接近する日本とインド、背後にある思惑とは? トランプ氏が両国関係に影響の可能性も

 日本とインドが急速に距離を縮めている。インドのモディ首相が今月10~12日に来日し、日印首脳会談が行われた。日本では原子力協定に関する報道が目立ったが、インドの報道機関は若干違う角度から両政府の動きを分析している。人民日報国際版の社説を引用し、中国の警戒感を伝えたメディアもあった。

◆インド大手新聞「日本の軍事化への動き」
 インドの大手英字紙ヒンドゥスタン・タイムズ紙は今回の原子力協定への署名を、「日本の軍事化への野望、インドの承認が極めて重要」との見出しをつけて報じた。記事は合意の重要性を指摘し、理由の1つとして、今月発効となったパリ協定でインドが目指すとしている炭素削減の実現には、原子力発電が不可欠なことを挙げている。太陽光発電や風力発電ではインドで必要な電力を賄うことができず、炭素を発生させない発電方法で唯一これを可能にするのが原子力発電なのだ。

 記事ではさらに、最近急速に距離感を縮めた日印関係の裏には、それぞれが自国を変革するために、他方の国を利用したいという思惑があるとしている。インドの場合それはインフラの整備だ。では日本は何か。安倍首相は戦後の平和主義から抜け出し、日本をアジアにおける自立した外交大国・軍事大国にしたいのだ、と同紙は指摘する。自身のナショナリスト的な計略を国際レベルで正当化するには、日本の新しい役割についてインドから承認してもらうことが極めて重要だと安倍首相は考えている、と続ける。

◆中国紙「インドは日本の質草にはならない」
 そうなると黙っていないのは中国だ。「日本は、中国とインドの紛争を利用している」と非難する中国共産党機関紙「人民日報」の国際版「環球時報」の社説を、インディアン・エクスプレスやザ・エコノミック・タイムズなどのインド大手メディアが伝えている。

 記事によると環球時報は、日本が核の削減という長年取ってきた立場を変えてまでもインドの原子力活用に協力したいのは、インドに南シナ海問題に介入して欲しいからだ、と主張。環球時報はさらに、しかしインドは日本の「質草」にはならないだろう、としているという。インドは中国と日本の両国から恩恵を受けたいという思いがあるため、日本とはたとえ距離を縮めても、兄弟のような関係にはならないだろう、というのだ。

 一方、米タイム誌は米バード大学のサンジブ・バルアー教授の、「日本はインドにとって最も重要な戦略的パートナーとなるだろう」という見方を紹介している。同教授は、インドへの主要武器提供国ロシアが今や中国やパキスタンとの関係を強めているため、「将来的に、日本はインドの外交政策や防衛政策にとってかつてのロシアのような存在になるかもしれない」と予測している。

◆軍事面での関係も強化か
 ザ・ヒンドゥ(11日付)によると、日印両政府は今回の会談で覚書を含めると合計10の合意書に署名した。インド宇宙研究機関と日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙開発での協力や、鉄道や運輸面でのインフラ投資などが含まれるが、モディ首相来日前の7日付の同紙記事では、2014年から日印両政府が交渉してきた新明和工業の海難救助艇(US-2)に触れ、首相滞在中に何らかの発表があるかもしれない、と報じていた。実際に来日中合意に至ることはなかったが、同紙は7日の時点で「交渉難航の理由は価格だが、日本側が価格を下げることに同意した」と伝えており、交渉はだいぶ大詰めになっていた可能性をうかがわせる。

◆トランプ米次期大統領からの影響も?
 さらに米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、日印両政府による合意書への署名に関する記事の中で、アメリカ大統領選の結果が日本、インド、ベトナムの力関係に影響を与える可能性がある、と指摘している。ニューデリーにある独立系非営利団体「中国分析および戦略センター」の代表ジャヤディヴァ・ラーナデー氏の見解として、「もしアメリカが中国に譲った場合、アジアを1ヶ国の権力に独占させたくないこうした国々が、中国に対抗するために関係を強める可能性がある」と紹介している。はっきりとは言及していないが、南シナ海問題についての話であろうことは想像に難しくない。

 インドと日本が急接近した裏側には、中国やロシア、アメリカといった大国との微妙なパワーバランスが見え隠れする。今回の首脳会談のアジェンダには原子力や軍用機(US-2)という繊細なものが含まれたこともあり、こうした大国はしばらく日印関係から目を離せないだろう。

Text by 松丸 さとみ