アーティストの手によって作品が生み出され、私たちの目に触れる。インターネットやSNSの普及によって情報を簡単に、ダイレクトに得ることができるようになった今も、世界にはまだ私たちの知らないアーティストたちが星の数ほどいる。そして、影で彼らの活動を支える人たちの存在がある。

学生時代にニューヨークへ渡りアートマネジメントを学び、その後数々のART展示のディレクションや企画に携わり、2年前に帰国し現在日本でアートに関わる仕事をしている高根枝里さん。幼少時代からアートが大好きだったという彼女が、どのような思いを持ちアートと関わっているのか、またアートを取り巻く環境の違いや日本でも関心が高まっているアートマネジメントについてお話を伺った。

アートとの関わりとニューヨークへ行ったきっかけ、学生時代について教えていただけますか?

小さい頃からアートが好きで、小学生くらいの時から自分で描いていました。18歳の時にただ行きたいって気持ちでニューヨークへ行き、語学学校から短大に入りその流れで大学院まで行きました。学生生活が長かったです(笑)。18歳の頃は将来何をやりたいかまだ定まってなくて。短大での最初の2年間ではリベラルアートという基礎(必修)単位があり、国語、数学なども含め基礎を学びました。その頃は自分でもアートを描いていたんですけど……。ニューヨークで生活していると、右を向いても左を向いても皆アーティストって感じで、やっぱりプロとして活動するのにはよっぽどの信念やそれしかない!というくらいの人でないと、難しいかなぁと思いました。アーティストに自分がなるというのはちょっと違うなぁと思ったんですよね。それから専門は心理学、その後、ニューヨーク大学にてアートビジネスを学びました。

アートビジネスの分野では、具体的にどのようなことを学ぶのでしょうか?

そこはユニークな大学で、ファインアート専門のアートビジネスを学ぶんです。パフォーマンスや踊りなどではなく、絵画を専門にアートビジネスを教える学科です。さらにその中で非営利団体と営利団体に分かれていて、私は営利の方だったのですが、営利の方ではオークションハウスやギャラリーなどの運営を学び、一方非営利の方は、美術館や教育について学びです。もちろん二つは交差するのですが、仕組みが全く違うんです。

基本的にはお金の集め方が違います。美術館などはドネーション(寄付)や、ファンドレイジング、ガラパーティと言われるものがあり、個人企業や普通の企業の人達に寄付を募ったパーティをすることや、政府からお金を貰う、など色々あるのですが、ギャラリーや画廊はセールスを立てて営業をする、などと方法が結構違うんです。

例えばコロンビア大学にもそのような学科があるのですが、彼らはパフォーマンスアートも学ぶんですよ。ファインアートもやるしパフォーマンスアートもやる。同じ学科ですが、大学によって色がちょっと違います。今考えるとすごく勉強にはなったと思うのですが、仕事をして何年か経ってみて、今帰ってももっと学べるだろうなぁと思います。

アートに関わる道を選ばれた、きっかけは何かあったのでしょうか?

ニューヨークのダウンタウンに「ダイチプロジェクト」というジェフリー・ダイチという人が開けたギャラリーがあって、そこのギャラリーの展示に行った時とても感動したんです。実はその彼が私をアート業界に引き込んだと言っても過言ではないくらいの大きなインパクトだったんですよ。2004年か、2005年でした。そこはすごく面白いギャラリーで、展示のたびに内装を全部変えたり、建物の中に家を作ったり。ここはどこだ?というような。建築家や選ぶアーティストもすごくよかったですね。現代アートです。衝撃的でしたね、その場所は。

彼の家に行ったことがあるのですが、ニューヨークの良いところは、道端で会って、「すごく好きなんです!」と言うと、「あ、じゃあおいでよ!」みたいな。「これが好き!」っていうものがひとつあると、壁がないかもしれない。ジェフリーに私が伝えた時は、一番初めに観た展示、“TWIST”と呼ばれるバリー・マッギーの展示を見てすごく感動したことを伝えたら、「明日彼の展示のオープニングがブルックリンの○○であるから来れば良いじゃん」って言ってくれて。それは結構シークレットなパーティだったのですが、実際アーティスト本人に挨拶できたり。嬉しかったです。すごく好きっていう気持ちが伝わりやすいですね。それは東京も、なんだかそういう部分はあるかもしれないです。

