イーロン・マスク氏が火星を植民地化する計画を発表 – 惑星の専門家の思うところをここに記そう

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著:Andrew Coatesユニバーシティ・カレッジ・ロンドン Professor of Physics, Deputy Director (Solar System) at the Mullard Space Science Laboratory)

 SpaceX社とテスラ社の創業者であるイーロン・マスク氏が火星、木星の衛星エウロパ、および土星の衛星エンケラドゥスを含む太陽系の一部に植民地を作ろうという構想の新たな詳細を発表した。地球の文明が崩壊したときに備え、人類が複数の惑星に住めるように、と編み出されたイーロン氏のこの熱烈な計画によると、早くも2023年には火星への飛行を開始する予定だ。

 New Space誌に掲載されたばかりのこれらの詳細は、確かに野心的である。しかし、現実的と言えるのだろうか? 太陽系探査や、特に欧州宇宙機関の新しい火星探査車に関与している者として、私は、この計画の詳細はいくつかの点で特筆に値すると思っている。

 まず何より、マスク氏を単なるシリコンバレーの空想家だとして片付けないようにしたい。彼は既に、宇宙へのロケット打ち上げで大成功を収めている。マスク氏の論文は、火星に到達するための興味深い方法をいくつか提案している。そして彼はその赤い惑星に「自立した都市」の建設をもくろんでいる。

2016年、初期の計画の概要について語るマスク氏

 マスク氏のアイデアは、いかに低コストで宇宙に向かうことができるのか、に依存している – 同論文では、火星への渡航費は「500万パーセント」削減されなければならない、としている。ここで、再利用可能な宇宙技術が重要な位置を占めてくる。マスク氏が多段ロケットの地球上への見事な帰還着陸を既に実現させていることは素晴らしい実績だ。技術的に大きな一歩を踏み出していることに異論はない。

 火星上で燃料を調達し、さらに、火星ステーションを構築することは、一連の計画を実施可能にするレベルにまでコストを削減しようというマスク氏の提案でもある。そのための実験は進行中であり、適切な推進燃料を選択することがカギを握るとされている。NASA 2020火星探査でのMOXIE実験は、火星の大気中のCO2から酸素の生成が可能かどうかを調べようというものだ。そして酸素の生成はおそらく可能であろう。しかし、マスク氏は酸素のみならずメタンも生成したいと望んでいる。メタンはさらに安価で再利用可能なものとなるであろう。これは多くのエネルギーを要する複雑な化学反応の結果、得られる物質だ。

 かくして今のところ、ほぼ全て実行可能なことばかりである。が、計画はさらに驚嘆すべきものとなっていく。マスク氏は、巨大な宇宙船を打ち上げて地球を回る軌道に乗せ、火星へ向かおうと待機している間に地上から打ち上げたブースターを使って給油を数回行うようにしたい、と考えている。それぞれの宇宙船は100人が乗り組むように設計し、そのような宇宙船を40年から100年の間に1,000隻ほど打ち上げて百万人の人が地球を離れられるようにしたい、とマスク氏は望んでいる。

 エンケラドゥス、エウロパ、さらに、かつて生命が存在したか、もしくは今も生命が存在するかもしれない土星の衛星タイタンにも惑星間燃料供給ステーションが設けられることになる。燃料はこれらの衛星で産生され、貯蔵される。その狙いは、我々がカイパー・ベルトオールトの雲といった宇宙の非常に深遠な場所へまでも移動できるようにすることである。

 多くの火星探査ミッションがパラシュートを使うのとは異なり、他の技術と組み合わせて自身で推進力を生み出す「レッド・ドラゴン」カプセルがその任務を遂行し得る着陸機として提唱されている。マスク氏は、無人探査機による火星への着陸を2020年にテストする予定だ。しかし、途方もなく大量の燃料が必要となるため、その実現可能性は不明である。

