日ソ共同宣言から60年、平和条約の見込みは? 安倍首相の熱意の理由、ロシアのメリットとは

プーチン大統領

 日本とロシアの間で、平和条約の締結も視野に入れつつ、関係改善を図る動きが再び活発化している。1956年の日ソ共同宣言の署名から、今年で60年となるが、日ロ間ではいまだに平和条約が締結されていない。日本にとっては、平和条約の締結と北方領土問題の解決は一体のものであり、領土問題の解決なくしては条約の締結もない。しかしロシア側は、北方四島の帰属問題はすでに解決済みで、領土問題は存在しないとの姿勢をしばしば示してきた。それでも今、両国が接近を求める事情がある。両国それぞれの狙いはどこにあるのか。

◆オバマ大統領が自粛を呼びかけるも、首相は訪ロ、プーチン大統領と会談へ
 今月15日、東京で「日ロ外務省ハイレベル協議」が行われた。政府代表・日ロ関係担当大使である原田親仁氏と、ロシアのモルグロフ外務次官が協議を行い、4月中旬、東京で日ロ外相会談を開くことで合意した。5月上旬には安倍首相がロシアを非公式訪問し、プーチン大統領と会談する方針とみられている。

 安倍首相のロシア訪問については、アメリカのオバマ大統領が、首相との電話協議で、5月下旬に開かれるG7伊勢志摩サミットの前の訪問は控えてほしいと求めたそうだ(日本経済新聞)。首相はこれには応じず、ロシアとの対話の重要性を訴え、理解を求めたという。ロシアとの関係を前進させたいという安倍首相の意欲がうかがえる。

◆日本側が特に熱心
 豪シンクタンク、ローウィ国際政策研究所による国際問題の論評サイト「インタープリター」では、同研究所国際安全保障プログラムのインターンのトム・ホウルカム氏が、日露両国が積極的に平和条約締結に向けて取り組んでいることについて、これまで冷戦と北方領土問題のために、日ロ関係はずっと困難だったが、現在、両国の政治指導者は、得られる可能性のある利益からして、これまで以上に熱心に取り組むのに値すると判断したようだ、と語る。特に日本側でそれが非常に顕著だ、としている。

 例えば日本が今年1月、「政府代表・日ロ関係担当大使」というポストを新たに設けたのもその一例だ。日ロ間での平和条約交渉を中心とするハイレベル協議を担当する職で、同様のポストはそれまでに例がなかったという。岸田文雄外相はこれを発表した会見で、北方領土問題を始め、日ロ関係への取り組みは最優先の外交課題の1つだと語っていた。

◆ロシア側は北方領土問題で依然として強硬な態度
 だが、最大の障害である北方領土問題に関しては、今後も厳しい情勢が続くだろう、というのがホウルカム氏の見方だ。ロシア側は厳しい姿勢を崩していない。1956年の日ソ共同宣言では、平和条約締結後に、ソ連は日本に歯舞群島と色丹島を引き渡す、とされていた。ロシアのラブロフ外相はこれについて、条約締結後に2島を引き渡すことがあるとしても、それは「返還」ではなく、善意のしるしということになる、と1月の会見で語っていたそうだ。また、ロシア政府は平和条約(の締結)を、領土問題の解決と同義とはみなしていない、とも語ったという。これは日本政府の立場とは明らかに異なる。

◆平和条約の締結で日本にはどんなメリットがあるのか
 そういった困難がある中でも、安倍首相が日ロ関係を進展させることにあれほど熱心な理由として、ホウルカム氏は、平和条約が締結できた場合に日本が得られそうな利益を列挙している。北方領土問題の解決のほか、日本は少なくともロシアに関する限り、第2次世界大戦をやっと清算できる。また、エネルギー輸入を多様化する機会を含め、日ロ間の経済関係の発展に勢いを与えるものとなる。ロシア政府とより緊密に関わり合うことで、ロシアと中国の間の戦略的協調がより緊密になることを防ぐ助けになりうる、といったものだ。

