「ドイツワイン」と言うと、甘口で時代遅れというイメージが強いかもしれない。しかし今、世界のソムリエやシェフ、消費者が注目するドイツワインは、辛口リースリングやシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)が映し出す産地の個性と、その背景にある造り手たちの物語である。
この変化を支えてきたのが、2006年にドイツワイン協会が立ち上げた若手醸造家のプロジェクト「Generation Riesling(ジェネレーション・リースリング、以下GenR)」だ。GenR創設から20周年を記念するイベント会場で、変わりつつあるドイツワイン業界の空気を感じながら、若い生産者たちに話を聞いた。

GenR創設20周年記念イベント会場・マインツのカルチャーセンター(KUZ)
ジェネレーション・リースリングとは
GenRは2006年、35歳以下の若手醸造家たちの交流を目指し発足した。背景には、2つの目標があった。一つ目は「甘口で古い」というドイツワインのイメージを刷新する。二つ目は「次世代の若手醸造家たちが自らの事業を飛躍させる足掛かりとしてほしい」ということだった。そして世界へ新しいドイツワインの魅力を発信したいという思いが込められていた。
当初、「リースリング」の名が付けられたのは、この品種がドイツを代表する国際品種だったから。しかし現在では、シュペートブルグンダーやシルヴァーナーをはじめ、多様な品種を手がける生産者も参加するようになった。活動は、若手生産者による試飲会や海外プロモーションなど多岐に渡る。2009年からは毎年、相互にドイツワインの品質を高めていくことを目指す勉強会・交流イベントも開催。会員同士がワイン生産地域を巡り、「醸造技術 、マーケティング、 サステナビリティ 、海外市場 、SNS」などを共有することで学び合う場となっている。
2006年、ロンドンで初開催されたGenR イベントには25人の若手ワイン生産者が参加した。そこでワイン業界の専門家たちは、過去に抱いていたイメージとは大きく異なるドイツワインの新たな魅力を発見した。ちなみに自主的に参加できるGenRの会員数は現在、ドイツ13のワイン生産地域から300の醸造所、500名を超えるまでに増えた。

ドイツワイン協会(DWI)CEO のメラニー・ブロイエ=エンゲルケスさんとGenR共同創設者DWI国内外のマーケッティング部長シュテフェン・シンドラー氏

トークショーにて
閉鎖的だった醸造所をオープン化!若手生産者たちのもたらす新風
GenR創設当初は、「英国市場向けPR部隊」的側面があったものの、現在「個人ブランドの集合体」に近い。さらに国内市場重視、ガストロノミー連携、都市カルチャー、・音楽フェス・ファッションショーとの融合が進み、輸出用の優等生ワインだけでなく、ライフスタイル文化へと変わってきているのが今のドイツワイン像だと言っていいだろう。
30代のワイン生産者は、キャリアの最初から気候変動を経験している。これは、年配世代とは大きく異なる点だ。さらに彼らは、SNS、デザイン、コミュニティ、国際感覚を武器にして新しいドイツワイン像を発信し、ワイン業界に新風を吹き込んだ。こうして古いワイン産業のイメージを大きく変えた。20年を経たGenRは、若手生産者のネットワークという枠を超え、ドイツワインの新しい価値観を育む存在へと成長した。
「ワイン」ではなく、「文化」を発信する世代
イベント会場では、ワインの紹介だけではなく、自分たちが暮らす土地や文化を語る若い造り手たちの姿があった。かつて品質を語る中心は、糖度や収穫量、畑の格付けだった。もちろん、それらは今も重要だ。しかし、イベント会場で出会った醸造家たちが口にしたのは、「気候変動」「地域との共生」「家族」「食文化」「デザイン」といった言葉だった。
この価値観の変化は、ドイツ最高峰の生産者団体VDPが進めてきた品質重視の改革とも重なり合う。VDPが「畑がワインの品質を決める」という思想を築いたとすれば、GenRはその品質をいかに現代の文化として伝えるかという新たな役割を構築した。
ワインとは単なる農産物ではなく、その土地の風景や文化、人々の営みを映すものなのだ。そんなことを、私は会場を歩きながら何度も実感した。
急斜面を守るという仕事 クリスチャン・フランツェン
とりわけ印象に残ったのが、モーゼル地方のミヒャエル・フランツェン醸造所の4代目クリスチャン・フランツェンだ。彼が両親から受け継いだ畑は、「ブレマー・カルモント」と呼ばれるヨーロッパ屈指の急斜面にある。最大傾斜は68度。機械は入れず、剪定から収穫まで、ほぼすべての作業を人の手で行う。

