『ホンダジェット』いよいよ米国販売へ 待ちきれない顧客、警戒するライバル社…現地報道
初の国産ビジネスジェット『ホンダジェット』が、近く米連邦航空局(FAA)の認可を受け、米国内での販売が開始される見込みとなった。FAAでは現在、実機を使って最終テストを行っているという。ホンダジェットは、両翼上に2基のエンジンを搭載する画期的なスタイルにより、クラス最高速度と低燃費、静粛性を実現。大手自動車メーカーの航空機ビジネ参入ということもあり、アメリカをはじめとする海外メディアの注目度も非常に高いようだ。
◆“納機”を待ちきれないエグゼクティブたち
ホンダジェットは、既に今年3月末にFAAの予備認可を受けており、現在、同局による最終テストが進んでいる。中国の航空機ビジネス専門サイト『BAVIATION』は、「新しいタイプの飛行機がFAAの認可を得るには、巨額の費用がかかり、複雑で何年もかかるプロセスを経なければならない。ホンダは今、その道を完走しつつある」としている。
ホンダは今年4月から、日本国内を皮切りに世界にホンダジェットをお披露目するワールドツアーを開始。18日には初めてヨーロッパに渡り、スイス・ジュネーブで開かれている欧州最大のビジネスジェットの航空ショーで実機公開を行った。同種の小型ビジネスジェットの市場の約80%はアメリカとヨーロッパに集中していると言われている。ホンダはこれに対応して2007年に航空機関連企業が集まるアメリカ・ノースカロライナ州に航空機の開発生産に特化した子会社『ホンダエアクラフトカンパニー』を設立。広大な敷地に研究開発部門・生産ライン・カスタマーサービス拠点を集約している。
当初は2012年の発売を予定していたホンダジェットは、2006年10月の米フロリダ州の航空ショーを皮切りに先行予約を受け付けている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)によれば、少なくとも100機以上の注文が入っているという。ノースカロライナの工場では既に組み立てが始まっており、今後一年間で40機から50機を、その翌年には75機を生産する予定。2007年に7万5000ドルの手付金を支払ったという米ホテル・レストラン会社『Heart of America』のCEO、マイク・ウィーラン氏も、“納機”を心待ちにしている一人だ。現在所有している機体よりも速度と航続距離が伸びるため、全米にまたがる移動時間の短縮が、ビジネス面でも大きなプラスになると同氏は期待している(WSJ)。
◆苦節30年の開発秘話
ホンダジェットの特徴は何と言っても両翼の上に載る双発エンジンのレイアウトだ。徹底的に軽量化されたカーボンファイバー製のボディとの組み合わせにより、ホンダは、クラス最速の最大巡航速度778km/hと低燃費、最大運用高度を実現したとしている。また、翼上エンジンレイアウトにより、客室(乗客5〜6名・乗員1~2名)を従来型よりも広く取ることができたという。
各メディアとも注目するのは、現在『ホンダエアクラフトカンパニー』のCEOを務めるホンダジェットの生みの親、藤野道格氏の「苦難の30年」だ。実はホンダジェットの開発は、「革新的な技術がなければ、航空機産業に参入する理由はない」と、一時はお蔵入り寸前にまで追い込まれたという(米フォーブス誌)。
東大で航空エンジニアリングを学んだ藤野氏は、ホンダに入社後、1986年に28歳で航空機開発の極秘プロジェクトを率いるよう命じられ、米ミシシッピ州立大学ラスペット飛行研究所に派遣された。そこで研究を重ねながら1996年までにいくつかの試案を作る一方、米国での高性能小型ビジネスジェット市場の可能性に確信を持つに至った。しかし、2007年、上記の理由で計画の中断と帰国を命じられた。それでも諦められなかった藤野氏を救ったのが、一冊の古い航空力学の教則本だった。4ページに渡って開発秘話を特集したフォーブス誌がその時の事を詳述している。
藤野氏は、帰国を命じられた日本の新居で荷物をといている際に、1930年代の近代航空力学のパイオニア、ドイツの物理学者・リートヴィヒ・プラントルのテキストブックを見つけた。この本をパラパラとめくっているうちに現代の既成観念の呪縛から解き放たれ、「翼とエンジンの周りの空気抵抗を最小限にするのではなく、2つの空気の流れを一つにまとめたらどうか?」という発想の転換に至った。これが現代の常識では、空気抵抗が大きいとして相手にされてこなかった翼上レイアウトに結びついたという。ホンダジェット計画の再開は、藤野氏がこの閃きを夜中に飛び起きてカレンダーの裏に書き記したラフスケッチから始まった。
◆「空のシビック」はビジネスとして成功するか?
では、藤野氏が「私の芸術作品です」と語るホンダジェットが、ビジネスとして成功する見込みはどうだろうか?米セスナ社と共に業界をリードするブラジル・エンブラエル社の幹部は、自動車メーカーとして既に世界的な成功を収めているホンダの資金力とプロモーション・マーケティング能力を警戒する(WSJ)。米航空コンサルタントのローランド・ヴィンセント氏も「(ホンダが自動車で培った)卓越した技術と製造能力、販売ネットワークに誰が疑問を挟むことができるだろうか?」と、ニューカマーの成功例が少ない航空業界でも、ホンダにはチャンスがあると見ている(フォーブス)。
『BAVIATION』は、エポックメイキングなホンダジェットの存在を、さまざまな分野で研究開発を許してきたホンダだからこそ実現できた「空のシビック」だと表現。速度や燃費以上に、内装の精度や量産性といった大手自動車メーカーならではのアドバンテージが、今も内装をハンドメイドに頼るなどしている既存メーカーを凌駕しうる点だとしている。また、ノースカロライナ工場の「ライバルの約2倍の生産能力」にも注目している。
ホンダは、ノースカロライナ工場関連だけで、ホンダジェットに合計約1億4000万ドルを投じているという。ヴィンセント氏は、「これほど積極的に投資する(ビジネスジェット)メーカーを見たことがない」と述べ、その投資規模からも、他機種の開発も密かに進んでいるのではないかと見ているようだ(フォーブス)。