「出国税」で富裕層の税逃れを防止 対象者は100人強、効果は限定的との見方も
グローバル化が進み、人、物、情報、そしてカネは、国境を越えて、日々激しく行き来している。各国の制度の中には、そうした現状に十分に対応できていないものがある。税制はその一つだ。日本でも、富裕層が節税のために海外移住することは、珍しいことではなくなってきている。政府は7月より、いわゆる「出国税」を導入する構えだ。
◆概要:海外移住による税逃れを防止
日本では、株式の売却益に対して、所得税・住民税合わせて20%が課される(これに復興特別所得税が加わる)。一方、シンガポール、香港、ニュージーランド、スイスでは、株式の売却益は非課税だ。これらの国に移住した後に売却すれば、税金の支払いを回避することができる。財務省によると、これらの国に居住する日本人の数は、1996年には6722人だったところ、2013年には1万7千人以上となっていた。この中には税金対策目的の移住者が含まれていると考えられている。
対策として、政府が導入を予定しているのは、出国時に保有する金融資産に対して、時価額をもとに、売却を行った場合と同等の課税を行う、というものだ。対象者は、出国時点で、保有する有価証券等の評価額が1億円以上で、直近10年のうち5年以上日本に居住していた人だ。5年以内に帰国した場合は、課税が取り消される。
今国会に提出される税制改正法案が成立すれば、今年7月からの実施となる。
◆世界情勢:すでに出国税導入国は多い
財務省によると、日本以外のG7(先進7ヶ国)や北欧各国では、既に出国税が導入されている。例えばアメリカの場合、出国税を課される条件は、200万ドル以上の純資産を所有しているか、過去5年間の所得税が年額平均15万7千ドル以上だった場合だ(2014年)。長期居住者が永住資格を放棄する場合にも、出国税が課される。
◆課題:対象者は100~200人程度、効果は限定的
ブルームバーグは、識者のコメントも交え、本件の背景と課題を詳しく報じている。背景としては、厳しい財政状況の中、安倍首相には富裕層課税強化以外に選択の余地はほとんどないことがあげられる(大和総研の吉井一洋制度調査担当部長)。
また課題については、特例の対象者が100~200人程度であり、回避する手法もあるため、効果は限定的とみられることだ(元財務省の森信茂樹中央大学法科大学院教授)。
◆背景:多国籍企業による租税回避対策
ブルームバーグによると、「出国税」の創設は、経済協力開発機構(OECD)租税委員会が取りまとめた、国際的な脱税・租税逃れへの取り組み「税源侵食と利益移転(BEPS)行動計画」の一環であるという。
この計画は、多国籍企業による租税回避の防止に取り組むという、金額面ではるかに大規模な射程を持っている。一部の多国籍企業は、世界中で上げた収益を、法人税率の低い、もしくは無税の国・地域(タックスヘイブン)に送り、租税回避を行っている。OECDは6日、こういったことを行いにくくするために、3000以上の2国間租税条約を修正することや、企業が多国間で移動している財やサービスの費用を正確に評価させるようにする方法について、協議を始めることで合意した(ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙)。
多国籍企業が利用する税の抜け穴をふさぐ取り組みは、OECDとG20(主要20ヶ国・地域)の共同プロジェクトとして行われている。世界各国の政府が、財政赤字を削減するため、また金融危機以降、年々蓄積した高水準の負債を減少させるために、増税を追求している中で、国際的な税制見直しが行われている、とWSJ紙は報じる。
ヨーロッパでは、各国財政が厳しい中、大企業が税金を正当に支払っていないことに関して、それを許してしまっている複雑な租税構造への怒りの声が高まっているという。現在、欧州議会は、アイルランドのApple、ルクセンブルクのAmazon.comとフィアット、オランダのスターバックスの租税回避について、調査を進めているという。