VRはゲーム以外に何ができるのか? 可能性模索する中国・欧米企業 変わる経験の伝達方法
オキュラス・リフト、HTC Viveといった高性能の仮想現実(VR)ヘッドセットがデビューし、10月にはPlayStation VRも登場する今年は「VR元年」と呼ばれる。VRは、ゲーム用途のイメージが先行するが、幅広い利用法があり、新たな市場を生み出すことが期待されている。企業が成長の原動力としてVRに着目するケースも増えている。
◆VRを事業に採り入れる米企業が増えている
ビジネス分野では、企業はVRに何を期待し、どのような活用法を見出しつつあるのだろうか。
ロイターは、ますます多くの米企業が、仮想現実に現実の利益を期待するようになっていると報じ、企業がVRヘッドセットを利用して、販売促進、コスト削減を図ろうとしていることに注目した。経済に活気がなく、成長を達成するのが難しいなか、多岐にわたる企業が(成長への突破口として)VRを採り入れつつある、と語っている。
販売促進での活用事例として、ロイターは、スノーモービルのメーカーが顧客に新モデルのバーチャル試乗をさせる例や、イベントチケット販売会社が、購入前に座席からの見え方をチェックできるようにする技術を開発中だと伝えている。またVRを採り入れている家具販売会社もあるようだ。
またロイターは、遊園地のシックス・フラッグスが、旧式化したジェットコースターの乗客にサムスンのVRヘッドセットを装着させるというアイディアを採用したことを伝えている。ロイターは、同社はこれにより、多大な費用をかけて新たなアトラクションを建設する必要なしに、そのライドを真新しいものとして打ち出すことができると述べ、コスト削減の角度から見ているようであるが、むしろイノベーションと言うべきだろう。
VRを事業に採り入れる企業の数は増えているものの、今のところ、VRはビジネスに大きなインパクトをもたらすものではないという見方も、ロイターは伝えている。
また現在、VR技術を採り入れる企業は消費者の関心をかき立てることができるため、競合他社も採用し、一層採用率が高まるようになるはずだと、米投資ファンド、パーマネント・ポートフォリオのポートフォリオ・マネージャーのマイケル・クッジョーノ氏はロイターに語っている。「セカンドライフ」の時のようなちょっとしたバブルが発生するのかもしれない。
◆中国ではVR市場が4年以内に9000億円規模に成長との予想
ビジネスにVRを導入することによる発展の可能性、またVRが開く新市場への期待感は、中国で大きいようだ。ブルームバーグは市場調査会社カナリスが今年3月に公表した予測について伝えているが、それによると、VRヘッドセット(サムスンの「Gear VR」やGoogleの「Cardboard」は含まない)の世界全体での年内の出荷数は約630万台に上るが、そのうち40%が中国への出荷になるという。驚くべき予測だ。また中国のモバイルインターネット調査会社iiMedia Researchによると、昨年15億元(約251億円)規模だった中国のVR市場は、2020年までに550億元(約9223億円)規模に達する見通しだという(ブルームバーグ)。
中国は、輸出・製造業主体の経済から、内需・サービス主導の経済へと転換を図っている。ブルームバーグは、習近平国家主席はイノベーションならびに、重工業への依存度引き下げによって、減速している経済を支えようとしている、と語る。そういったなか、中国のインターネット企業大手3社(バイドゥ、アリババ、テンセント)は、国内のVR関連スタートアップ企業に投資を行っているという。バイドゥ傘下の動画サイト「iQiyi(愛奇芸)」によると、中国のVR産業では少なくとも200社のスタートアップ企業が活動しているという。
中国では動画のストリーミングが普及しているため、VRの最初期の有望分野はオンライン動画だとブルームバーグは語っている。当局のデータによると、中国では約5億400万人が普段からストリーミングサイトを使用しているという。なお、中国のインターネット利用者は2015年末時点で6億8800万人に及んだ。中国国務院工業情報化部(工業和信息化部)によると、没入型の動画とゲームが最初に成熟するVR産業になる可能性があるという。
アリババはある研究報告書で、VR産業が成熟したあかつきには、あらゆる娯楽コンテンツのうち約4割をVRが占めるだろうと発表したが、それがいつ頃の話になるかは示していない(ブルームバーグ)。
またアリババはVRを使用したショッピング環境を開発中とのことだ。
◆VRの幅広い利用法
BBCは、4人の識者へのインタビューによって、VRの幅広い用途をスケッチしている。VRが提供する没入型の将来性から利益を受けつつあるのは、ゲーマーばかりではない、とBBCは語る。
技術ジャーナリストのマリア・コロロフ氏は、VRが職場を最も変化させている点は、トレーニングとシミュレーションだと語っている。例えば、非常に高価な装置について習熟させる場合に、VRシミュレーターを利用するといったもので、軍はごく早期からのアダプター(採用者)だと語っている。
また同氏は、インターネットが情報の伝達の仕方を変えた具合に、VRは経験を伝達する仕方を変えるだろう、と語っている。
さらに、VRは確実に、私たちをより密接に結び付けるだろう、と語っている。(その一例として)VRによって、在宅勤務しながら世界中の人と一緒に働くことがますますできるようになるだろうとしている。
南カリフォルニア大学の心理学者のスキップ・リッツォ氏は、戦場での経験により心的外傷後ストレス障害
(PTSD)となった元兵士のリハビリのために、VRを利用しているという。トラウマを受けた状況をVRで再現することによって、徐々に克服していくというもののようだ。
また同氏は、高機能自閉症者が就職面接でより望ましい結果を出せるよう支援するためVRを使用しているという。これには、年齢、性別、民族的背景や、挑発してくる度合いが異なる、いろいろなタイプの面接官との面接の練習が含まれるそうだ。
社会科学者のニック・イー氏は、身体と結びついた人間の行動の特徴を研究するためにVRを用いているという。これは、VRによって、本来の身体を一時的に意識外に置くことができるからこそ可能なことだろう。
VRによって、人と人のつながりや、身体性といった根本的なものに新たな照明が当てられるのは興味深い。