Photo by Misa Nakagaki

その時代にしかないものを実際に肌で体感しながら2000年代を過ごされたんですね。

街の変化もすごく見ましたね。私が行ったばかりの頃はちょうどイラク戦争が始まったばかりの時だったので、結構街も殺伐としていたというか。電車に不審なものがあったりしたらみんな追い出されていたし、大停電があったりストライキも始まって電車やバスなど公共機関が全部止まったり。2000年代は色々ありました。大統領がオバマになったからっていうのもあったのかもしれないですね。その頃から街自体はどんどん安全になりました。本当に変化のある街です。

そして2年前に日本に帰国されて、東京で活動することになったのですね。

セゾン現代美術館が新しく始めたギャラリーのディレクションが、日本に帰国して初めての仕事でした。仕事のオファーは、当時働いていたニューヨークのギャラリーに担当者が訪れた際に知人を介して出会いました。セゾン美術館の中には素晴らしい所蔵コレクションが沢山あります。マーク・ロスコのメインピースやジャクソン・ポロックの作品があったりと、本当にすごい作品ばかりです。美術館はもともと東京にありましたが、今は軽井沢にあります。

アートにまつわる環境について、日本に帰国してみてどんなところに違いを感じますか?

アーティストについては沢山いるなぁと思うのですが、例えばニューヨークだと、ひとつのビルにアーティストが何百人も居るような場所がいくつかあって、スタジオ訪問がしやすいですね。アーティストたちの活動範囲が近いので、例えばマンハッタンに住んでいてブルックリンのとある場所に行けば会えるとか。また、オープン・スタジオというものがあって、年に1回スタジオを公開したりするのですが、日本でそういうのは私は聞いたことはなくて。東京はすごく大きな街なので、地理的に一人のアーティストのスタジオに行くのに1日がかりになったり。その辺が、横のつながりを作るのが難しいのではと個人的には思っています。みなさん個々に活動している印象です。美大の数が多くアーティストは沢山いらっしゃると思うので、そのような環境で活動したい人も多いのではないかなぁと思いました。

アートギャラリーについては、ギャラリーとしてみた時に私はすごく量が多いと思うのですが、それもまた地理的に散らばっているというのと、例えば現代アートに特化しているギャラリーだとこことここっていうのが、やっぱり少ないのかなぁ……。ニューヨークだと、それこそチェルシーに行くと何百件というギャラリーを一気に見ることができますが、こちらだとやっぱりそれが難しい。
あとは日本のアーティストは海外のアートギャラリーに出たい傾向が強いようにも思います。

一般的な人々の、アートに対する考え方などについて違いを感じる部分はありますか?

それはありますね。教育に組み込まれていないこともあると思います。そもそも、小さい頃から美術館鑑賞をすることなど。例えばニューヨークでは、小さい頃から学校の一環として美術館に行きスケッチをすることやワークショップがあるなど、そういった環境が違うと感じます。私は日本で育ったので美術の授業での写生会などは覚えていますが、美術館の絵についてどう思うかなどを話した記憶があまりないんです。向こうでアートヒストリーを学んでいると、「この絵のなかの人たちは、何を考えていて、何でこういう体型になって、なんでこういうご飯を食べているんだろう……」というようなストーリーを考えることがすごくあるんですよ。そういった、想像力を促すような授業の仕方というのが日本はもしかしたら少ないのかなぁと思いますね。

確かに、そういったベースの違いによって関心や捉え方にも影響がありそうですね。
ニューヨークで活動する若い世代のアーティストやコミュニティについて教えていただけますか?

