ニーダーザクセン州の無形文化遺産をたどる旅。アインベックとハーメルンを後にして、今回は、日本ではあまり知られていないドイツ北西部のオランダ国境に近いリンゲンへ。そして、紅茶文化で知られるオストフリースラント地方のレーアへと足を延ばした。
訪問した土地で見えてきたのは、歴史を『保存する』だけではない『市民が現在も参加し、自分たちの街に伝わる物語を演じ、楽しみ、語りながら、次の世代へと手渡している生きた文化』の姿だった。

リンゲンの歴史的な市民社会を表現した人形劇は、鐘の音と共に毎日3回(12時・15時・18時)、市民の前に姿を現す (参考までに。市庁舎中ほどにある2つの小さな窓に囲まれた場所にある)
オランダとの境界にある街、リンゲン
ニーダーザクセン州エムスラント郡に位置するリンゲン(Lingen)は、オランダとの国境に近い街。リンゲンの心臓部と称される旧市街のマーケット広場には木組みの家や赤レンガの建物が並び、歩行者エリアにはカフェやショップが点在する。広場に続く石畳の道を歩いていると、穏やかな日常の風景のなかに、古い歴史が静かに息づいていることに気づく。
この街の雰囲気を形づくっているのが、オランダとの深いつながりだ。17世紀末から18世紀初頭にかけて一時的にオランダの支配下に置かれ、学校ではオランダ語が使われ、近代に入ってもしばらくはオランダの通貨『ギルダー』が流通していたという。国境を越えてオランダへ働きに行く人も多く、リンゲンは長く異なる文化が交わる場所だった。こうした背景を知ってから旧市街を歩くと、何気ない街並みも少し違って見えてくるだろう。

オランダ風レンガ建築 が混在する美しい街並み
600年前の『小さな戦士たち』が、今も街に生きている
今回のリンゲン訪問で特に知りたかったのは、600年以上受け継がれてきた『キーヴェリンゲ(Kivelinge)』という伝統だ。その起源は1372年。『Kivelinge』は、中高ドイツ語の『kiven(争う、戦う)』に由来すると考えられており、いわば『小さな戦士たち』という意味だそう。リンゲン観光局の計らいで、3人のキーヴェリンゲが出迎えてくれ、街に伝わる歴史を詳しく教えてくれた。

キーヴェリンゲの家にて キーヴェリンゲから歴史を教えていただいた
伝承によれば、中世のリンゲンが敵に包囲された際、成人男性だけでは街を守りきれず、16歳以上の未婚の男性たちも防衛に加わった。彼らの働きが称えられ、『キーヴェリンゲ』と呼ばれるようになったという。そして、その功績に対して祭りを開催する権利が与えられ、それが現在まで続く伝統の礎となった。
もちろん、現代のキーヴェリンゲは軍事組織ではない。地域の歴史や文化を守りながら、街の活動にも貢献する市民組織だ。現役会員として加入できる条件は、『16歳以上で未婚、リンゲンに特別な繋がりを持つ男性』と定められている。会員希望を書面で申請し、総会の承認を受けると正式に会員として活動できるそうだ。
かつて街を守った若者たちの物語・儀礼・共同体は、『時代を超えて地域の活動として生き続ける伝統』として2018年、ドイツの無形文化遺産に登録された。

キーヴェリンゲの公式コスチューム

1548年の大火災後に再建されたリンゲン市庁舎はオランダ・ルネサンス風の階段破風と市民自治の象徴
街全体が中世へ戻る、3年に一度の祭り
この伝統を最も鮮やかに感じられるのが、3年に一度開催される、『キーヴェリングス祭(Kivelingsfest)』だ。祭りは、聖霊降臨日(復活祭から50日目の日曜日・毎年移動する祝日)の前後3日間にわたって開かれる。リンゲンの中心部は、まるで中世の街へとタイムスリップしたかのような雰囲気に包まれる。単なる中世風のお祭りではなく、キーヴェリンゲの伝統そのものを街全体で再現・継承するユニークなイベントで、3年間かけて準備し、週末にこの伝統を一気に展開するのが大きな特徴だ。
広場には職人や商人の露店が並び、道化師や大道芸人が通りを行き交う。歴史衣装をまとった人々が街を歩き、広場には普段とは異なる華やかなざわめきが広がる。祭りのクライマックスは月曜日。、新しいキーヴェリンゲの王が戴冠し、その後、約1000人も参加するパレードがリンゲン市内を練り歩く。