 米ニュース論評サイトのワールド・ポリティクス・レビューに記事を寄せた、国際関係の研究者であり、米外交専門誌ナショナル・インタレストの寄稿論説委員のNikolas K. Gvosdev氏は、2012年12月の首相再就任以来、ロシアとの関係改善を優先事項にし、しばしば対ロシアでは、欧米の同盟国やパートナー国とは異なる独自路線を取ってきた安倍首相の意図は、主として、台頭する中国に対して防御策を講じることだったが、その他に、北方領土問題を解決した総理大臣になるという野望があった、としている。

 日本が対ロシア制裁に欧米諸国ほど積極的ではなかった理由はたぶん、併合によってプーチン大統領の国内での立場が強固になって、北方領土問題で首相が望むような合意を受け入れられるような立場になっているのではないか、と安倍首相が推測したからだろう、とGvosdev氏はみている。

◆ロシアにとってはどんなメリットがあるのか
 ホウルカム氏は、プーチン大統領は平和条約の締結と領土問題の解決に前向きなように見えた、と語っている。ロシア側の利益として氏が挙げるのは、アジアへの軸足転換を図るロシアにとって、平和条約の締結は象徴的な前進となるということだ。またロシア経済は原油価格の下落、制裁のために苦戦しているが、日ロ間のより緊密な関係によって、両国間の貿易と経済協力の改善につながる可能性がある。さらにロシアは、中国との関係への保険として、日本とのより緊密な政治的、戦略的関係を利用できるだろう。ロシアと中国との関係では、中国はロシアを目下のパートナーとみなしている、と氏は語る。

 ホウルカム氏は、両国の間で(中国への依存度を引き下げることや、経済協力の強化など)利益は重なり合っているが、北方領土問題の解決のためには、双方がかなりの譲歩をしなければならないだろう、と語る。氏は特に今回は日本側からの譲歩が必要だと見ているようだ。

◆日本軽視はロシア外交政策の失敗?北方領土での譲歩はメリットが大きい?
 Gvosdev氏は、日本を軽視していたことをロシアの外交政策上の際立った失策の第1に挙げている。ロシアはウクライナとシリアへの軍事介入以後、国際社会による制裁と、エネルギー関連の収入の落ち込みによって、重い経済的対価を払い続けている、とGvosdev氏は語る。ロシアが外交の好機をうまく利用できていれば、制裁の緩和の促進やロシア経済の改善、孤立化の回避などが見込めたが、プーチン政権はそれらの好機をつかみ損ねた、と氏は語る。

 Gvosdev氏は、ロシアが北方四島を手放したくない理由として、クリル列島(千島列島、北方四島のロシア呼称)で最大の択捉島は、オホーツク海と太平洋を結ぶ海峡の戦略的な要所となっていること、また、クリル列島周辺の排他的経済水域(EEZ)は、(埋蔵されている)石油、ガス、漁獲が豊富であることを挙げているが、それでも、ロシア政府がついにこの領土問題を解決すれば、明確な利益もある、と語る。特に、ロシア政府が外交的な援護、経済パートナーが欲しいときに、日本との関係が強固なものになる、という点だ。

 さらに、ロシアにとっては、自国の利益を守るためには、4島すべてを持ち続ける必要はないため、譲歩の実現が難しすぎるということはないだろう、と氏は断言する。例えば、共同宣言で示された歯舞群島、色丹島の2島に加えて、クリル列島最南端の国後島を返還すれば、北海道と差し向かいになっている島々からロシア軍がいなくなることになり、ロシアの太平洋へのアクセスを危険にさらすことなく、日本の安心感を強化することになるだろう、と語っている。

 そして、そういった譲歩は、さまざまな形でロシアに利益をもたらすことになりそうだと氏は見ている。その一例は、国際社会での評判の大幅な向上が見込めることだ。またロシアはこれによって、譲歩による領土問題の解決のモデルになるかもしれず、それによって地域での影響力が増し、地域に介入しようとするアメリカの影響力を抑え込むことができる、と氏は指摘している。

Text by 田所秀徳