スイスの食文化といえば、チョコレートとチーズが真っ先に思い浮かぶ。ミルクチョコレート発祥の地として知られるスイスには、大小様々なチョコレートメーカーが存在し、地元のデパートやスーパーマーケットの棚に並んでいるもの以外にも驚くほど豊富な種類のチョコレートがある。
リンツは、おそらく日本で最も有名なスイスチョコレートブランドだろう。特に「リンドール」は、球状の形と豊富なフレーバーで知られている。リンドールはシェルの中に柔らかいチョコレート(フィリング)が詰まっており、フレーバーを選び、味わう楽しさは多くのチョコレート愛好家の心をつかんでいる。
リンツの本社と工場はチューリヒにある。その敷地にある、スイスのチョコレートの世界を体験できる「リンツ・ホーム・オブ・チョコレート」博物館は、日本ではあまり知られていない。今回は、この博物館をご紹介しよう。

リンツ・ホーム・オブ・チョコレートの外観。設計は、世界的に注目されている建築設計事務所のクリスト&ガンテンバイン(スイス・バーゼル)が手掛けた
スイスの顔となる、新しいチョコレートの博物館
リンツ・ホーム・オブ・チョコレートは建設に3年の歳月を費やし、2020年秋にオープンした。チョコレートに関する常設展示は他の企業でも行っているが、リンツ・ホーム・オブ・チョコレートの規模は桁違いだ。総床面積がサッカー場5面分と広大で、最新のテクノロジーを駆使した展示はわかりやすく、まさに、チョコレート王国スイスを代表する博物館といえる。無料の日本語音声ガイドが利用できるのも嬉しいポイントだ。
この博物館は、リンツ・チョコレート・コンピテンス基金(2013年に設立された非営利の財団)のプロジェクトだ。来館者にスイスのチョコレートの歴史や技術を紹介し、スイスのチョコレート産業が益々発展することを目指している。
館内にはリンツカフェと世界最大のリンツショップがあり、1時間半から2時間かけてじっくりと展示を見た後、ゆっくりくつろぐことができる。ほぼ年中無休で、年間を通して人気が高いため、事前にオンラインでチケットを購入しておくことをおすすめする。

外観も印象的で、一歩足を踏み入れると、エントランスホールに浮かび上がる「チョコレート噴水」にたちまち目を奪われる。高さ9.3mの噴水内部には94mのパイプが通っており、1500kg(1.5トン)のチョコレートが循環し、泡立て器からリンドールに流れ落ちる。チョコレートの品質を維持するため、年に1度交換され、使用済みのチョコレートは再生可能なエネルギーの原料として利用される。
まるで、農園を訪れたよう

展示は6つの部屋で構成されている。展示ルートの最後には、エントランスホールを見下ろす通路沿いにあるパイロットプラント(新しいレシピの開発や技術研究を行う場所)をガラス越しに眺めることができる。
最初の部屋では、西アフリカ・ガーナのカカオ農園を再現している。カカオの木は10m以上に生長するが、農園では管理しやすさを考慮して低めに維持されている。展示されている木々の模型も低く作られていて、まるで農園にいるかのような感覚を味わえる。


病気に強く生長が早い「フォラステロ種」は、世界のカカオ豆生産量の95%を占めている。マヤの時代から収穫されていた複雑な風味を持つ希少種「クリオロ種」や、野生種も紹介されていた。リンツでは、カカオ豆は主にガーナと隣国コートジボワールから輸入しているそうだ。
スイスの企業コア(KOA)がカカオポッド(カカオの実)のジュースを製造していることも興味深かった。カカオ豆(種子)を包む白い果肉は、実全体の25%を占めている。この果肉は通常は廃棄されるが、コアは数年前からガーナに工場を構え、果肉をジュースに加工している。これにより、カカオ農家は新たな知識や技術を習得し、追加収入を得られるようになった。
海を渡ったチョコレート 5千年の歴史

©Lindt Chocolate Competence Foundation

次の部屋では、紀元前数千年前から中南米の先住民が味わっていたカカオ飲料の「5千年の歴史」がコンパクトに説明されている。開拓者によってスペインにもたらされたカカオ飲料はヨーロッパの貴族の間で人気を博し、その後、オランダでカカオパウダーを大量生産する技術が開発されると、一般の人々にも広く普及した。

