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	<description>世界と繋がるミレニアル世代に向けて、国際的な視点・価値観・知性を届けるメディアです。</description>
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		<title>スーチーさん父が日本に亡命の歴史も　日本がミャンマーで支持される理由とは</title>
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		<pubDate>Mon, 07 Oct 2013 22:30:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>NewSphere</dc:creator>
		<category><![CDATA[World]]></category>

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		<description><![CDATA[　民主化と経済開放の進むミャンマーで、日本が大きな存在感を発揮している。 　ミャンマーにとって、日本は単なる投資国ではなく特別な存在であり、隣国タイのバンコク・ポスト紙は、「新しく古い友人」と称している。 【日本とミャン [&#8230;]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="wprt-container"><p>　民主化と経済開放の進むミャンマーで、日本が大きな存在感を発揮している。</p>
<p>　ミャンマーにとって、日本は単なる投資国ではなく特別な存在であり、隣国タイのバンコク・ポスト紙は、「新しく古い友人」と称している。</p>
<p>【日本とミャンマーの貿易】<br />
　まず、JETROによると、ミャンマーの輸出総額（2012年度）は、タイ（40.0億ドル）、中国（22.4億ドル）、インド（10.2億ドル）に続き、日本（4.1億ドル）は4位となっている。輸入総額は、中国（27.2億ドル）、シンガポール（25.4億ドル）に続き、日本（10.9億ドル）は3位だ。</p>
<p>　2011年度と比較すると、輸出総額では、タイが4.6%増、中国が1.1%増、インドが2.6%減であるのに対し、日本は、26.9%増加。輸入総額では、中国が2.4％減、シンガポールが0.8%増に対し、日本は、117.4%増と、前年度比2倍以上伸びている。</p>
<p>　JETROによると、日本からの輸入額の目覚しい増加の背景には、2011年9月から開始された中古自動車の規制緩和が背景にあるという。実際、ミャンマーの自動車市場の9割は日本の中古車であるとも報じられている。</p>
<p>【日本政府・企業のプレゼンス】<br />
　2013年5月、安倍首相が、総理大臣としては36年ぶりにミャンマーへ公式訪問し、合計910億円の円借款・無償資金協力を、2013年末までに進める旨を公式発表した。ミャンマー最大都市ヤンゴンの都市開発計画（マスタープラン）は、日本の国際協力機構（JICA）主導によって作成されている。</p>
<p>　経済特区として開発が進められるティラワ経済特区には、三菱商事、丸紅、住友商事からなる日本企業連合が投資を推進。ミャンマーの不動産・建設業参入に向け、2013年9月には日本のビジネス代表団がミャンマーへ赴き、現地当局と情報交換を行っている。</p>
<p>　IT分野では、NTTデータがオフショア開発拠点として現地法人を設立。化粧品では、ロート製薬が工場を設立予定であり、日用品ではユニチャームの投資案件もある。金融においては、ミャンマー中央銀行と大和総研・東京証券取引所が、ミャンマーでの証券取引所の設計などに協力している。</p>
<p>　2013年になってからも日本企業のプレゼンスは日に日に増している。2013年4月から8月に同国が承認した海外直接投資において、最大投資額は日産自動車グループの5億ドル投資だった。</p>
<p>【日本とミャンマーの歴史】<br />
　日本とミャンマーの関係が接近し、「新しく古い友人」と呼ばれる背景は、先の大戦にまでさかのぼる。</p>
<p>　ミャンマー（当時ビルマ）は、1886年にイギリスの植民地となり、過酷な状況に置かれていた。こうした中で日本は、「建国の父」アウンサン将軍を静岡の浜松に亡命させ、独立運動を起こした「30人の志士」と呼ばれる仲間たちの訓練を行ったという。</p>
<p>　アウンサン将軍は、ビルマが独立する前年（1947年）に暗殺されたが、娘のアウンサンスーチー氏が、後にミャンマーにて民主化運動を立ち上げた。同氏は2013年4月に日本へ初訪問し、戦中、日本で過ごした父親の由縁を辿っている。</p>
<p>　戦後も日本とミャンマーとの関係は維持され、長きに渡って孤立状況であったミャンマーに対し、最大ドナー国は日本であった。しかし1990～2000年代、先の軍事政権が中国に接近したことや、米国からの孤立政策協力の要請などもあり、日本の影響力は陰りをみせ、日本とミャンマーとの関係は、いったんは疎遠になっていた。</p>
<p>　バンコク・ポスト紙によると、ミャンマー経済に詳しい豪州の専門家は、「日本はミャンマーとの特別な関係を認識している。それは現代の戦略的位置づけ、援助政策と同時に、歴史的情緒が入り混じっている」と述べたという。この「情緒」とは、第二次大戦期、ミャンマー独立の一助となったという認識に由来する、と言及した。</p>
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