女性初のピオレドール受賞者の滑落死、海外メディアも追悼 難しい山での排泄問題
女性登山家の谷口けいさん(43)が21日、北海道・大雪山系の黒岳で行方不明になり、翌日になって山頂から約700メートル下の斜面で遺体となって発見された。谷口さんは、「用を足す」と言って同行者たちから離れたまま行方が分からなくなっていた。断崖から滑落したものと見られる。
谷口さんは、2008年にカメット(7,756m・インド)の新ルートからの登頂に成功し、優れた登山家に贈られるフランスの「ピオレドール賞」を女性として初めて受賞した。国際的な実績のある登山家とあって、海外の山岳メディアなども谷口さんの死を悼んでいる。
◆輝かしい実績
世界の名だたる7,000〜8,000m級の高峰を制覇した谷口さんにしては、あっけない最期だった。谷口さんは、仲間の男性4人と黒岳の「北壁」と呼ばれる、登山道とは離れた急峻な岩登りのルートから登っていた。黒岳の標高は1,984m。5合目まではロープウェイが通っており、夏山シーズンには一般の観光客も比較的容易に山頂に行ける。
事故は山頂付近に達した後に起きた。同行者の一人の山岳スキーヤー、佐々木大輔さんらの証言によれば、グループが難所を超えて休憩していた際、谷口さんは用を足すため、お互いの体をつないでいた安全ロープを外して一人でその場を離れていった。なかなか戻らなかったため、仲間が探しに行くと、北西側の岩場の影の崖のそばに両手の手袋とザックが残されており、その150mほど下の斜面に滑落跡らしきものがあった。翌日の捜索で、700mほど下の斜面で、雪に埋もれた状態で谷口さんの遺体が見つかった。全身を強く打っており、死因は脳挫傷だった。
谷口さんは、和歌山県生まれ・千葉県育ちで、明治大学卒業後に本格的に登山を始めた。山岳ツアーガイドなどをしながら、2002年から野口健エベレスト清掃隊、マナスル清掃隊に参加し、両峰に登頂。その後、ゴールデンピーク(7,027m)、ライラピーク(6,200m)、シブリン(6,543m)に次々と登った。さらに、カメット(7,756m)に未踏の新ルートからアルパインスタイルで登頂したことで、一緒に登った平出和也さんと共に「ピオレドール賞」を受賞した。最近は後進の育成にも熱心で、昨年9月には、未踏峰のムスタンマンセイル峰(6,242m・ネパール)に、日本の女子大生4人と共に初登頂を果たした。
◆世界の登山界が死を悼む
イタリア語・英語の山岳情報サイト『Planet mountain.com』は、「世界の登山界が、女性で初めてピオレドールを受賞した谷口けいの死を悼んでいる」と追悼。「世界で最も技術のある女性登山家」という日本の山岳クラブの評と共に、これまでの実績を紹介している。
一方、国内報道の多くは「国際的な登山家」と谷口さんを紹介しているものの、海外の愛好家の間では、「誰もが知る」というほどの知名度ではなかったようで、海外一般メディアでの報道は少ない。また、一流登山家の遭難死はそれほど珍しくないという認識もあるようだ。米国最大級のソーシャルニュースサイト『reddit』では、谷口さんの死を受け、山で亡くなるピオレドール受賞者が多い、という書き込みも見られた。これには「85人ほどの受賞者のうち、山で亡くなったという情報を得られたのはたったの4人だ」という反論も寄せられている。
◆世界の山の排泄事情
一方、国内のSNSや掲示板では、滑落の遠因が「崖っぷちでのトイレ」であったらしいことが話題の中心になっている。男性同行者たちの目を気にしすぎて危険な場所に行ってしまったのではないか、安全確保をしっかりしなかったのではないか、そもそも命綱を外す必要があったのか、など、「山における用足し」とその方法の是非について議論が交わされている。
これについて、アメリカの元登山誌編集者で、登山家・山岳ライター/写真家のジャスティン・ロス氏は、自身の山岳ブログサイトで、「登山家たちはどこでうんちをするのか?」という記事を書いている。同氏は、グーグルで“Where do climbers・・・(登山家たちはどこで・・・)”と検索すると、山での排泄問題が多数ヒットするという書き出しで、さまざまなシチュエーションでの排泄の実態をまとめている。
2014年に行われた264人の土地管理者を対象にした聞き取り調査によれば、41%が人間の排泄物が「若干の」あるいは「深刻な」影響を、管理する土地の環境に与えていると答えた。環境保護団体「Leave No Trace」の啓発スタッフは、「必ず処理システムとスコップ、トイレット・ペーパーを携行するか、登山道入口や駐車場のトイレを利用してほしい」と話している。排泄物の適切な処理は「水源の汚染を根絶する」「疫病の拡散を防ぐ」「景観への影響を最小限に抑える」などの効果があり、ロス氏は「我々登山愛好家は、常にうんちのことを心に留めておく必要がある」と述べている。今回の事故は、こうした環境問題に加え、登山者自身の身の安全の問題にも警鐘を鳴らすきっかけになるかも知れない。