるが、軍事行動に関しては、国連安全保障理事会での取り組みが必須との立場だという。
 
 政府は、現在、国内の議員らのとりまとめにかかっている。29日には、たっぷりと時間をかけて、情報機関によるアサド政権の化学兵器使用の証拠を議員らに提示したほか、週末までにはより詳細な証拠を明らかにするとしている模様だ。
 
 これに対し、議員らからは「アサド政権の有罪を確信させるに足る内容だが、国際的な支持をとりつけるにはより一層の努力が必要」だとか、「国連の調査結果にも深い興味がある」との注文がつけられたという。

 こうした、国際的には逆境、国内的にも慎重論がくすぶるなかで、準備が進められている裏には、「タイミングを誤れば、攻撃事態が無意味になる」との認識があると、同紙は指摘している。

【効果のほどはタイミング次第?】
 ニューヨーク・タイムズ紙は、ペルシャ湾への巡航ミサイル攻撃の計画にも加わった元海軍将校の、今回の作戦が「やり方によっては」大きな効果をあげうるとの指摘を採りあげている。

 同氏によれば、東地中海の米海軍の駆逐艦4隻は、それぞれ、36発の巡航ミサイルを搭載している。現在、5隻目の駆逐艦「スタウト」が交代に向かっているが、これを同地にとどめれば、同地の米軍の軍事力は一層拡大する。

 「この局面は、両刃の剣だ」と、同氏は語っている。この局面で攻撃を「形ばかり」のものにとどめれば、かえって、反体制派の不信と失望を招き、イスラム過激派と手を組んだ方がましだとの印象を強めかねない。一方、イランなどの同盟国から届けられ、これまで市民に対して使われてきた軍事力と軍事設備を叩くことができれば、アサド政権の生命線を断ち切り、単に「威信」を示すだけにとどまらない効果を上げることができるとの分析だ。

 問題は、決断に時間がかかれば、それだけ、アサド政権が軍事力を分散し、隠すだけの猶予を与えてしまうことだ、とウォール・ストリート・ジャーナルは指摘している。だからこそ、米国は単独でも、「今」介入する準備を整えているのだ、と。

 ジレンマと苦悩が渦巻くシリア情勢。どう展開するかに、世界中の視線が注がれている。

Text by NewSphere 編集部