中国国営紙が豪全体を罵倒するまでに…豪競泳選手が中国選手を批判、その経緯と背景

 リオ五輪の水泳男子400メートル自由形で金メダルを獲得したオーストラリアのマック・ホートン選手が、前回大会の自由形400メートルと1500メートルの覇者、中国の孫楊選手を「薬物不正使用者」と呼んだことが、波紋を呼んでいる。中国チームは謝罪を求めているが、豪チームはその意思はないとしている。次第に中国メディアや中国人の怒りの対象は、オーストラリア人全般に拡大。平和の祭典が2国間の対立を引き起こしかねず、次の開催国日本としても、見過ごせない事件だ。

◆豪選手のSNS大炎上。中国の怒り収まらず
 ウェブ誌『スレート』によれば、孫選手は女性問題や練習不足でコーチと喧嘩別れしたり、無免許でポルシェを運転してバスと衝突事故を起こすなど、ロンドン五輪後に数々の事件を起こしたお騒がせスイマーだ。最近では、国際大会で他国の選手に威圧的な態度を取る姿も目撃されており、評判は芳しくないようだ。2014年には、禁止薬物の使用で中国の反ドーピング機関から3ヶ月の出場停止処分を受けている。

 ホートン選手の発言の原因となったのは、練習中に孫選手がホートン選手に水をかけたことだという。ホートン選手はこれを敵意ある「挨拶」と受け止め、「薬物不正使用者に付き合う暇はないから無視した」と400メートル自由形の予選後に話し、メディアに大きく取り上げられた。結局、決勝ではホートン選手が金メダルを獲得し、孫選手は銀メダルに終わった。シドニー・モーニング・ヘラルド紙(SMH)によれば、ホートン選手は決勝後、薬物発言にはクリーンな選手の正しさを主張する意味もあったが、孫選手を出し抜く策略でもあったと述べており、この発言も物議を醸した。

 試合後がっかりした様子で泣きながら会見に挑んだ孫選手の姿に、中国のソーシャルメディアは素早く反応し、中国の対話アプリ「微信(ウィーチャット)」のハッシュタグ「泣かないで孫楊」には4700万を超えるビューが数時間で集まったという。またホートン選手のフェイスブック、インスタグラム、ツイッターのアカウントは中国人からの謝罪の要求で大炎上し、ウィキペディアのホートン選手の項目は「人種的偏見」を持った人物だと一時的に書き換えられた(SMH)。中国政府系のグローバル・タイムズ紙は、ホートン選手だけでなく、豪メディア、オーストラリア人批判を展開。西洋では、豪はしょせん「文明の隅っこにある国」、「イギリスのオフショア刑務所」と見られてきており、このような国の非文明的行為に驚くのはよそうと、冷ややかに突き放している。

◆言論の自由は必要。ドーピングに断固反対
 中国水泳チームも、ホートン選手の発言は悪意のある個人攻撃だと述べ、謝罪を要求しているが、豪五輪チームのキティ・チラー団長は、スポーツはクリーンであるべきと考えるホートン選手には、自分の意見や不快感を述べる権利はあるとし、謝罪の意志はないと述べている。チームメイトからもホートン選手を支持するという声が上がっている(ガーディアン紙)。

 ドーピングに関しては、国によっては刑事罰の対象とするところもある。豪では、ドーピングで利益を得た場合は、詐欺罪とする州もある。競技によっても差があるが、テニスのシャラポア選手は、ドーピングにより2年間の出場停止処分を受けている。しかし孫選手の処分は当初公にされず、しかも胸の痛みを抑えるために服用した薬に禁止薬物が含まれており、その事実を知らなかったという理由で、たった3ヶ月の出場停止で終わっている。SMHは、水泳選手のなかには孫選手がオリンピックに出場するどころか、競技に復帰すべきではないという意見も多いとしており、ホートン選手の発言が、それを代弁したと取ることもできそうだ。

◆再度因縁の対決。平和の祭典が紛争に?
 さて、両選手は14日に、1500メートル自由形で再度競い合う予定だ。当然、メディアや観衆の目は2人に向かうと思われ、競技に影響する可能性もある。また、結果やその後の両選手の発言、ふるまいが、豪中のさらなる対立を引き起こす恐れもある。

 国際オリンピック委員会は、今回の件では正式な苦情は受けておらず、さらなる調査を行うつもりはないとしている。ただし、マーク・アダムス広報部長は、言論の自由は支持するが、オリンピックでは他者が競う権利を尊重することも大切だとし、選手が落ち着きを持って競技できるよう、どこかで線引きも必要だと述べている(ガーディアン紙)。

Text by 山川 真智子