◆絵宙(そら)事?
 論文の中で、マスク氏が見過ごしたか、取るに足らぬものとして片付けてしまった3つの非常に重要なことがある。エクソマーズ2020などの火星探査車の任務や、サンプルを地球に持ち帰るという計画は、火星上に生命が存在する兆候を探す。人類が介入したり、人類がもたらす廃棄物で火星を汚染したりする前に、生命探索の結果を待つ必要がある。惑星体は汚染を回避するため「惑星保護」規則で守られており、将来的に実施される全ての探査ミッションは必ずこの規則を遵守することが科学の進歩にとって大変重要である。

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SpaceXの工場で熱シールドを検査するマスク氏。 Steve Jurvetson/Flickr, CC BY

 また、マスク氏が火星の表面に関する主な技術的困難のひとつである表面温度について、さほど重要視していないことがもう一つの問題である。彼はたった2つの文で結論付けている。

 少し冷たいが、暖めればいい。火星には非常に好都合な大気が存在し、その主たる成分は窒素とアルゴンと数種の微量元素を含んだ二酸化炭素であるため、大気を圧縮するだけで植物を火星上で育てることができるということになる。

 実際には、火星の気温は日中およそ摂氏0度だが、夜間ともなると摂氏氷点下120度にまで急降下する。このような低温下で活動するのは小さな着陸機や探査車でさえ非常に困難なのである。実際、重量300kgのエクソマーズ2020火星探査車の設計においては温熱ヒーターで解決できる問題ではあるものの、必要となる電力量の確保は火星という「自給自足都市」において致命的な問題になりそうだ。

 マスク氏は惑星をどのように暖め、その大気を圧縮するのか、について何一つ詳細を述べていないが、それらのいずれもが技術的にはとてつもなく大きな難題だ。以前、SF小説の作家は、火星の極地の氷を融解させることも含め、火星に人類が住めるように改造する「地球化」について示唆していた。これは火星の環境を永遠に変えてしまうわけではなく、また、火星にはこの操作が作り出す新しい大気を保持できるだけの磁場が無い、ということも大きな障害となるだろう。火星は38億年間、徐々にその大気を失ってきているため、仮にもそうして暖められた大気が宇宙に逃げないようにすることは困難であろう。

 最後の大きな問題は、地球の磁気コクーンを超える放射線に関して何の言及も無いことだ。火星に降り立った生命は、銀河や太陽フレアから降り注ぐ宇宙線に対してはとても脆弱で、その宇宙線が潜在的にそれらの生命に関わる問題となる。太陽フレア発生の予測は、まだ初期段階にある。今日の遮蔽技術をもってしても、宇宙飛行士たちは火星への往復有人探査の一往復間だけで、放射線被ばくの推奨上限量の4倍もの大量の宇宙線を浴びてしまうことになる。さらに無人探査宇宙線にとっても有害となる可能性がある。宇宙の天候の予測技術の向上と、更に優れた遮蔽技術の開発が進められてはいる。それらの技術がこの問題を多少は緩和すると期待されるが、まだその段階には至っていない。

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エウロパ。 Steven_Mol / Shutterstock.com

 さらに将来のミッションを見据え、エウロパとエンケラドゥスを燃料供給ステーションとして使用する際の温度と放射線に関する議論もある。既存の工学研究では未だそれらを適切に評価し切れてはいない。これらの衛星は、太陽系内の最も強い放射線帯の中にある。さらに、議論の余地はあるかもしれないが、生命が存在しうる場所として火星をとらえるのではなく、この刺激的な火星という科学的なターゲットを単に「燃料貯蔵庫」として考えるのは有用なことなのかどうか、私は疑問に思っている。

 人類がカイパー・ベルトやオールトの雲にまでも遠く旅行する計画は、SF物語の中に毅然と存在している。その目的地は単に遠すぎて、旅行を実現するインフラが無いに過ぎない。実際に、もしマスク氏が本当に人類のために新しい家を創出しようとしているのであれば、月が最善の選択肢かもしれない。結局のところ、月はもっと地球に近いため、もっともコストがかからない。

 とはいえ、我々はより高みを目指すことで常々何かを成し遂げられる。マスク氏の最新計画が後世の惑星探査の道を切り拓く助けになるかもしれない。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by ka28310 via Conyac

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Text by The Conversation