古いレシピは今もなお受け継がれている。マヤ文明ではハチミツで甘味を加えるだけでなく、チリを加えたスパイシーなカカオ飲料も飲まれていたそうで、現在店頭で見かけるチリ風味のチョコレートは、マヤのレシピにヒントを得ているという。
スイスで発展したチョコレートの技術

©Lindt Chocolate Competence Foundation
スイスの山々の風景と、赤地に白十字のスイス国旗のデザインを取り入れた明るい部屋では、スイスのチョコレートブランドの歴史にふれることができる。1819年、フランソワ=ルイ・カイエと妻は、スイス初のチョコレート工場を建設した。カイエはスチームエンジンを用いることで、チョコレート生産の本格的な工業化を実現した。この工場は現在も稼働しており、カイエはスイス最古のチョコレートブランドとして愛されている。
この時期、他のスイスのチョコレート製造者たちも工業化を目指し、試行錯誤を繰り返した。それまで飲み物として親しまれていたチョコレートは徐々に固形へと進化したが、その食感はザラザラして酸味が強かった。そこに登場したのが、ダニエル・ピーターが研究し、考案した世界初のミルクチョコレートだった。練乳や牛乳を使った彼のレシピは、瞬く間に業界に広がったという。
ロドルフ・リンツが発明したコンチングマシン

ロドルフ・リンツが発明したコンチングマシン
同じ頃、小さな菓子店を始めたばかりのロドルフ・リンツは、チョコレートを78℃で72時間練り上げるコンチングマシンを発明した。このマシンによって、光沢があり、口の中でとろける芳醇な「ショコラ・フォンダン」が製造可能になった。その後、リンツは、大規模なチョコレート工場を完成させて間もなかったヨハン・ルドルフ・シュプルングリー=シファーリーと相談し、コンチングの製法を彼に売却して提携することを決意した。こうして現在のリンツ――正式名称はリンツ&シュプルングリー(Lindt & Sprüngli)社――が誕生した。
1900年初め、小国スイスのチョコレート産業が国際的な成功を収めたのは、ミルクチョコレートとコンチング製法という革新のおかげだった。
製造工程の部屋では、試食もできる
次の部屋では、リンツチョコレートの製造行程を詳しく学ぶことができる。製造機の仕組み、ミルクチョコレートやダークチョコレートの原料配合比などがわかる。
ここには2つ試食コーナーがある。リンドールの艶々のフィリングが流れるタワーからはとろりとした生チョコレートが蛇口から出てきて、スプーンですくって味わえる。ミルク、ダーク、ホワイトの3つの風味があるので、食べ比べてみよう。もう1か所は、8本の筒が並んだ円形のテーブル。筒の下に手をかざすと、筒からダークチョコレートが落ちてくる仕組みになっている。

世界のチョコレート事情をつかむ
スイスのチョコレート事情について学んだ後は、世界の状況に目を向けてみよう。「チョコレート・コスモス」と題された部屋には、地図や地球儀が並んでいる。

各コーナーには、カカオの産地、カカオの持続可能性に関する課題への取り組み、各国のチョコレート消費量、そして世界のチョコレート生産・消費におけるスイスの役割など、様々な疑問への答えが示されている。
地図や地球儀にふれると情報が映し出される。あるパネルによれば、スイスにおける1人当たりの年間平均チョコレート消費量は8kgでミルクチョコレートが1番人気(61%)、次いでダークチョコレート(31%)、3位がホワイトチョコレート(5%)だという。
嬉しいサプライズの無料チョコレート
最後の部屋では、さらに多くの試食が用意されている。リンドールの各種フレーバーが並べられ、それぞれ1個ずつ取ることができる。その場で食べてもよし、もちろんお土産として持ち帰ってもOKだ。

ここから出て、ガラス越しにパイロットプラントを眺めていると、最後にまたサプライズが待っていた。遊び心のある機械から、お土産の小さな板チョコが飛び出してきた。
リンツ・ホーム・オブ・チョコレートは、チョコレート好きにはたまらない夢のような観光スポットだ。チョコレートは時々食べる程度という人も、きっと楽しめるだろう。スイス旅行の行程にぜひ加えてみてほしい。
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取材協力:スイス政府観光局
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Photos : Courtesy of Lindt Chocolate Competence Foundation and Satomi Iwasawa
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/



