接近する日・米・ベトナム、合同で軍事演習も?対中国で進む多国間協力関係

 国際社会における日本の軍事的役割を拡大する安全保障関連法案の審議が佳境を迎えるなか、政府は15日、ベトナムに巡視船の追加供与を含む大規模援助を行うことを決めた。安倍晋三首相は同日、訪日中のグエン・フー・チョンベトナム共産党書記長と共同記者会見を開き、より緊密な安全保障上の協力体制と経済関係を築くことを宣言した。

 ベトナムとの関係強化を各海外メディアが日本の軍事的役割拡大の序曲の一環とみて報じるなか、ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs)」による抗議活動を特集している。同紙は、日本の大衆は安保関連法案に「NO」だとする記事も掲載している。

◆南シナ海・東シナ海の「複雑な状況」に対する「深刻な懸念」を共有
 ベトナムへの援助については、同じ東南アジアのStraits Times紙(シンガポール)が詳報している。日本は、インフラ整備のための1000億円の低金利融資を行うほか、ホーチミン市の病院建設に286億円、海上パトロールと取締強化のために2億円を援助する。この2億円の援助の中には、中古巡視船2隻の追加供与が含まれる。昨年の6隻の供与に続くもので、このうちの2隻は既にベトナムに届いている。

 安倍首相は、チョン書記長との共同記者会見で、「南シナ海における大規模な造成工事と基地の建設といった一方的な行動の継続に対し、深刻な懸念を共有できたのは非常に意義深かった」と、「中国」を名指しせずに述べた。また、今回の追加融資により、「ベトナムの成長を強力に支援する」と語った。チョン書記長も「我々は、南シナ海と東シナ海における複雑な状況を共有した」と、尖閣問題を念頭に発言し、「あらゆる係争は、国際法によって解決されるべきだという認識で一致した」と述べた(Straits Times)。

 ベトナムにとって、日本は中国、アメリカ、韓国に次ぐ4番目の貿易相手国だ。経済面では、両首脳は、2020年までに2国間貿易と投資を倍増させることを目指すと宣言した。日本とベトナムの昨年の貿易額は276億ドル(日本の輸入が148億ドル)だ。

◆米識者、日・米・ベトナムの合同軍事演習の可能性も指摘
 Straits Timesは、南シナ海情勢について、「近隣諸国が中国に対し、地域の安定を脅かすいかなる一方的な行為も見過ごさないという、明確なメッセージを送ることが重要だ」という識者の見解を強調する。シンクタンク、東京財団の政策研究ディレクター、渡部恒雄氏は「それは、ベトナムなど地域の国々にとって重要であるばかりでなく、日本にとっても重要だ。なぜなら、尖閣諸島を巡る争いにも当てはまることだからだ」と、同紙にコメントしている。

 また、米東南アジア研究機関『Southeast Asia Analytics』代表のザカリー・アブザ氏は、中国の南シナ海での覇権拡大を最も恐れているのは日本だと指摘する。日本が輸入するエネルギー資源のほとんどが南シナ海を通ってくるからだという(ブルームバーグ)。

 危機感を強めているのはベトナムも同様だ。同国は今年に入って、かつての敵国でもあるアメリカとの関係強化に努めている。7月には、チョン書記長がベトナムのトップとして初めて訪米し、アメリカの南シナ海情勢への関心の高さに「非常に感謝している」と演説した。また、6月にはカーター米国防長官が、8月にはケリー米国務長官がベトナムを訪問。チョン書記長は訪米時にオバマ大統領にベトナム訪問を打診している。

 今回、日本とベトナムの関係強化が達成されたことにより、アメリカを加えた3カ国の同盟関係が出来上がりつつあるという見方も強まっている。『Southeast Asia Analytics』のアブザ氏は、日・米・ベトナムの合同軍事演習が行わる可能性もあると、ブルームバーグに述べている。同氏は「ベトナムは多国間協力を望んでおり、日本はその中で重要な役割を果たす」としている。

◆大衆は安保関連法案に「NO」と米紙
 安倍政権が安保関連法案の成立を見越して、このように着々と地歩を固めるなか、”戦争法案”に対する反対運動も激しさを増している。WSJは、「日本の学生たちは、何十年間にもわたって政治的な議論でほぼ沈黙を保ってきた。しかし、ここに来て再び、抗議活動で強大な勢力になりつつある」と、「SEALDs」の活動を特集している。

 WSJは、「この法制が通ると、自衛隊は確実に海外に行って、他国の戦争に協力するようになる。自衛官が死ぬ可能性もある。国内外で日本人がテロにあう可能性も高まる」という主要メンバーの発言を紹介。同紙は、反対派は南シナ海情勢など海外の紛争への関与に強く反対していることを強調している。

 上智大学のデビッド・スレーター教授(文化人類学)は、「人々はSEALDsが普通の大学生の集まりだと承知している。過激派ではなく、アクティビスト(活動家)でさえもない。普通の学生たちがこの国の政治の行方を懸念しているのだ」とWSJに語る。同紙は、日本の安保関連法案について、「5つの知っておくべきこと」を挙げる解説記事も掲載しており、その中で安部首相は与党が過半数を占める国会の支持を受けているが、「大衆はNO」だとしている。これについて、同紙は「70年の平和を享受してきた有権者は、自国が安全保障でより積極的な役割を果たすことに慎重だ。安倍氏の支持率は安保法案の審議が始まった先週、5月の51%から43%に下がった」と記している。

Text by 内村 浩介