クルーズ船が集い活気に満ちるシンガポール港を出航し、17,000を超える島々が織りなすインドネシアの雄大な自然をなぞるように南下して、西オーストラリア・パースを目指す船旅が始まった。

朝、目を覚ますたび、窓の外には昨日までとはまったく違う景色が広がる。賑やかな港町、深い緑に包まれた無人島、どこまでも青く続く水平線──まるで映画のワンシーンの中で旅をしているような日々。それを現実にしてくれるのがクルーズという旅のスタイルだ。

大きな荷物を抱えて移動を繰り返すことも、乗り継ぎや遅延に振り回されることもない。一度乗船すれば、ホテルごと次の目的地へと運んでくれる。寄港地では身軽なバッグひとつで船を降り、その土地の文化や食、人々との出会いを存分に味わえる。

今回の舞台は、大小17,000以上もの島々からなるインドネシア。陸路では訪れることが難しい島々をクルーズで巡りながら、その土地ならではの食文化や暮らし、豊かな自然に触れていく。

「オーシャニア・リビエラ」で満喫する美食の航海

旅の舞台は、クルーズ愛好家から“美食の船”と称されるプレミアム客船、「オーシャニア・リビエラ」。この船の真の贅沢は、船内で終わらないこと。 朝は異国の港へ降り立ち、文化と出会い、夜は船に戻り、その日の記憶を味で反芻する。 移動そのものが、旅の体験になるのだ。船内に備えられた7つのレストランが旅を繋ぐ。フレンチ、イタリアン、アジア、アメリカン―― 。異国の料理は、まるで次の寄港地への前奏曲のようだ。

初日の夜は、重厚なシャンデリアが輝くホール、メインダイニング「コンパスローズ」へ。

気まぐれな旅心を縛らない、予約不要のオープン・シーティング制という、自由で粋なスタイルがうれしい。ここで味わうべきは、フレンチの巨匠ジャック・ペパン監修のスペシャリテ。 前菜からデザートまで、好きな一皿を選んで、自分だけのコースを描く。メニューから選ぶのは料理ではなく“その日の物語”。例えばパスタは、トマトか魚介か、その日の寄港地の気分でソースを選べる。グラスには、アメリカやイタリアの厳選ワイン。島の魅力を、さらに深く味わうために毎夜、国境を越えるようにジャンルを巡るディナー。 それは、翌日訪れる島々の文化を体感する準備でもある。

スラバヤの朝に響く、いにしえのガムラン

初日、目を覚ましたのは、ジャワ島東部の港湾都市、スラバヤだった。その日の気分に応じた朝食のスタイルを選べるのが、この船の懐の深さである。メインダイニングの優雅な空間での朝食から、プールサイドのカジュアルなモーニングまで自由自在。コールドプレスジュースやスムージー、エナジーボウルを提供するバーで軽やかに1日を始める。あるいは、誰にも邪魔されたくない朝は、24時間無料のルームサービスを頼み、バルコニーで海を眺めながら静かなプライベート・ダイニングに浸る。これぞ船旅ならではの特権だ。

客室のベランダに出ると、心地よい潮風とともにエキゾチックな音が耳を打つ。港では、島独特の伝統舞踊や、インドネシアの獅子舞「バロンサイ」が歓迎してくれていた。空気に溶け込むガムランの生演奏が、旅情を五感に刻み込んでいく。

この島では、「ヒストリカル・サイト」を巡るエクスカーションに参加した。港からバスを走らせ、目指すは「マジャパヒト王国」の跡だ。1293年から1478年、ジャワ島中東部を中心に栄華を極めた、インドネシア最後のヒンドゥー教王国である。

まず、訪れたマジャパヒト・トロウラン博物館は、かつての大帝国が遺した印象的な彫刻や陶器が一堂に会する、国内最大級の考古学コレクションを誇る場所だ。

その後、かつての王都の面影を今に伝える「トロウランの遺跡群」へ向かう。崩れかけたレンガの門や、広大な遺構の前に立つと、何百年も前にこの地を支配していた大王国の息遣いが、熱量を持って迫ってくるようだった。

