新イラン大統領、予想外の穏健派 その理由とは?
イランの大統領選挙は、14日に投票が行われ、即日開票された。翌15日に内務省が最終結果を発表。それは、欧米にも、イラン国民にも驚きをもたらした。大方の予想を裏切って、穏健派のロウハニ氏が当選したのだ。しかも、得票率で50.7%にのぼる1861万票余りを獲得し、2位のガリバフ氏(テヘラン市長、16%)、3位のジャリリ氏(現政権の核交渉担当、11%)に大きく差をつけての圧勝だった。
イランでは、国政の実権は最高指導者ハメネイ氏が握っていることは周知の事実であり、その影響下にある議会も、欧米との妥協を拒む保守強硬派が圧倒的な多数を占めている。
ハメネイ氏が、いかなる手段を講じてでも、アフマディネジャド路線の「後継者」を大統領の座に据えるだろうとの予測はなぜ、外れたのか。そしてこのことは、欧米にとって、イランにとって、何を意味するのかを、海外各紙が分析した。
【喜びに沸くイランの市民】
フィナンシャル・タイムズ紙は、今回の結果に喜びを爆発させる多くのイラン国民の声にスポットライトを当てた。
イランでは、前回大統領選挙の2009年当時、すでに多くの国民は疲弊する経済状況に苛立ちを募らせていた。核を巡り、欧米との対決色を強める一方のアフマディネジャド大統領の保守強硬路線の転換を望む声は高かったという。
その思いは改革派のムーサヴィー候補に託されたが、軍配はアフマディネジャド氏に上がった。しかし、ムーサヴィー候補は、選挙に不正があったとして結果に反発し、この論争は大規模なデモに発展して、100人の死者を出すに至った。
今回の結果は、このとき苦渋をのんだ民衆が、諦めることなく投票に希望を託した結果と受け止められている模様だ。「変化」を望む改革派と中間派の票が集まったことが勝因だと受け取る民衆は、通りに繰り出し、ロウハニ氏のシンボルカラーである紫と、今回の勝利の基盤を作ったムーサヴィー氏のシンボルカラーの緑を身に付け、「さようなら、アフマディネジャド」などと叫んだと伝えられている。
イランでは、核を巡る欧米諸国との対立によって、経済の生命線とも言うべき原油の禁輸措置などの経済制裁を課され、物価が1年間で2倍以上に上昇するなどの激しいインフレや、悪化の一途をたどる失業率によって、市民の不満や閉塞感が高まっていた。
【海外の受け止め方】
欧米諸国は、驚きつつも概ね結果を歓迎。カーニー米大統領報道官が、表現の自由に対する拘束が厳しいなかで行われる選挙にも関わらず、「政治に参加し自らの声を届けようとしたイラン国民の勇気」を称賛したほか、イギリスも今後の核交渉などの進展に期待するコメントを発表した。国連の潘基文事務総長も、当選への祝辞を寄せたという。
ただし各国とも、「大統領は政策立案者の一人に過ぎない」として、同国の今後を注視する構えは崩していない。なかでもイスラエルは、「国際社会は希望的観測や誘惑に屈したり、イランに核プログラムを中止させるための圧力を弱めるべきではない」と述べ、ロウハニ氏の当選が各国のイランへの警戒心を薄れさせることに警鐘を鳴らしている。
【ロウハニ氏の人物像】
では、このロウハニ氏とはいかなる人物なのか。かつて核問題の交渉役として欧米と渡り合った経歴を持ち、今回の選挙では現政権の外交をこきおろし、海外との融和姿勢の重要性を説き、経済復興を強く訴えるなど、外交能力に自信を見せる同氏については、「穏健」という言葉ではくくりきれないしたたかな側面があるとウォール・ストリート・ジャーナル紙は伝えている。
実は2003年当時、ブッシュ大統領がイランを「悪の枢軸」と呼んだしばらく後、イランの議員127名が、アメリカとの戦争回避を目指して、ハメネイ氏にウランの濃縮凍結を促す公開書簡を送ったことがあった。当時ハメネイ氏は表立って返答せず、緊張が高まっていた。 そうした中、ハメネイ氏やその周辺に働きかけ、テヘラン宣言にこぎつけさせた立役者こそロウハニ氏だったという。当時を知る人物は、ロウハニ氏の、改革派の主張通りにはことを運ばず、保守強硬派への人脈を利用しつつ、巧みに改革派の意向を通した手腕を記憶に残していると語る。
しかも、同氏はこのときのことを「(核開発という)目的は十分に果たしつつ、欧米の姿勢軟化をとりつけた」と、欧米を手玉にとったかのような発言をしており、そうした同氏の一筋縄ではいかない人物像を、欧米も警戒しているという。
また同氏には、聖職者という顔もある。ニューヨーク・タイムズ紙によると、保守強硬派であり、ハメネイ氏の忠実な片腕としての顔ばかりが強調されがちなアフマディネジャド大統領だが、実はイランで初の聖職者ではない大統領で、宗教的規律を前面に押し出す聖職者と衝突する場面も数多くあった。しかし、今回のロウハニ氏は聖職者だ。
実は、今回の選挙では投票日前日に、ハメネイ氏が、「現政権に賛同しない国民」にも、義務として投票所に行くことを勧めたという一幕があった。こうしたことから、同氏の当選は、国民が鬱屈した不満を吐き出す「安全弁」として、「聖職者」を大統領の座に据える機会として、保守強硬派にとっても旨みがあったとのうがった見方も紹介されている。
世界各国が、警戒しつつもイランの「変革への糸口」としての期待を寄せ、イラン国民が「生活向上」への切実な希望を託す今回の選挙結果。ロウハニ新大統領の動向が注目される。