高浜差し止め:海外識者“今こそ首相がリーダーシップを” 責任とリスクを語るべき、と提言

 大津地裁は9日、高浜原発3、4号機の運転差し止めを関西電力に命じる仮処分を決定した。稼働中の原発の運転を停止させる仮処分はこれが初となる。同原発は、原子力規制委員会の新規制基準を満たしていると認められた上で再稼働していただけに、関係者の困惑は大きい。海外メディアでは、ようやく端緒についた日本の原発再稼働への影響が、重点的に取り扱われている。

◆裁判所が原発再稼働への「脅威」?
 高浜原発3号機は1月に再稼働し、2月から営業運転していた。4号機は2月に再稼働したものの、その後のトラブルで停止していた。10日、関電は3号機の運転を停止した。これで、日本で現在運転中の原発は、九州電力川内原発の2基のみとなった。

 日本各地の原発で再稼働差し止めを求める申し立てがあるが、高浜原発も今回の大津地裁による運転差し止めの前に、昨年4月、福井地裁が再稼働差し止めの仮処分を決定していた。その仮処分は12月に同地裁の保全異議審で取り消しとされた。

 こういった状況を指してAFPは、日本の原発再稼働の試みは、福島第一原発事故の再来への心配のただ中、訴訟の網にからめとられるようになっている、と語る。ブルームバーグはもっと大胆に、日本の裁判所が、原発再稼働の取り組みへの脅威として浮上している、と語っている。

 三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社の荻野零児アナリストは、「今回のことが示しているのは、司法のリスクがこれまで考えられていた以上に大きいということだ」「申立人1人、裁判官1人で状況が変わる可能性がある」とブルームバーグに語っている。また、運転再開が認められるようになるまでの期間についても、「前回の例を考えると、今回もまた8ヶ月ほどかかるかもしれない」「全く裁判官次第。もし裁判官が望めば、決定を年単位で遅らせることも可能だ」と語っている。

 ロイターでは、元外務官僚、元気候変動担当大使の西村六善氏が、「これは原子力業界と政府にとって警鐘となる出来事だ。司法が旧来のやり方に従うことを当然視することはもうできない」と語っている。

 またウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)などは、今回、高浜原発がある福井県ではなく、隣県の滋賀県の住民の申し立てが認められたことにも注目していた。

◆再稼働を推進する安倍政権にとって逆風?
 今回の裁判所の決定は、安倍政権下で進められている原発再稼働の流れに、大きく水を差すものだという捉え方が、主要海外メディアでは目立った。

 ブルームバーグは、今回の決定は、安倍首相の福島原発事故後のエネルギー政策を難しくする、と語っている。経済産業省が昨年取りまとめた長期エネルギー需給見通しでは、2030年時点での日本の電源構成(エネルギーミックス)のあるべき姿として、原子力が20~22%を占めるとしている。ロイターも、今回の決定はもしかすると、政府のエネルギー政策を混乱に陥れるかもしれない、と語っている。

 ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンスのAli Izadi-Najafabadiアナリストは、「政府が昨年提案した2030年のエネルギーミックス目標では、福島県内の原発を除いて、日本の既存の原子炉、建設中の原子炉全ての稼働が仮定されている」「今回の裁判所の決定により、その目標の達成はなおさら不確かに思われる」と語っている。

 ウェブ誌「ディプロマット」では、米モーリーン・アンド・マイク・マンスフィールド財団のプログラム・ディレクターのライアン・シェイファー氏が、安倍首相が原発再稼働を求める理由をいくつか挙げている。原子力は、安倍首相の最優先事項である経済再生と国家安全保障にとって中心的だ、と氏は語る。原発の停止後、石油、天然ガスの輸入が急増し、日本は数十年ぶりに貿易収支が赤字になった(経産省によれば31年ぶり)。また、政治的不安定、自然災害や、為替レートの変動によってさえも引き起こされる、エネルギー供給の混乱に対して、日本はこれまで以上に弱くなっている、としている。さらに、安倍首相がCOP21で掲げた自主的削減目標は、原発が停止している限り、手の届かないところにとどまりそうだ、と氏は語る。

◆電力会社にとっても厳しい状況になる
 今回の裁判所の決定は、電力会社にとっても強い逆風だ。ブルームバーグは、化石燃料の輸入によるコストを削減したり、国民に対して原子炉は安全に運営できると保証したりする電力会社の取り組みにとって難題となる、と語っている。

 関西電力は、4号機の営業運転開始も条件に、5月から電気料金を値下げする計画だった。高浜原発の再稼働で化石燃料のコストが浮いた分を顧客に還元するという趣旨だった(ロイター)。だが今回の決定によって、関電はその計画を廃案にすることを余儀なくされるかもしれない、とロイターは語っている。関電側は9日の記者会見で「正式には改めて検討するが、極めて難しくなった」と語っている(日本経済新聞)。

◆新規制基準だけでは国民の不安を払拭できない?
 高浜原発3、4号機が、原子力規制委員会の新規制基準を満たしていたにもかかわらず、差し止めの仮処分が出されたという点にも注目が集まっている。WSJは、裁判所の決定は新規制基準に疑問を投げかけるもので、原発再稼働に向けた試験的な動きにとって打撃となる、と語っている。

 ブルームバーグは、原子力規制委員会の設立、新規制基準の制定後でさえも、国民の大部分は(原発の安全性に)確信が持てていないままだ、と語る。毎日新聞は、今回の決定は、福島第一原発事故から5年がたとうとする今も、国民の不安が払拭(ふっしょく)されていない現状を司法が代弁したといえる、と解説している。

 こういった状況に安倍首相がリーダーシップを発揮して取り組む必要がある、と提言しているのが、上述のシェイファー氏である。氏は、福島原発事故の政策上の教訓についての日米合同研究グループ「日米原子力ワーキンググループ」のプログラム・マネジャーであり、2011年6月、日本を訪れている(昨年にも)。

 同グループは、(原発事故後に)今や明らかとなった原子力のリスクに対処することが、日本にとって公共政策上の大問題となると考えていたという。

 事故後、独立性の高い原子力規制委員会が設立され、より厳しい安全基準が課されるようになった。(それらによって)原発の安全性は改善したにも関わらず、問題は残っている、と氏は語る。地震により、政府と電力業界の原子力の取り扱いに対する国民の信頼も打ち砕かれた、としている。原子力に日本人の信頼を取り戻すには、より厳しい新規制機関の設立だけでは足りない、必要とされているのは、安倍首相のより強いリーダーシップである、と氏は主張する。

 原発の再稼働が始まっているものの、日本はこれまで決して、リスクの問題、そして福島第一原発事故を経て、社会にはどれほどのリスクを許容する用意があるかについて、率直に論じてこなかった、と氏は指摘する。この面に関して、安倍首相が前面に立って、国民を納得させるよう努めるべきだというのが、氏の主張のようだ。また、再稼働の判断に関して、最終的な責任が政府にあると明言することも勧告しているようである。

 氏は安倍首相に、国民に対して原子力の安全の最終責任はどこにあるかをはっきり示し、原発再稼働がなぜリスクに値するかを語り、自分の影響力を駆使して原子力管理の強化を支援すべきだ、と提言している。まとめると、原発の再稼働を進めるためには、首相が政治的不人気を恐れず、表立って、主体的な役割を果たすことが必要だというのが氏の主張のようである。

Text by 田所秀徳