キーヴェリンゲの太鼓
普段は穏やかな旧市街が、この日ばかりは人々の歓声や音楽で満たされる。石畳の通りを歩けば、遠い昔の物語が、目の前で現在進行形の出来事として立ち上がってくるようだ。大切なのは、古い祭りをただ保存しているのではないということだ。現代の市民自身が参加し、演じ、楽しみながら、自分たちの街の物語を次の世代へと伝えている。
次回のキーヴェリングス祭は2027年。歴史と現在が交差するその瞬間に立ち会うために、祭りの時期を旅の目的にしてリンゲンを訪れるのもよさそうだ。静かな旧市街を歩きながら、何世紀にもわたって受け継がれてきた物語に耳を澄ます。そんな時間もまた、ドイツ北部を旅する楽しみのひとつになるに違いない。

ブランデー又はコニャック系の蒸留酒、レモン、砂糖の組み合わせ・キーヴェリンゲの伝統的な飲み物「二コラシュカ (Nikolaschka)」を試飲。疲れも一気に飛んでしまう飲み物。レストランAlte Posthalterei にて
ドイツのお茶文化を体験・レーアへ
リンゲンを後にして、さらに北へ。次に向かったのは、オストフリースラント地方のレーア(Leer)だ。同じニーダーザクセン州にありながら、ここにはリンゲンとはまったく異なる無形文化遺産が根づいている。それが、この地方の紅茶文化だ。
ドイツといえば、一般的にはコーヒーを思い浮かべる人が多いだろう。ところが北海沿岸のオストフリースラントでは事情が異なり、お茶が圧倒的に好まれている。それは単なる飲み物ではない。人と人をつなぎ、地域のアイデンティティを形づくる文化として、日々の暮らしの中に根づいている。朝食や午後のひととき、来客をもてなす場面など、紅茶は人々の暮らしに深く入り込み、日々の時間や会話を生み、人をもてなす時間そのものになっている。2016年には『オストフリースラントの紅茶文化』がドイツの無形文化遺産に登録された。

ビュンティングお茶博物館 1階のお店では伝統的なアッサムを主体としたブレンドティをお土産に是非どうぞ
一杯のお茶から見えてくる、世界とのつながり
では、なぜこの地方では、これほどまでにお茶が飲まれるようになったのだろう。その背景には、17~18世紀にオランダ東インド会社の交易によって北海沿岸へ茶がもたらされたことがある。オランダとの文化的なつながりが強かったオストフリースラントでは、遠く海を越えてやってきた茶が、長い年月をかけて土地独自の文化へと育っていった。さらに、寒く、風が強く、湿潤な北海沿岸特有の気候も、お茶の習慣が広がる一因になったと考えられている。
レーアにあるビュンティングお茶博物館(Bünting Teemuseum)では、こうしたお茶の歴史や交易、ヨーロッパへの広がりを知ることができる。オストフリースラントを代表する茶商のひとつ、1806年創業のビュンティング商会の歴史も紹介している。
- お茶博物館にて
- お茶博物館にて
- お茶博物館にて
- お茶博物館にて
- お茶博物館にて・オストフリースラント流のおもてなしは、お茶を飲むだけでなく会話も楽しむ至福の時間
- アッサムを主体とした力強い茶葉を中心に、複数の茶葉を組み合わせたブレンドが特徴
ここで興味深かったのは、オストフリースラントでは紅茶そのものだけでなく、「どのブレンドを選び、どの器で、誰と、どんな時間に飲むか」までが文化の一部になっていることだった。日本でいえば、家庭ごとにお気に入りの味噌や醤油があるように、地元の人にも昔から愛用している紅茶ブランドがあるそうだ。
『ダージリン』や『アッサム』などインドの紅茶産地(地域名)を重視する日本の紅茶文化とは少し異なり、オストフリースラントでは複数の茶葉をブレンドするのが特徴。伝統的なオストフリースラントの紅茶は、アッサムを主体とした力強く麦芽のような風味のブレンドだという。そして、紅茶を飲む時間そのものを『ティータイド(Teetied)』と呼ぶ。
「お茶をどうぞ」という言葉は、単に飲み物をすすめるのではなく、お茶を囲んで一緒に過ごす時間、会話のひとときを客人と楽しみたいという意味合いもあるという。