クリスチャン・フランツェン氏とパートナーのユリアンネ・シェーファーさん
ユリアンネさんは、74代(2022/23)ドイツワインプリンセスとしても活躍
「ここでの仕事は、カミソリの刃の上を歩くようなものと言われるほど過酷です。でも、この絶景を眺めながら自分の情熱を追い求めることほど、素晴らしいことはありません」そう語ったあと、彼は少し笑って続けた。「私はワインを造っているというより、この景観を未来へ残す文化の担い手として仕事をしている感覚です」
その一言に、この土地のリースリングが世界中で愛されている理由が凝縮されていた。グラスに注がれた辛口リースリングは、研ぎ澄まされた酸とスレート土壌由来のミネラル感溢れる味が美しく調和し、急斜面の緊張感までも映し出しているように感じた。ワインとは、畑の風景を液体にしたものなのだと、あらためて教えられた瞬間だった。

急斜面「ブレマー・カルモント」のラベルが印象的なフランツエンワイン
「若い、モダン、カラフル」 マレンカ・ステナー
GenRの20年を語る上で、欠かせない変化のひとつは、女性ワイン生産者の認知度が向上した点だ。それは、増加する女性醸造家の存在感だけでなく、ワインを「暮らしの文化」として発信する新しいリーダーが育ったことに繋がる。
その代表として心に残ったのがラインヘッセン地方のステナー醸造所。マレンカ・ステナーと弟ニクラスが四代目としてワイナリーを受け継ぎ、新しい世代のワイン造りを実践している。

笑顔で迎えてくれたマレンカ・ステナーさん
「私たちのワインを三つの言葉で表すなら、『若い』『モダン』『カラフル』ですね。ワイン造りへの情熱、自然との深い絆、そして人生を楽しむ心など、すべてが私たちの活動の原動力となっています」(マレンカ)
その答えは、マレンカ自身の雰囲気と重なっていた。冷涼感とエレガンスを大切にしたステナーワインは、ミニマルなラベルデザイン。彼女のSNSを通じた自然体の発信は、新世代の女性生産者のなかでも若手ピノ・ノワール世代を象徴する存在だ。
一方で、彼女は経営者としての現実も率直に語った。「畑や醸造だけではありません。人をまとめ、組織を動かし、すべてがうまく回って初めて、一杯のワインがグラスに注がれるのです。」
華やかなイメージの裏側には、地域や家族、働く人たちへの責任がある。そのことを、彼女は飾ることなく言葉にしていた。
食卓から始まるワイン文化 ゲオルク・ルッツ
プファルツ地方のハインリッヒ・シュピンドラー醸造所では、ワインは特別な日のためではなく、日々の食卓に寄り添う存在として親しまれている。以前このワイナリーを訪れた際、併設レストランには地元の人々が集い、旅行者も気軽にグラスを傾けていた。そこにあったのは、ワインを「味わう」だけでなく、「暮らしの中で楽しむ」という、ごく自然な文化だった。
イベント会場で再会した醸造マイスターのゲオルク・ルッツは、自らのワインを「自然」「職人技」「テロワール」という三つの言葉で表現した。畑では有機農法を実践し、多様な植物を育てながら生態系を守る。醸造では自然酵母を用い、ポンプの使用も最小限に抑え、その年ならではの個性を丁寧に引き出していく。
「完璧に整えることよりも、その年らしさを残したい」その一言には、均一な品質を追い求めるのではなく、その土地と季節が育んだ個性を受け入れるという哲学が凝縮されていた。料理とともに楽しみ、土地の個性をそのまま味わう。その考え方は、いま世界が注目するドイツワインの魅力そのもののように感じられた。

