ワインとは、時に意外な場所で、意外な出会いをすることがある。ビアンカ&ダニエルのワインに初めて出会ったのは、ドイツから1万キロ離れたブラジルの大都市サンパウロだった。コロナ・パンデミックが収束に向かっていた2021年10月、久しぶりに懐かしい街に滞在し、現地に住む友人と出向いたミシュラン2つ星レストラン、アレックス・アタラのD.O.M.で出会ったのだった。
ソムリエのルシアーノと話すうちに、ドイツワインの話題になった。すると彼は、私たちを上階のワインセラーに案内してくれ、リースリングのボトルを取り出して試飲させてくれた。それが、ビアンカ&ダニエルの2019年ヴィンテージのリースリングだった。それは、私が知っているリースリングとは異なる手法で造られたワインで、ブラジルの食材を使った野趣豊かな料理とよく合った。

しかしドイツに戻っても、2人のワインを試飲するチャンスはなかなか巡ってこなかった。それもそのはず、生産ワインの90%を、40カ国に輸出しているという。そこで、ウェブサイトを見つけて直接ワインを注文することにした。醸造所の所在地を知った時は驚いた。
ラインヘッセン地方のフレアスハイム=ダールスハイム。20年以上前にケラー醸造所の実習生として働いた、人口3200人ほどのワイン村だ。今や、ケラー醸造所はドイツワインの頂点に君臨し、小さな村はドイツワインのホットスポットとして世界的に知られるようになっている。

運命的な出会いに導かれて
ダニエルはこの村のシュミット醸造所の4代目、ビアンカはハンガリー、ブダペストの出身だ。ワイン好きの祖父の影響で、ブダペストのワイン醸造専門学校に入学したビアンカは、卒業前にドイツで研修をすることにした。彼女は、オーガニックワインの生産者に絞って、オンライン上で研修先を探し、問い合わせのメールを送った。そのメールに、受け入れ可能と返事をくれたのが、ダニエルのお父さんだった。2012年、ビアンカが醸造所にやってきた数日後に、2人は恋に落ち、もう離れられなくなってしまった。
この年、2人はアルザス地方ノータルテンのドメーヌ・ジュリアン・メイエーを訪れた。当主であるパトリックは、ビオディナミ農法とナチュラルなワイン造りの先駆者である。彼のワインに向き合う姿勢と彼が造るワインに大きな感銘を受けた2人は、これこそが自分たちの進むべき道だと確信するに至った。ビアンカは研修を終えると、ブダペストに戻って専門学校を修了し、再びダニエルの元に向かった。醸造所を継いだ2人は、自分たちの気持ちに忠実に、ナチュラルなワイン造りに取り組みはじめた。
ダニエルの父は、2007年からオーガニック農法に取り組んでおり、ダニエルはビアンカと出会う前から、ビオディナミへの移行を考えていた。彼は、フランス、ロワール地方のビオディナミのパイオニア、ニコラ・ジョリーの著作を読み、オーストリア、シュタイアーマルク州のビオディナミ醸造所での実践経験も積んでいた。2人がビオディナミ農法に移行したのは、自然な成り行きだった。
初期の頃の2人のワインは、徹底したナチュラルワインだった。セラーにおいては低介入どころか非介入に近く、ワインには亜硫酸塩も加えなかった。濾過を行わないため、ワインには濁りがあり、ラントヴァインというカテゴリー(フランスのIGPに相当)としてリリースしていた。2013年からはアンフォラという土器を使ったワインにも挑戦し始めた。アンフォラに魅せられていたのはダニエルだった。

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ナチュラルワインの渦中で
2013年、初ヴィンテージとなる2012年産のワインを、ベルリンのワイン商などに持ち込むと、たちまち10カ国への輸出が決まった。2人は瞬く間に、世界各地のナチュラルワインシーンにおいて広く知られる存在となっていった。当時、ドイツ国内ではまだナチュラルワインの市場が育っておらず、彼らの顧客は常に国外にいた。
「初期の頃のワインは、高く評価されることもあれば、厳しく批判されることもあって、専門家からも両極端の意見を浴びた。評価が一様に高かったのは、いつも外国においてだった」ダニエルが当時を振り返って言う。
世界各地の業者からは、さまざまな要望が寄せられた。「スキンコンタクトを長めにして、タンニンが強めのオレンジワインに仕上げて欲しい」など、醸造段階における細かな指示が入ることもあった。2人は、顧客のあらゆる要望に応えながら、自分たちのスタイルを模索し続けた。