エクスカーションから船にもどり、遅めのランチは、テラスカフェでの多彩なビュッフェへ。寿司や刺身から、ロブスターやラムチョップまで並ぶ幅広いラインナップだ。スタッフが目の前で肉を切り分けてくれるパフォーマンスも楽しい。好きなものを、好きなだけ選べという美食の喜びに心が躍る。

少し軽めにすませたい気分の時は、プールサイドの軽食レストラン「ウェーブズ グリル」に立ち寄りたい。厚みのあるアンガス牛ハンバーガーやローストビーフのサンドイッチを頬張り、食後はそのままデッキチェアに身を委ねてまどろむクルーズならではの至福の時。翌日の寄港地、バリ島に思いを馳せる。

壮大な棚田が広がるバリの自然と、神々への祈りを込める人々

バリ島は、美しい自然と深く根付いた信仰が、何気ない日常の中で溶け合う島だ。港に降り立つと、色鮮やかな民族衣装に身を包んだ人々の穏やかな笑顔が旅人を迎えてくれる。

華やかなリゾートのイメージが先行するバリだが、その魅力はさらに奥深い。内陸へ足を延ばせば、17世紀から受け継がれる灌漑文化が育んだ壮麗な棚田が幾重にも連なり、村々では神々へ捧げる色鮮やかなお供え物「チャナン」が、一日の始まりを告げるように丁寧に手作りされている。

世界中の旅人を惹きつける躍動と、古くから続く祈りが息づく静寂。その相反する魅力がひとつの島に共存しているからこそ、バリは何度訪れても新しい表情を見せてくれる。

バリ島をあとに、船は次の物語へ向かう。港の喧騒を離れ、船に戻ればそこは静かな夜。 待ちかねていたのは、1日の終わりを締めくくる時間だ。今夜の舞台はコンテンポラリー・アジアン「レッドジンジャー」。 席に着くと、まず色とりどりの漆や木の箸から1膳を選ぶ。 その小さな所作が、旅のスイッチを切り替えてくれる。メニューには、タイ、日本、ベトナム。 そして今日歩いたバリのスパイスを纏ったインドネシア料理も。 アラカルトで選ぶのは、一皿ではなく、その日出会った風景や香りの続き。昼に港で触れた文化を、夜は味わいとしてもう一度旅する。寄港地で生まれた記憶が、その夜の食卓で新たな物語へと姿を変えていく。

野生を宿した、手つかずの楽園、ロンボク島

翌日、船が滑り込んだのは、隣り合いながらもバリとはまったく違う表情を持つロンボク島だ。ここにあるのは、観光地化される前の「手つかずの自然」。サーファーやダイバーたちにとってのパラダイス。透明な海でのんびりと時間を潰したあとは、先住民ササック族の集落へ。頭の中の設計図だけで複雑な幾何学模様が狂いなく組み上がっていく。一本の糸から模様を紡ぎ出す伝統織物「イカット」の緻密さには圧倒される。

その日の夜は、「トスカーナ」で、何世代にもわたり受け継がれてきたイタリアの伝統的な家庭の味を楽しむ。船内で毎日職人が打つフレッシュパスタは、洋上とは思えないアルデンテの食感。特に濃厚なソースが絡むラビオリやニョッキは絶品だ。本場イタリアの情熱を感じるジューシーな仔牛のローストは、ソースの旨味が口いっぱいに広がる。旅の余韻を味に乗せて、次の島へと進む。

精霊が棲む、時が止まった秘境、スンバ島

さらに航路を東へ進めると、旅はよりディープな領域へと突入する。スンバ島に息づくのは、独自の精霊信仰。ラテンガロやレンデモリパといった伝統集落に足を踏み入れると、高床式の尖がり屋根が並ぶ、まるで数百年前から時が止まったかのような景色が広がる。ここにも「イカット」がある。しかし、ロンボクのものとは色彩も文様も全く異なる。島ごとに独自の文化が息づいている。これこそが島巡りの真骨頂だ。