大学に行きMFAをとって活動している人もいれば、レジデンシーでスタジオをシェアして作品を創りながら、有名なアーティストのアシスタントをしている人もいますし色々ですね。
コミュニティは地域によってあります。私がニューヨークにいた頃は、当時アーティストマネジメントをしていた(現在セゾン美術館で展示を行っている)フランシス真悟氏のスタジオの近所には、400〜500人くらいアーティストがいました。どこもかしこもアーティスト。ミュージシャンや若い子も。ブッシュウィックって場所だったのですが、そういうコミュニティがあって、また日本人は日本人でコミュニティがある感じでしたね。日本人のコミュニティは小さかったです。現代アートに絞るとまたちょっと小さくなるので、同じ年代だったら結構お互いに知ってることが増えるかもしれないです。私は最後の5年間くらいで日本人と知り合う機会が多かったです。それまでは学生時代だったので本当に日本人が周りにいない状況でした。

それは鍛えられますね。

そうですね。いろんな意味で。またいろんな意味でアーティストマネジメントは全然注目されていないんだなぁと思ったりもしましたね。やりたいって思うのと、実際やれるのかっていうのとあると思うのですが、ポジションが難しい、なかなか無いんですよね、アーティストマネジメントというポジションが。美術館で働きたいとなるとお給料がすごく安かったり、個人のアーティストもマネージャーを雇えるほど売れているっていう人も多分あまりいないし、なかなか難しいと思います。自分で道を作っていくっていう感じがすごくします。ギャラリーであれば、向こうで言うアンドレア・ローゼンやメアリー・ブーンのような『夢』みたいな人たちもいますが……。そういった追いかけて行ける人たち、前例がいるけれどそれがない。

Photo by Misa Nakagaki

現在取り組んでいらっしゃるアーティストマネジメントの活動と、今後のプロジェクトについて教えてください。

Christian Awe(クリスチャン・アヴァ)、Shingo Francis(フランシス真悟)、Sam Francis(サム・フランシス)の展示がセゾン現代美術館で開催中です。今後やってみたいことのひとつは、プロジェクトスペースのような、日本では存在していなかったようなハブになる場所を作りたいです。海外から日本に来たゲストによく聞かれることが「アートをみるにはどこに行けばいいの?」という質問。そういったときに案内できるような場所を作れたらと思っています。あとはアーティストマネジメントができる人を増やしたい。アーティストは星の数ほどいますが、やっぱり制作だけではなく、何かをして共有することはアーティストにとってすごく必要なことだと思っています。そういったときに外とのコミュニケーションをうまく取れる人が間に入るだけでも、広がり方は全然変わってくると思いますね。

最後に、アーティストやアートに関わる仕事を目指す若者に何かメッセージをいただけますか?

自分の好きなアーティスト、好きなギャラリーがあることが大事だと思います。それがすべての原動力になると思います。


All photos by Misa Nakagaki

「レイヤーズ・オブ・ネイチャー その線を超えて」

会場:セゾン現代美術館
〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町長倉芹ケ沢2140

会期:2018年4月21日(土)〜9月2日(日)
開館時間:10:00−18:00(入館は閉館30分前)
休館日:木曜(8月は無休)
入館料:一般1500円(1400円)、大高生1000円(900円)、中小生500円(400円)
※()は20名以上の料金

EVENT
ワークショップ「光・色彩・アクション」クリスチャン・アヴァとフランシス真悟との絵画体験

日時:8月11日(土)10:30〜12:00
対象:小学1年生〜小学3年生と保護者
定員:10組
参加費:無料(要当日観覧券)
申込方法:電話もしくはFAXにて、1.名前、2.人数、3.連絡先(電話番号/Eメールアドレス/FAX番号)を明示
申込先:03-5579-9725(電話)03-5579-9726(FAX)

アーティスト・トーク/フランシス真悟、クリスチャン・アヴァ

司会:ロジャー・マクドナルド(NPO 法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]副ディレクター/キュレーター)
日時:8月11日(土)14:00〜
会場:展示室内
定員:30名
参加費:無料(要当日観覧券)、申し込み不要


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