シリア情勢が泥沼化した理由とは
国連人権理事会は29日、ジュネーブの国連欧州本部で、シリア情勢に関する緊急討議を行った。アメリカ、トルコ、カタール等が開催を提案したもので、「シリア政府による人権侵害」を強く非難する決議が採択された。
採択では、日本など36ヶ国が賛成票を投じ、インドなど8ヶ国が棄権。2ヶ国は投票を見送った。反対票はベネズエラ1国にとどまった模様。なお、国連安保理の制裁議論の進展を阻んでいるロシア、中国は、現在人権理事会のメンバー国ではないため、投票権を持たない。
今回の緊急討議の俎上に上げられたのは、レバノン国境付近にあるクサイルでの内戦激化だった。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、幹線道路沿いに位置するクサイルは、反政府側にとって、10キロ離れたレバノンから、武器や兵員を迎え入れる補給経路としての要所。一方、アサド大統領ら少数派アラウィ派からなる政府にとっても、首都ダマスカスと、同派の拠点である地中海沿いの地域一帯を結ぶ重要な町だ。政府軍が、反政府軍が制圧してきた同町を奪還し、反政府軍の活路を断とうと攻勢を強めたことが引き金となった。
【ヒズボラのシリア流入】
レバノンのシーア派宗教組織ヒズボラが、同派に属するアラウィ派のシリア政府を支援し、戦闘員を派遣してきたのは、かねてより、公然の秘密だったという。しかし、その規模はさほど大きくなく、これまではシリアをめぐるあまたの問題に埋もれてきた。ところがこの、クサイルをめぐる攻防で、ヒズボラの戦闘員数が一気に増加。その数を、フランス外務省は3000~4000人、中心的な反政府軍、自由シリア軍は7000人と見積もっていると、BBCは報じた。
これを、アメリカ国務省は「極めて危険」と断じ、ヒズボラのシリアからの「即時撤退」を求めたという。アメリカはヒズボラとの間に利害関係はなく、撤退への強制力の行使もないと見られるが、この発言は、同国内で、シリア内戦が中東地域の代理戦争の様相を呈しつつあることへの懸念の高まりを示唆しているものと、同紙は分析している。
【アメリカの攻勢 ロシアの反発】
こうした動きを受けての人権理事会だったが、ロシア外相は「唾棄すべき、一方的な決議」と表明。ジュネーブで6月に米露主導で開催する予定の国際和平会議に水を差すものだと反発を強めているという。
一方のアメリカは、この決議は6月の会議と矛盾するものではないと表明した模様だ。
【足並み乱れる反政府勢力】
こうした状況下、乱れているのは第三国の足並みだけではないと、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は伝えている。反政府軍は現在、武器の不足によって劣勢に立たされており、なりふり構わず支援や兵員をかき集めている状況だという。「もしも西側が武器を提供してくれれば」「正しい」人の手に渡るようにはからうとしながらも、「政府と戦ってくれる者を選ぶ余裕はない」のが実情で、そうした状況が、武器が過激派に渡ることへの欧米の危惧を煽っているようだ。
こうした多派乱立状態に陥った反政府側は、イスタンブールで開いた会議でも、日程延長の甲斐もなく、連立の参加拡大の問題、議長の選出、ジュネーブ会議への参加条件のいずれにおいても意見の一致を見ることができなかったと伝えられる。特に、クサイル奪還で巻き返したアサド政権が、「大統領は来年の任期満了まで、退任を考えてはおらず、その後も再選を目指す可能性がある」と表明したうえで、ジュネーブ会議への原則参加を表明していたのに対し、それでは参加の意義なしとする声が高まったとされる。
さらには、反政府連立の「イスラム色を弱めようと」する、西側の後ろ盾を持つ一派の存在や、反政府体制上層部の「文民」が、前線で戦う兵士の尊敬を勝ち得ていない問題など、到底「未来のシリアの代表」としての体をなしていない状態だという。
このありさまについて、同紙は、人道理事会に先立ち、EU外相級会議でイギリスと並んで、武器禁輸措置の解除に尽力した代表国の一つ、フランスの、シュヴァリエ駐シリア大使が、反政府勢力に対し「努力の甲斐なし」と嘆息したと報じている。
理事会の冒頭で、ナヴィ・ピレイ人権高等事務次官は、EUの反政府軍への武器供与決定と、それを受けての、ロシアのアサド大統領に対する高性能対空ミサイルの供与決定に言及し、「シリア内戦が歯止めを失いつつある」ことに懸念を表明したという。
各国、各派の思惑と利害が渦巻くシリアに和平は訪れるのだろうか。