シンガポールの「デザイン」と聞いてまず思い浮かぶのは、三棟の高層ビルを屋上で連結したエンターテインメント・リゾート施設「マリーナベイサンズ」のような近未来的な高層建築群、斬新な空港施設、アイコニックな庭園かもしれない。だが今回、カトン、ブラス・バサ、チャイナ・タウン、ティオン・バル、といった4つの街区を歩いて気づかされたのは、この都市の多様なデザインはストリートレベルにあるということだ。下町っぽさが溢れるショップハウスや書店街、1930年代の公共住宅、高層タワーが隣り合うこの街では、異なる時代と文化が同じ路上に共存している。本稿はその魅力をフォトストーリーで綴る。

カトン/ジョー・チアットのグラフィカルな街並み

シンガポールのプラナカン文化を知りたければココと、現地の知り合いから勧められた場所が、中心地の東側に位置するカトン/ジョー・チアット(Katong-Joo Chiat)地区。マレー語で「地元で生まれた子孫」を意味するプラナカンは、マレー諸島に移住した主に中華系の移民と、現地のマレー人との間に生まれた子孫を指す。東南アジアでは、中国、インド、中東、そしてヨーロッパとの貿易を通じて文化交流が促進され、定住した商人らが現地のコミュニティと通婚することで、プラナカンという混合文化が生み出された。今日、プラナカンは文化的アイデンティティとしての地位を獲得し、様々な混血コミュニティを指す言葉として使われている。これらのコミュニティに共通するのは、中国、インド、アラブ、ヨーロッパなど祖先の文化と、マレー・インドネシア諸島の土着文化との融合である(参照元:シンガポールにあるプラナカン博物館の解説)。

プラナカン・デザインを代表する工芸品として、色彩豊かなエナメル装飾が施されたプラナカン陶器(ニョニャ・ウェア)がある。エメラルドグリーン、ターコイズブルー、ローズピンク、イエローなどの色使いと、密度の高い​​吉祥文様が特徴的で、中国の伝統的な陶器よりもポップな印象だ。この地区には、プラナカン陶器のようにカラフルに彩られ、デザイン装飾が施されたショップハウス(1階を店舗や作業場、2階以上を住居として使用する伝統的な店舗付き低層住宅)も立ち並ぶ。カラフルな伝統建築とストリート壁画が視覚を刺激し、蒸し暑さを紛らわせてくれる。

ジョー・チアット地区は1993年に政府の保全対象地域に指定された。2000年代初頭は風俗関連事業が急増したが、市民の働きかけにより関連店舗は閉鎖。2000年代後半以降にヘリテージ地域としての関心が高まったことで再開発が進み、現在、地区のメインストリートのショップハウスの1階は、洗練されたベーカリーやカフェ、レストラン、バー、ペット用品店やグルーミングサロンなどが入居する。2011年には国家遺産局(NHB: National Heritage Board)によりシンガポール初の「ヘリテージ・タウン」に指定された。

ヘリテージ建築と文化施設が集結したブラス・バサ・ブギス

イギリス東インド会社員、植民地行政官であり、シンガポールの「創設者」として知られるトーマス・ラッフルズの名を冠した、1887年創業の有名高級ホテル「ラッフルズ・ホテル」があるブラス・バサ地区。他にも植民地時代の建築が並び、風格ある街並みが特徴的なこの地区で異色の存在感を放つのが、書店や音楽関連のショップが集結する「ブラス・バサ・コンプレックス」だ。1980年代に建設されたこの建物は新謡(シンヤオ/しんよう。シンガポールで誕生した中国語のフォークソング)のコンサートやブックフェア、アートの展覧会などの開催地として、地域の人々に愛されてきた場所。数々の書店が集結し、神保町のような独特のアイデンティティを持っている。

4階に入居するバシール・グラフィック・ブックス(Basheer Graphic Books)は、世界各地からキュレーションされた雑誌や、デザイン・建築・ファッションなどのカルチャー書籍を扱っており、デザイン専門家・愛好家のデスティネーションになっている。筆者が訪問した際には、スペインのラグジュアリーブランド「ロエベ」が、創立180周年を記念して刊行したブランド雑誌を無料配布するというキャンペーンが展開されていた。

そしてブラス・バサ・コンプレックスのすぐ隣には、2005年に開館した16階建ての国立図書館がある。設計は、マレーシアの建築事務所「T.R. ハムザ&ヤン(T. R. Hamzah & Yeang)」が手がけたもので、彼らが得意とする環境共生型高層建築の手法が取り入れられている。2つの高層棟の間にある半屋外ストリート(中庭・アトリウム)によって風を取り入れて熱を逃すという設計、あるいは自然光を取り入れるためのダブルスキンファサードや空中庭園といった要素を取り入れ、熱帯地域におけるエコ建築のモデルを示した。

ブラス・バサには他にも写真と映像を扱うギャラリー・文化施設である「オブジェクティフ(Objectifs)」や、リトグラフ・スタジオの「ナックルズ&ノッチ(Knuckles & Notch)」といったクリエイティブ施設、国立博物館やプラナカン博物館があり、新旧の文化が存分に楽しめる地域だ。

コスモポリタンな雰囲気が漂う「チャイナタウン」と「ティオン・バル」

シンガポールのチャイナタウンを一言でまとめるとすると「ジャクスタポジション」という表現が合う。ニューヨークや横浜のチャイナタウンは、中国語の看板やお店が集結していて、その地区に一歩足を踏み入れた瞬間に中国らしさに包まれる。一方で、シンガポールのチャイナタウンは多様なデザイン言語が混在するだけでなく、伝統的な雰囲気を持った建築と、サードウェーブ的なカフェ、独立系の書店、モダンなレストランなどのコンテンポラリーな商業施設が同居する。低層のショップハウスの背後には、ダウンタウンの高層ビルがそびえ立ち、CG画像のような景観が広がる。

そしてチャイナ・タウンから程近い場所にありつつ、よりレジデンシャルな落ち着きを持ったエリアが、「ティオン・バル(Tiong Bahru)」だ。この地域は、シンガポール初の公共住宅が建設された場所で、アールデコ様式の統一感ある低層建築が魅力的である。住宅街の1階部分は、カフェ、ベーカリー、雑貨店、レストランなどが入居し、訪問客で賑わいを見せる。コンパクトサイズの代官山といった雰囲気だ。パリ発のベーカリー「ゴントラン・シェリエ」が手がけるローカルブランド「ティオン・バル・ベーカリー」や、サワードウの「マイクロ・ベーカリー」や四角いドーナツで知られる「プラレ」などの人気店が並ぶ。

シンガポールはコンパクトな都市国家であり、屋根やグリーンスペースといった歩行者のためのインフラも整備されている。あえて交通機関を使わずに、自分のペースで歩き回ることで、街中に溢れるデザインを発見することができる。ビジュアル情報に溢れ、都市全体がカルチャーマガジンのようなメディアとして機能している。このストリートのデザインこそが、シンガポールが持つ強力なソフトパワーであり、この国が持つ魅力の源泉なのかもしれない。


All Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383