紅茶にクリームの雲が浮かぶ
パチパチ、白い雲。そして『混ぜない』お茶
博物館を見学した後、館内で実際にオストフリースラント式の紅茶を味わってみた。まず、カップの底に大きな氷砂糖『クルントイェ(Kluntje)』を入れる。そこへ熱い紅茶を注ぐと、氷砂糖が温度差でパチパチと小さな音を立てる。この音さえも、お茶を楽しむ時間の一部なのだという。
続いて、専用のスプーンでクリームをそっと加える。すると、白いクリームが紅茶の表面にゆっくり広がり、雲のように浮かぶ。これを『ザーネ・ヴルクイェ(Sahne-Wulkje)』、つまり『クリームの雲』と呼ぶ。オストフリースラントで紅茶をいただく際に大切な作法は、『紅茶とクリーム、そして氷砂糖を混ぜない』を守ること。

お茶を飲むというよりおもてなしの時間を楽しむお茶文化
混ぜずに飲むことで、『最初にクリームのまろやかな味、続いて紅茶の濃厚な味、最後に氷砂糖の甘味』という一杯の紅茶の中に『三つの味』を順番に楽しむためとか。
また「オストフリースラントの慣習は3杯(Drei ist Ostfriesenrecht)」という言葉があるように、3杯いただくのが礼儀とされてきた。飲み終えたら、カップの中にスプーンを入れる、またはカップの上に置く。これは「もう十分です」という合図。そうしなければ、ホストはさらに飲みたいと理解し、また注いでくれる。

スプーンをカップの上に置くともう結構ですのサイン
さらに面白いのが、氷砂糖にまつわる昔の習慣だ。かつて氷砂糖は高価だったため、客に対する気持ちを砂糖の大きさで示すこともあったという。大きなものなら大切な客、小さなものなら、あまり長居をしてほしくない客。一杯の紅茶のなかに、そんな人間味のあるユーモアまで込められていることを知り、思わず笑ってしまった。
「伝統」は、暮らしの中で続いていく
前回紹介したアインベックでは、遠くからもたらされた藍染めの技術が土地の文化として根づいていた。リンゲンでは、600年前の『小さな戦士たち』の物語が、祭りという形で今も街の人々によって演じられている。そしてオストフリースラントの紅茶文化もまた、遠い場所からやってきたものが、その土地の暮らしの中で独自の意味を持つようになった。

街のあちこちに見られる素敵なティショップ
人が集まり、語り、飲み、祝う。ときには歴史上の人物を演じる。その繰り返しのなかで、伝統は少しずつ形を変えながら、次の世代へと渡されていく。旅を終えるころには、「伝統」という言葉の意味が、少し違って見えてくるかもしれない。

優雅なテーブルセッティングに誘われ、思わず店内を見学
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取材協力:
ニーダーザクセン州観光局
リンゲン観光局
レーア観光局
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All Photos by Noriko Spitznagel
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シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住 国際ジャーナリスト連盟会員
社会問題や医療、ビジネス、書籍業界などを中心テーマに紙・ウェブ媒体で取材・執筆中。女性雑誌連載のドイツ人キャリアウーマンインタビュー記事では各業界で活躍する素敵な女性に出会うのを楽しみにしている。食・ワイン、その土地ならではの魅力も探訪中 。趣味は、パンとケーキ作り、食べること・料理・水泳・コンサート・美術館巡り。