目指すのはテロワールワイン
昨年5月、初めて醸造所を訪れた。ビアンカはプレゼンテーションのために世界中を駆け回っている時期で、ダニエルが畑と醸造所を案内してくれた。集落から少し離れた、広々とした麦畑やブドウ畑に囲まれた醸造所は、まだ建設途中だったが、2人はすでに、そこでワインを造りながら、2人の子どもたちと一緒に暮らしていた。
最初にニーダー・フレアスハイムの南東向き斜面の畑、フラウエンベルクに向かった。ドイツのワイン業界を牽引する生産者団体VDPが、特級畑に格付けしている畑だ。2人はこの畑で、シュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)のほか、フルミントとケークフランコシュ(ブラウフレンキッシュ)を栽培している。すぐ隣は、ケラー醸造所やバッテンフェルト=シュパニア醸造所の畑だ。北側に広がるダールスハイムのゴルトベルクではリースリングやシャルドネを栽培、風の通り道で涼しい、南側のモンスハイムでもリースリングを栽培している。

気候変動が問題化している昨今、醸造家たちは、どの区画にどの品種を植えるべきかを、これまで以上に慎重に考慮している。ドイツの醸造家たちの多くは、リースリングとシュペートブルグンダーだけを栽培していては、いずれ行き詰まるのではないかという懸念を抱いており、フランスをはじめ、南欧のブドウを試験的に栽培し始めている。しかし2人には、ビアンカの故郷であるハンガリーの品種を栽培することが、ごく自然なことに思えた。ハンガリーのワイン産地はドイツのワイン産地よりも、緯度で2〜3度南にある。フルミントとケークフランコシュなら、ラインヘッセンの土壌でもうまく育つに違いない……。そう考えた2人は、ハンガリーから苗を取り寄せ、それぞれの品種にふさわしいと判断した区画に植えた。フルミントは、リースリングやシュペートブルグンダーと同様に、テロワールの個性を忠実に映し出す。2人は、品種の秘める力を最大限に引き出すために密植を行い、ハンガリーの伝統的な株仕立てを採用した。幹から4つの「角」が出るように育て、1つの角から2つの新梢を伸ばす栽培法だ。
2人がビオディナミ農法に移行して、すでに14年が経つ。「ビオディナミを実践すると、すべてがある種のハーモニーを奏でるようになる。土壌にエネルギーが生まれ、ブドウの生育が改善され、極端な乾燥にも耐えるようになるんだ。偉大なワインを造るために、ビオディナミは必須だと思う」とダニエルは語る。ポテンシャルの高い畑を受け継いだ2人は、当初からテロワールの表現に関心を持ち続けてきた。彼らにとって、ビオディナミ農法の実践は、テロワールを表現するための土台づくりでもあった。


広々とした地下セラーには、大小様々な木樽がゆったりと並んでいた。2人は樽にこだわりがあり、フランケン地方シュペッサート産のオーク樽がお気に入りだという。トノーや楕円のシュトゥック樽に加えて、正面が真円を描く大樽がいくつも並ぶ。中には5000リットルの巨大な樽もある。「樽は本来、楕円ではなく真円だったんだ。ワインの熟成は、真円の樽で行う方がより自然で、バランスも良くなると思う」ダニエルはそう確信する。


地上階には、ジョージア産のクヴェヴリを埋めるスペースが確保されていた。秋には土を掘り起こし、クヴェヴリを埋める予定だという。手前のスペースにはおよそ1000リットル容量のクヴェヴリがいくつも並んでいた。2人にとっては、土器という自然素材の中で、土に抱かれながら熟成するワイン、つまり土によって造られるワインこそが、最も自然なワインなのだろう。

テロワールワインをクヴェヴリで
今年の5月、再び彼らの醸造所を訪れた。クヴェヴリはすでに土中に埋められており、ジョージアの「マラニ」のような空間が完成しつつあった。ドイツ国内で、実験的にアンフォラを使用している醸造家は少なからずいるが、このような本格的なマラニを備えた醸造所は、彼らのほかに、フランケン地方のヴァイングート・アム・シュタインしか思いつかない。

