厚労省、製薬業界にメス ノバルティスを“異例の”刑事告発
厚生労働省は9日、故意に操作された臨床試験のデータをもとに、高血圧症治療薬「ディオバン」の広告宣伝を行ったとして、販売元の製薬会社ノバルティスファーマと臨床研究に関わった社員を薬事法違反(虚偽・誇大広告)の疑いで東京地検に刑事告発した。
【不正な臨床試験データを広告宣伝に利用か】
ノバルティスは、スイスに本拠を置く売上高世界第2位の巨大製薬会社。今回告発されたのは、その日本法人のノバルティスファーマだ。問題のディオバンは、おもに高血圧症の治療に用いられる降圧薬で、同種の薬としては国内最大のシェアを持つ。
問題となっているのは、昨年夏に日本の大学の監修で行われたディオバンの効能を研究する複数回の臨床試験だ。この中で、故意に高い効能を示すデータが出るように不正が行われたとされる。
監督した複数の大学は昨年の段階で不備を見つけ、試験結果そのものを撤回している。ノバルティス側も不正があった事実を認め、昨年10月に役員報酬をカットするなどしていた。
今回厚労省は、ノバルティス側が、不正データと知ったうえで広告宣伝に繰り返し用いた疑いが強まったとして、刑事告発に踏み切った。薬事法が禁止する虚偽・誇大広告の規定だけで刑事告発したのは国内で初めてだという。
また、関係する臨床試験には、毎回特定のノバルティスファーマの社員が、その存在や会社との関係を明らかにしないまま関与していたという。厚労省は、氏名不詳のこの社員も告発した。
【日本におけるブランドイメージの低下と売上減を懸念】
フィナンシャル・タイムズ紙によると、ノバルティスファーマは、臨床試験に関わった社員の不適切な行為については認めているが、不正行為を指示するなど、会社ぐるみでの関与については否定している。
仮に本件が有罪となった場合、200万円以下の罰金刑となる可能性が高い。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、罰金そのものがこの巨大企業に与える打撃は微々たるものと指摘。そのうえで、「昨年夏にこのスキャンダルが発覚して以来、既にノバルティスの日本での売上は急激に落ちている。今回の動きによってさらに立場が低下すれば、大きな打撃となる」という専門家のコメントを掲載している。
同紙によると、ディオバンの日本での売上は2011年9月期には289億円だったが、2012年同期に261億円、2013年同期には220億円まで落ちている。また、ディオバンの特許権はヨーロッパ、アメリカに続いて日本でも昨年9月に切れており、より安価なジェネリック薬の参入が可能になっている。その点でも売上への影響は否めないという。
ロイター通信は、「日本はノバルティスにとって重要なマーケットだ」としたうえで、このスキャンダルの前には、同社のグローバルセールスの4分の1が日本でのものだった事実を紹介した。
また、フィナンシャル・タイムズ紙も、今回の告発による直接的な打撃よりも「日本におけるノバルティスのブランドと売上が受ける影響の方が大きいだろう」としている。
【製薬業界全体の問題も視野に?】
今回の異例とも言える厚労省の動きについて、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は「病院と大学、製薬会社の間のある種の”固い絆”が、臨床試験にあるべき公正さを欠く原因になっている。そういう製薬業界全体の問題にメスを入れようとしているのではないか」と、一歩踏み込んだ識者の見解を紹介している。
同紙によると、現在、日本高血圧症協会には、ディオバンの使用をためらう患者からの問い合わせが殺到しているという。
ノバルティスファーマは公式ウェブサイト上で「患者さま、ご家族、医療従事者の皆さま、および国民の皆さまに大変ご心配とご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。弊社はこの事態を極めて重く受け止めており、これまでと同様に今後も当局に全面的に協力して参る所存です」とコメントしている。