モンゴル:若い世代の活躍で民主主義の新たな砦となるか

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著:Julian Dierkesブリティッシュコロンビア大学 Associate Professor and Keidanren Chair in Japanese Research)

 民主主義が危機に瀕していると指摘する声が上がっている。アメリカのシンクタンク、フリーダム・ハウスは2017年の研究報告書に『Populists and Autocrats: The Dual Threat to Global Democracy (訳:ポピュリストと独裁者:グローバルな民主主義に迫る二重の脅威 )』というタイトルを付けた。

 衰退の危機にある民主主義にとって特に大きな脅威となったのが、アメリカ、ハンガリートルコなどの例からもわかるように、ポピュリズムの台頭だ。

 モンゴルではこの1年で2度の国政選挙が実施された。うち1つは先月行われたばかりだ。どちらの選挙においてもポピュリズムという選択肢が用意されていた。しかしモンゴルはその誘惑に打ち勝ち、今後も民主主義体制を維持することが決まった。モンゴルがそうであったように、どの国でも民主主義の存続には若い世代からの支持を得る必要がある。

 グローバルなコミュニケーションが可能となった今の時代においても、ある種の政治的変革は地理的に近い地域で次々と起こる。つまり「伝播」することがある。民主主義が実現する時にはまさにこの現象が見られる。そして民主主義が衰退する時にもまたこのような「伝播」が起こる。

 1990年代にはEU諸国と地理的に隣接する東欧で民主化革命が起こっている。またアラブ諸国の民主化革命も隣国から隣国へと次々に発生した。さらにタイや近年のフィリピンにおける反民主主義運動にも地理的パターンがあると思われる。

◆「伝播」の法則の例外となる国
 モンゴルでは1990年に民主化革命が起こったが、近隣地域からの「伝播」が見られない稀な例となっている。モンゴルと隣接する国は中国とロシアの2ヵ国だけだ。そのさらに隣には北朝鮮とカザフスタンがあるが、モンゴルはいずれの国とも相反する民主主義体制を維持している。

 世界各国でポピュリズムが台頭する中、明らかに独裁主義的な思想を持つポピュリストも現れるようになり、民主主義の勢力が次々と奪われている。政治的ポピュリズムは、反体制的な美辞麗句を並べ、難しい問題にシンプルな解決策を示して見せるという常套手段を持つ。モンゴルも時流に飲まれれば、このような誘惑に陥落する恐れがあったはずだ。

 モンゴルは2011年の鉱業プロジェクトへの投資を機に世界でもトップクラスの経済成長を遂げた。しかしその後の財政は急速に傾き、今春上旬には国際通貨基金 (IMF) などに救済措置を申請するに至った。また有力政党は明確なイデオロギーを確立しておらず、利権政治が横行している。

 このような状況においてモンゴル国民が最も懸念するのが経済問題であり、その思いが選挙に反映されるとすれば、有権者がポピュリスト候補を選ぶに十分な条件は揃っていたように思える。

 しかし2016年の議会選挙の結果を見てみると、多数決という選挙制度が有利に働くはずだったにも関わらず、ポピュリズムを掲げる議員がもれなく落選してしまったのである。

◆白紙投票によるモンゴル国民の抵抗
 2016年の議会選挙、そして2017年に著者が国際監視員として参加した第5回モンゴル大統領選挙のどちらにおいても与党各党がお金を使って支援を得ようとし、それに対し国民は冷ややかな態度を示していた。

 民主党 (DP) は2016年、エルデネト鉱業の株式のうちロシアが所有していた49% がモンゴルの企業に売却されたと発表した。そうでなければモンゴルがエルデネト鉱業を完全国有化できただけに、国民には驚きが広がった。さらに2017年にはモンゴル人民党 (MPP) が主導権を握る議会において、子ども手当の給付を再開し、エルデネト鉱業の株式を分配するという決定が下され、国民は再び驚かされることとなった。

 票の買収行為が横行しているという報道も出る中、6月26日に行われた大統領選挙の初戦では、いずれの候補者も50% 以上の得票率を獲得できなかった。そのためモンゴル史上初となる決選投票が実施されたが、そこで有権者は「いずれの候補者も支持しない」ことを意味する白票を投じることで、二大政党への抵抗を示した。

 白票は2015年の選挙法改正で有効票と認められるようになったばかりだ。しかし決選投票では8% 以上の有権者が白票を投じ、二大政党からの立候補者に対する不満を表明した。

◆バトトルガ新大統領はポピュリスト?
 大統領選挙に民主党から立候補し、得票率50.6% で決選投票を制したハルトマーギーン・バトトルガ新大統領は、先に述べた特徴を兼ね備えた明らかなポピュリストだ。

 バトトルガ氏は政策面での思慮深さや判断力に定評があるわけではない。彼の思想よりも突飛な言動が有名となっている。例えば首都から少し離れたところにチンギス・ハンの巨大な騎馬像を建設するなど一風変わったプロジェクトでビジネスマンとしての手腕を誇示した。中国に対する危機感をいたずらに煽るような言動も目立つ。さらに選挙運動中にはバトトルガ氏と対抗候補もまた愛国心をスローガンに掲げたキャンペーンを展開した。

 しかしバトトルガ氏がなぜ選挙戦に勝ててしまったかというと、これといった理由がないのだ。有権者の多くはバトトルガ氏を支持する理由は特にないものの、人民党の独壇場となっていた議会への抵抗を示したいという思いのもと支持政党を超えて団結した結果、選ばれたのがバトトルガ氏である。人民党が主導権を握るモンゴルの政治にも、フランスのようなコアビタシオン (保革共存) を実現しようという国民の戦略的選択の結果と言える。

◆モンゴルから広がる民主主義
 モンゴルの民主主義の歴史は浅い。しかし2度の選挙で国民がポピュリズムを拒否する姿勢を示したということは、モンゴルの民主主義が国民の支持を得て進化を遂げている証だ。モンゴルの人口の半数以上は民主化改革以降に生まれた若い世代である。モンゴルの若い民主主義は、それ以上に若い世代が担っている。

 新たな世代の有権者が政治に参加し、民主主義を支持するかどうかが民主主義の明暗を分ける最大のカギとなる。これはモンゴルに限った問題ではない。

 モンゴルの若い議員が率先し、政治を収入源としか思わない政党の体質を払拭できるか。イデオロギーを確立するための議論を始め、自国の発展に向けた誠実な声を国民に届けることができるか。

 白票運動の成功を機に、利権政治を廃止し実りある討論ができる政治風土を築こうと新党の設立を目指す市民社会活動家も現れるだろう。新たな政党ができ、政治の腐敗を正す活動が盛んに行われるようになれば、モンゴルの民主主義がさらなる進化を遂げることも可能だ。

 モンゴルの民主主義は近隣諸国から「伝播」したものではない。しかしモンゴル国民の選んだ政治が、ミャンマー、キルギス共和国を始めとするアジア各国の民主化の先駆けとなっている。ポピュリズムを拒んだモンゴルの有権者が、グローバルな民主主義の再生の一端を担うかもしれない。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by t.sato via Conyac

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Text by The Conversation