安倍首相の発言、曲げて伝えられた?“シリア難民受け入れより国内問題”と海外報道

 安倍首相は29日、国連総会で一般討論演説を行い、シリア、イラクの難民・国内避難民への支援を拡充すると表明した。その後、ニューヨークで内外記者会見を行った。国内報道では、この記者会見で首相が、内閣改造と自民党役員人事を10月7日に行うと明言したことに最大の注目が集まった。一方、いくつかの海外メディアは、難民受け入れの可能性についてどう考えるかという記者の質問に対し、首相が考慮していないという趣旨の返答をしたことを中心的に報じた。首相の返答は間接的なものだったため、さまざまな解釈を招いている。

◆安倍首相はワン・クッションを置いて表現
 首相は国連総会での一般討論演説で、シリアとイラクの難民・国内避難民に向けた支援が、今年、(実施済みを含め)約8.1億ドル(約970億円)になるとアピールした。これは昨年の実績の3倍だ。また首相は、難民を生み出している中東、アフリカ地域の平和構築のために、約7.5億ドル(約898億円)の支援を準備していることも明らかにした。

 同日の記者会見で、資金面での援助のほかに「日本が難民を受け入れるという可能性についてはどう考えるか」という記者からの質問があった。この質問は「アベノミクス2.0」、「新3本の矢」についての質問と同時になされたものだった。首相はまずそちらに回答した後、次のように語っている。

「そして、今回の難民に対する対応の問題であります。これはまさに国際社会で連携して取り組まなければいけない課題であろうと思います。人口問題として申し上げれば、我々はいわば移民を受け入れるよりも前にやるべきことがあり、それは女性の活躍であり、あるいは高齢者の活躍であり、そして出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもあります。同時にこの難民の問題については、日本は日本としての責任を果たしていきたいと考えておりまして、それはまさに難民を生み出す土壌そのものを変えていくために、日本としては貢献をしていきたいと考えております」(首相官邸ウェブサイトより)

 ポイントとなるのは「人口問題として申し上げれば」の部分だ。先ごろ発表された「アベノミクス第2ステージ」では、人口問題への取り組みが「第2の矢」とされている。首相の回答は、移民が人口減少対策になるという議論があることを踏まえており、明示的には、人口問題としてはその方策を取らないと述べているわけだが、文脈上、目下、移民を受け入れることは考えていないという趣旨を語っていると思われる。この間接的な表現が、海外メディアでさまざまな解釈を呼ぶ原因となった。

◆発言の意図について深読みをする海外メディア
 AP通信は、安倍首相が、日本は進んで難民を支援するが、国内に受け入れはしない、という趣旨の発言をしたとして、この点を主題的に報じた。日本は難民に門戸を開放する前に、出生率低下と高齢化によって引き起こされる国内の人口問題に対処する必要があると首相が語った、と伝えた。

 これは、安倍首相の発言の意図について、一歩掘り下げた解釈である。「人口問題として」(文中では“As an issue of demography,”)の部分が、日本文とはやや違った重みをもって解釈されているように思われる。首相の発言の語られていない部分、ギャップを埋めるものとして、首相はアベノミクスに専心しており、いまは難民問題よりも国内の人口問題が重要だとの政治的認識があるという想定だろう。

 ロイターの第一報では、事はもう少しはっきりしている(記者の1人は安倍首相に質問をした張本人だ)。日本はシリア難民を受け入れる前に、自国の問題を解決しなければならないと首相が語ったとして、貢献の部分よりもこちらを中心に報じた。日本はシリアからの難民を受け入れる前に、女性と高齢者を含め、自国民にとっての状況を改善する必要があると首相が語った、と報じている。発言を、難民という国際問題よりも国内問題を優先する、という首相の姿勢の表れと捉えたようだ。この記事では、首相は難民の受け入れについて、「これは人口問題だ(“It is an issue of demography.”)」と返答したことになっている。もちろん日本の、であるから、取りようによっては、首相は難民問題を自国に与える影響の面でしか捉えていないようにも見える。

◆ロイターの記事同士でも異なる解釈
 興味深いことに、ロイターのもう1つの記事では、そのような見方はされていない。こちらの記事は、日本の難民支援の拡充のほうを主題的に報じたものだ。その上で、「しかし首相は、日本がシリアの紛争からの難民を受け入れるとの可能性をはねつけた」と伝えた。質問に対して首相は、政府の概括的な返答でもって応じた、と伝え、具体的な返答を避けたのだと示唆している。首相は「人口問題に関しては(“Regarding the issue of population,”)、われわれには移民を受け入れる前にまだまだ打つべき手がある」と述べた、と伝えている。この記事の解釈には無理がないように思われる。

◆日本批判の文脈に寄せた解釈
 これがガーディアン紙となると、記事の趣旨に合わせて、首相の発言はかなり自由に解釈されているように思われる。首相は、日本はシリア難民の受け入れを検討するなどということがあり得る以前に、自国民の生活水準を改善しなければならない、と語ったことになっている。解釈の方向性としてはロイターの最初の記事と同一だが、それをさらにあからさまにしたものになっている。

 記事は、日本が難民を受け入れようとしないことについて批判がある、としており、それを中心軸に据えている。そして、安倍首相は(発言によって)難民政策に対する批判をはねつけた、とした。

 このように、1つの発言をめぐって解釈のバラエティーが生じたのには、一部には言葉の問題があったのかもしれない。読者は、安倍首相の意図について、どの解釈が妥当だと思われるだろうか。

Text by 田所秀徳