「ドーピングは絶対に許さない」暗黙のルール破り声を上げ始めた選手たち…その背景とは?

 リオ五輪に、ドーピング問題が暗い影を落としている。国家ぐるみの隠ぺいが指摘され、多くのロシア選手が出場停止になるなど制裁も加えられているが、クリーンな選手の間では、依然として対策が不十分だとして不満が高まっている。公然とドーピング歴のある選手の参加を批判するメダリストも現れ、注目を浴びている。

◆選手は我慢の限界?徹底的に違反者を叩く
 多くのメディアが取り上げたのが、過去に禁止薬物を使用し処分を受けたロシアのユリア・エフィモワ選手を「競技するにふさわしくない」と批判した、女子平泳ぎのアメリカ代表リリー・キング選手だ。100メートルではキング選手が1着、エフィモワ選手が2着でゴールしたが、キング選手は3着の選手と喜びを分かち合い、エフィモワ選手を無視。試合後エフィモワ選手を祝福したくなかったと発言した。

 男子400メートル自由形で金メダルを獲得したオーストラリアのマック・ホートン選手も、ドーピングで出場停止歴のある中国の孫楊選手を「薬物不正使用者」と非難し、波紋を呼んだ。孫選手は治療のために飲んだ薬に禁止薬物が入っていたことを知らなかったとしていることについても、ホートン選手は「何を飲むかも自分の責任」と突き放しており、中国水泳チームの謝罪の求めにも応じていない。

◆ドーピング違反者叩きに賛否両論
 アイルランド出身のジャーナリストのフィニアン・カニンガム氏はロシアメディアRTの記事で、このような選手たちの厳しい発言はいじめも同然で、特にエフィモワ選手に対してはひどすぎると憤る。同氏は、エフィモワ選手のドーピング問題は解決済みで、リオ五輪出場は公式に認められていると考えている。「誰だってセカンド・チャンスを得る価値はある」というエフィモワ選手に、キング選手が容赦ない批判をし、アメリカ水泳チームがそれを擁護し、アメリカ人の観客がエフィモワ選手にブーイングを浴びせるのは、ロシアが悪くアメリカが正義だという主張に基づいており、五輪の政治利用だと断じる。

 一方、ブルームバーグ・ビューのコラムニスト、キャス・R・サンスタイン氏は、選手たちの動きを歓迎している。商店の行列に割り込みをすれば、並んでいる人から疎まれるのが当たり前のように、世の中には守るべき社会規範があると同氏は述べる。ロシアの選手が勝つために薬物を使用すれば、他の選手も追随しなければというプレッシャーを感じるのは当然で、そうなれば競技はコントロールが効かないものとなってしまい、結果的に競技者全体の不利益となってしまう。ともに競い親しく付き合うべき選手仲間から、厳しく非難され排除されることは、選手にとっては非常につらいことだという同氏は、選手の直接批判がドーピングの抑止力になると見ており、スポーツ界の社会規範を守る上では効果的だと述べている。

 ワシントン・ポスト紙(WP)のオピニオンライター、チャールズ・レーン氏は、これまでは他者の薬物利用に選手は声を上げるのを慎むという暗黙の了解ができていたが、やっと今大会で状況が変わってきたと述べる。国際オリンピック委員会(IOC)は、他者が静かに競い合う権利も尊重せよと選手に自重を求めているが、そもそも、ドーピングを許してきた数々のスポーツ組織をリスペクトできないのに、競争相手をリスペクトすることはできないと同氏は指摘する。違反者に対する選手たちの抑えられない正直な気持ちが、国家間の協調というオリンピック神話を脅かし、行き過ぎてしまう危険性もあるが、その責任は、長年に渡り薬物違反に十分に対処できなかったIOCにあると指摘している。

◆クリーンなメダリストの権利を守れ。IOCは対策を
 さて、競技終了後に不正が発覚した場合は、メダルははく奪され、次に成績のよかった選手に授与される。ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)によれば、1968年以来、54人の選手が授賞式後に銅メダルを繰り上げで獲得している。金、銀の繰り上げとは違い、これらの選手は、表彰台に立ってメダルを受け取る栄誉を逃してしまったことになる。
また不正発覚が遅れ、メダルを受け取るまでに数年かかる例もあり、クリーンに戦った選手が不利益を被る現実が指摘されている。

 WPによれば、IOCのウェブサイトには、40年前にアナボリックステロイドを使用した旧東ドイツのメダリストの名が、何事もなかったかのように今でも掲載されているという。五輪を公正な競技の場として継続させるためにも、IOCは今こそドーピング撲滅に舵を切るべきだろう。

Text by 山川 真智子