醸造マイスターのゲオルク・ルッツ氏
家族がつないできた時間を未来へ ハンス=クリストフ・シュトレイス
同じくプファルツ地方のシュトレイス醸造所では、12代目ハンス=クリストフ・シュトレイスが25ヘクタールのブドウ畑を両親から受け継いだ。経営学とブドウ栽培学を学び、有機栽培や自然酵母による醸造にも取り組む彼だが、何より大切にしているのは、代々受け継がれてきた家族の時間だという。

親近感溢れるハンス=クリストフ・シュトレイス氏
「私たちはワインを造るというより、その成長を見守っています。今年6月から、ドイツ鉄道(DB)のICEとICの車内レストランで、私たちのリースリングが販売されています。応募数220のワイナリーの中から選ばれて本当に光栄です」そう話すハンス=クリストフの笑顔には、大きな達成感と畑を受け継いだ人ならではの穏やかな誇りがにじんでいた。
収穫はすべて手摘み。発酵も熟成も急がず、その土地が持つ個性を静かに引き出していく。効率よりも時間を選ぶ姿勢からは、長い歴史を背負いながらも未来へ歩み続けるGenR世代の成熟を感じさせた。

ドイツ国鉄ICとICE車内レストランで販売中ワイン。右から2番目がシュトレイスワイナリーのリースリング Copyright: Deutsche Bahn AG / Dominic Dupont
ワインを変えたのではない。文化を育てた20年
GenRの20周年イベントは、単なる記念式典ではなかった。若い造り手たちが、この20年で育んできた価値観を次の世代へ手渡す場でもあった。気候変動はブドウ畑の風景を変え、ドイツ国内ではワインやビールの消費量が減少する一方、ノンアルコール飲料市場は拡大を続けている。生産者を取り巻く環境は決して平坦ではない。それでも今回出会った若手醸造家たちは、誰一人として悲観的ではなかった。

ミッテルライン地方のランブリヒ醸造所・ユリアさんとマキシミリアン・ランブリヒ氏姉弟
彼らは土地を守り、自然と向き合い、家族の歴史を受け継ぎながら、自らの言葉で世界へ発信する。その姿は、ワインを造る職人であると同時に、その土地の文化を未来へ手渡す案内人のように映った。
イベントを後にしても、私の心に残っていたのは、特定の一本のワインではない。
「景観を未来へ残したい」と語ったクリスチャン・フランツェン。新しいワインの楽しみ方を表現したマレンカ・ステナー。土を育てることからワイン造りを始めるゲオルク・ルッツ。そして、家族が積み重ねてきた時間を未来へつなごうとするハンス=クリストフ・シュトレイス。4人それぞれの語った言葉は異なっていたが、その根底には共通する思いが流れていた。GenRが20年かけて育ててきたのは、新しいブランドではなく、ドイツの新しいワイン文化そのものだった。

ミッテルラインのブドウ畑から眺めるライン川
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Information:Generation Riesling(ジェネレーション・リースリング)
ドイツワイン協会(DWI)が2006年に創設した若手ワイン生産者のネットワーク。35歳以下(加入時)の醸造家を対象に、国内外でのプロモーションや試飲会、勉強会などを通じてドイツワインの魅力を発信している。現在はドイツ13のワイン生産地域から多くの若手生産者が参加し、次世代のドイツワイン文化を牽引する存在となっている。36歳からはGenR会員ではなくなるが、OBとして若手醸造家を支援している。
・Weingut Michael Franzen(モーゼル)
・Weingut Stenner(ラインヘッセン)
・Weingut Heinrich Spindler(プファルツ)
・Weingut Stolleis(プファルツ)
・Weingut Albert Lambrich(ミッテルライン)
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取材協力:ドイツワイン協会(Deutsches Weininstitut/DWI)
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All Photos Noriko Spitznagel (1点のみドイツ国鉄提供)
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シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住 国際ジャーナリスト連盟会員 www.ifj.org
社会問題や医療、ビジネス、書籍業界などを中心テーマに紙・ウェブ媒体で取材・執筆中。10年以上続く女性雑誌連載のドイツ人キャリアウーマンインタビュー記事では各業界で活躍する素敵な女性に出会うのを楽しみにしている。食・ワイン、その土地ならではの魅力も探訪中 。趣味は、パンとケーキ作り、食べること・料理・水泳・コンサート・美術館巡り。