今回の訪問では、ビアンカとも会うことができた。ドイツでワイン造りを始めたばかりの頃は、まさか故郷のフルミントやケークフランコシュを栽培することになるとは思いもしなかったと言う。最初の頃は、ダニエルの両親から引き継いだ畑のミュラー・トゥルガウやジルヴァーナー、バッフスといった、ドイツならではのブドウ品種を知ることが、新鮮で楽しかったそうだ。

ダニエルの影響で、ビアンカもクヴェヴリの面白さに開眼した。「クヴェヴリは、ニュートラルでナチュラルな容器。土中に埋められた土器はワインに静けさを約束し、ワインは土中のエネルギーを受けて育つ。だからきっと、それぞれの品種の個性も、テロワールも、ワインとしてのエレガンスも表現できるはず」ビアンカも、本格始動するクヴェヴリワインに意欲を見せる。
ドイツでアンフォラ、あるいはクヴェヴリを使用している醸造家たちの多くは、実験的なワインを仕込んでいるが、2人は特級畑に相当する区画のワインを、迷わずクヴェヴリで醸し始めている。マラニにはジョージアのクヴェヴリを中心に計8基が埋められ、2025年ヴィンテージのリースリング、フルミント、シャルドネ、ケークフランコシュなどで満たされていた。ダニエルがクヴェヴリから取り出して試飲させてくれたリースリングは、みずみずしい白桃の香りが立ち上る、魅惑的な味わいのワインに育っていた。

テイスティングルームに戻り、2種類のリースリングを味わった。木樽で熟成された村名ワイン、ニーダー・フレアスハイマー(2023)と、スペイン産のアンフォラで醸した畑名ワイン「ゴルトベルク」(2024)だ。どちらも、5年前にサンパウロで味わったリースリングと比べ、格段に洗練されている。続いて2種類のフルミント、木樽熟成の村名ワイン(2024)と畑名ワイン「フラウエンベルク」(2024)をテイスティングした。同じ地域で育つリースリングとフルミントを比較試飲すると、リースリングのフローラルな風味とフルミントのスパイシーな風味、リースリングの優雅さとフルミントの重厚さが、それぞれくっきりと浮かび上がる。ふたつの品種は、それぞれに異なる形でテロワールを現前させていた。


見えてきた進むべき道
ビアンカとダニエルは、10年ほど前から、ナチュラルワインシーンから脱して、次なる段階へ進もうとしてきた。「私たちのワインは、クラシックなスタイルのワインを好む人には、ナチュラルすぎると言われ、ナチュラルワインを好む人には、クラシックすぎると言われる。でも、私たちは今、独自のスタイルを見出し、進むべき方向に向かっていると思う」そうビアンカは語る。
試飲した2023年と2024年のワインは、以前と同様に濾過は行っていないが、長期間、樽で静かに寝かされたため、清らかで澄んでいた。ワインはフレッシュな芳香を放ち、味わいには深みがある。2人は、それぞれの樽のワインの状態を確認しながら、必要最低限の亜硫酸塩を加え、安定した品質を確保するようにした。かつてラントヴァインとしてリリースしていたワインのいくつかは、公的検査に合格し、クヴァリテーツヴァイン(フランスのAOPに相当)へとランクアップを果たしている。

この機会に、ワインのエティケットも、かつての素朴なデザインから、空と雲をモチーフとした、より洗練されたものへとリニューアルした。以前のエティケットに描かれていた石畳の道を後にして、空に向かって飛躍したい……。新しいデザインからは、そんな2人の思いが伝わってきた。
2人は数年前に、ニコラ・ジョリーが率いるビオディナミ生産者の団体「ルネサンス・デ・アペラシオン」のメンバーとなり、今年に入ってからは、地元ラインヘッセン地方で誕生した「マキシーメ・ヘアクンフト(Maxime Herkunft)」にも加入した。後者は、VDP同様にテロワールを尊重し、収量を抑えた高品質のワイン造りに取り組む醸造所団体だ。自分たちのワインが正統派のワインの世界でいかなる評価を獲得できるか、ドイツの市場にも居場所を見つけられるかどうか、ビアンカとダニエルは、新たな挑戦に踏み出したところだ。
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岩本 順子
ライター。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学美術史科修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーとブラジルのワイン専門誌編集部で研修し、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。著書に『おいしいワインが出来た!』(講談社)、『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)、ドイツワイン・ケナー資格試験用教本内のテキスト『ドイツワイン・ナビゲーター』などがある。
HP: www.junkoiwamoto.com