早めに船にもどり、温水プールと3つのジャグジーで、旅の疲れを癒す。プールサイドのデッキに寝そべり、オリジナルカクテルをオーダー。読書やネットサーフィン、または、ただ海を眺めるだけの「何もしない」時間は、なによりの贅沢だ。

船内は退屈とは無縁の世界だ。日々開催される多彩なアクティビティが、知的好奇心と身体を心地よく刺激する。毎日16時からラウンジ「ホライズンズ」でアフタヌーンティーが開催されている。弦楽四重奏のクラシック音楽を聴きながら、ワゴンサービスで提供されるフィンガーサンドイッチやスコーン、プチフールを選ぶ優雅な時間を過ごす。

また、アーティストロフトでは、常駐アーティストが油絵やスケッチ、コラージュ制作を指導。アクアマーレ・スパでは、豊富なメニューから選ぶトリートメントやマッサージは、至高の癒やし。全面オーシャンビューの開放的なフィットネスジムで、最新の機器を使い、エクササイズも快適だ。ヨガやピラティスのクラスで体幹を整え、健やかな身体を取り戻し、この旅のハイライト、翌日のコモド島でのコモドドラゴンとの出会いを楽しみに待つ。

世界で唯一生息するコモドドラゴン、美しいピンクビーチが広がるコモド島

コモド島は、太古の野生が牙を剥く、世界自然遺産。小型ボートで上陸するや否や、我々を待ち受けていたのは体長3メートルに及ぶ地上最大のトカゲ「コモドドラゴン」だ。血の匂いに敏感で、一撃で獲物を仕留める獰猛な爬虫類。レンジャーの緊張感に満ちたレクチャーを受けながら、原生林をトレッキングする。ガイドさんからは、1匹も外に出ていない日もあると聞いていたので、つがいや子供の恐竜さながらの姿を目の当たりにしたときは感動もひとしおだった。

冒険の後は、赤と白のサンゴが織りなす奇跡の「ピンクビーチ」へボートで移動する。砕けた赤珊瑚や有孔虫(微小な生物)が白い砂と混ざり合うことで淡いピンク色に見える、世界でも数少ない神秘的なビーチ。透明度の高いコバルトブルーの海と美しいコントラストを描く、世界屈指の絶景スポットだ。

大冒険を終えたあとの空腹は、「ポログリル」での正統派のアメリカン・ステーキが最高のご褒美だ。看板メニューの牛肉には、最高格付けのUSDAプライムビーフのみを使用。28日間かけてじっくりと乾燥熟成(ドライエイジング)させることで、肉本来の濃厚な旨味と極限の柔らかさを引き出している。フィレミニョン & ニューヨークストリップは、厚切りでありながらナイフがすっと通る柔らかさで、噛むたびに熟成肉特有の芳醇な香りと肉汁が溢れ出す。

動くレストランでの最後の晩餐を満喫する間に、船は国境を越えて最終地点へ向かう。

紺碧のインド洋を越え、旅の終点、オーストラリア・パースへ

インドネシアの島々をあとにして、辿り着いたのは、西オーストラリアの美しき都市・パースだ。旅の締めくくりは、空港から車で約20分、「カバシャム・ワイルドライフ・パーク」。コアラを抱っこしたり、カンガルーに手のひらから直接えさやりをしたり、大陸ならではの生命力に満ちたひととき。 園内は家族経営ならではの温かなホスピタリティにあふれている。フレンドリーなオーナーとの心温まる会話を楽しみ、旅の思い出を振り返る時間は、心をほどいてくれる。

なごやかな風景を胸にしまい込み、旅愁を乗せた飛行機は、帰国の途へと飛び立つ。船という動くプライベート空間を拠点に、国境や文化の境界線を軽やかに飛び越えていくアイランドホッピング。昨日見た伝統と、今日目撃した野生。明日に待つ未知の風景。次はどの海を渡り、どの島へ魂を置きに行くか。終わりのない旅に思いを巡らせる。

Miki D‘Angelo Yamashita