スリランカは、一度訪れるとまた帰ってきたくなる国だ。

旅に求める「絶景、美食、異文化との出会い、くつろぎ……」。そのすべてが、ここには揃っている。なかでも、旅好きなら一生に一度は泊まってみたいのが、ジェフリー・バワ建築のホテルだろう。『トロピカル・モダニズム』の第一人者として、自然と調和した開放的な空間を創造し、アマンをはじめとするアジアンリゾートホテルのスタイルにも大きな影響を与えた。今回は、バワらしさを体現する建築を巡りながら、その美学に触れ、憧れのバワホテル3軒でスリランカの食の魅力も満喫する。

生涯をかけて築いた理想郷で、湖を望むディナーを

ジェフリー・バワは、コロンボの裕福な家庭に生まれた。父親はイギリス人、母親はスリランカ人。イギリスで学び、弁護士となった後、スリランカ(当時のセイロン)に戻り、コロンボの法律事務所で活躍する。しかしその後、約2年にわたり世界を旅し、自らの理想を見つめ直した。スリランカ南部のベンドゥータに理想郷をつくりたいと、30代後半で再びイギリスへ渡り建築学を学ぶ。そして、自の手でつくり上げたのが、バワの理想がすべて詰まった夢のような空間、『ルヌガンガ』だ。現在は宿泊も可能だが、世界中からバワファンが訪れるため、なかなか予約が取れない。

コロンボから車で約2時間。うっそうとした熱帯雨林を抜け、重厚な扉が開くと、バワが思い描いた理想が静かに息づく、別世界が広がる。

シンハラ語で「塩の川」という意味を持つこの場所は、ベントータ近郊のデワダ湖畔に位置し、湖に囲まれた半島に佇んでいる。

敷地は6.1ヘクタールにおよぶ。ルヌガンガの庭づくりに生涯をかけたバワは、緩やかな丘陵の起伏を描きながら、川に囲まれたジャングルのサンクチュアリに、イタリアのルネサンス式庭園と18世紀の英国式庭園の要素を、スリランカの熱帯の生態系に溶け込ませた。木々の間には、バワの兄であるベヴィス・バワの彫刻が点在し、建物や庭園には、ドナルド・フレンドやラキ・セナナヤケといった芸術家たちの作品が静かに息づく。アートと緑が調和する、まるで野外美術館のような空間だ。

スリランカ独自の文化と、海や山といった雄大な自然を一体として捉え、自然に建築に溶け込ませるデザインがバワの特徴だ。建物の中と外界がシームレスにつながり、自然光が降りそそぐ開放的な空間を生み出す。木や岩もあえて取り除かず、建物の一部として生かすことで、客室だけでなく、ロビーやレストラン、庭に至るまで、その空間に置かれたオブジェやアートも含め、すべてが自然と調和したひとつの世界を形づくっている。海へと溶け込むように続くインフィニティプールもバワが生み出した象徴的なデザインのひとつだ。バワ建築のホテルでは、このスタイルのプールに出会うことが多い。

ルヌガンガでの宿泊のハイライトは、ライトアップされた湖を眺めながらのディナーである。静けさに包まれた水辺の風景が、特別なひとときを演出してくれる。

スリランカの食事は、家庭も街の食堂も高級ホテルでもさまざまな種類のカレーとライスがメインだが、バワ建築のホテルの食事は、とりわけ美しく極上の味わいだ。ココナッツとスパイスが豊かに香るスリランカカレーは、複数のカレーや副菜を一つの皿に盛り付け、混ぜながら楽しむスタイルだが、洗練されたプレゼンテーションがルヌガンガ流。

スリランカカレーは、メイン具材は1種類のみ。皿の中央に盛られたごはんを囲うように、魚介類、羊肉や鶏肉、豆、野菜など数種類のカレーを添える。スリランカカレーの味の決め手となる「トゥナパハ」と呼ばれるミックススパイス。これは複数のスパイスをブレンドしたもので、コリアンダーやクミン、シナモン、クローブなどを炒ってから挽くことで、より香りが引き立つ。鰹を乾燥させたモルディブフィッシュもよく使われ、鰹節に似た風味や旨味をプラスしてくれる。ご飯は、サンバライスと呼ばれるサラッとした白いご飯が一般的。複雑なスパイスの組み合わせで奥深い味わいが広がる。

もっともポピュラーなのは、パリプと呼ばれるレンズ豆を用いたカレー。ココナッツミルクとモルディブフィッシュで、甘さと風味を出す。多く使われる野菜は、カオクラ、ナス、ニンジン、インゲン、ピーマンなど。それぞれの家庭や店による独自のスパイスで煮込んだカレーだ。スリランカでは、ご飯とカレー、副菜を右手の指先で混ぜ合わせて食べる風習がある。

クラブ・ヴィラで出会ったレースのような繊細な朝食

ルヌガンガを後にして向かったのは、バワが友人たちを招く別宅としてデザインされた『クラブ・ヴィラ』。一歩足を踏み入れるとそこは楽園だ。エントランスからリビング、ゲストルームや庭に至るまで、どこを見渡してもバワならではの美意識が息づいている。友人を迎えるような笑顔を絶やさないスタッフのホスピタリティに迎えられ、コロニアル風のゲストルームに案内されると、天蓋付きベッドの揺れるレースが異国情緒を漂わせる。

手入れの行き届いた庭の緑を眺めながらの朝食は、スリランカの定番『ホッパー』。米粉とココナッツミルクを発酵させて作る、ボウル形をしたクレープ状の料理だ。繊細なレースのように薄く、パリッとした縁と、もちもちした中心部分の食感のコントラストが効いている。中央部分に生卵を落として黄身と絡めるエッグホッパーも格別だ。ホッパーは、手でちぎって食べるが、玉ねぎと唐辛子などを混ぜたルヌミリスや玉ねぎと唐辛子、砂糖などを炒めたシーニサンボーラをカレーにつけて食べるのが現地流。

自宅のダイニングでバワの美学に思いを馳せる

旅の締めくくりに訪れたのは、空港にもほど近い、コロンボにあるバワの自邸兼仕事場へ。高級住宅地、バガタレロード33通り11番地にある番地に由来し、『ナンバー11(イレブン)』と呼ばれる。広々としたリビングと寝室は、バワが愛着を持ってつくりあげた空間。インテリアのほぼすべてが生前のまま残され、旅で買い集めた品々、アート作品やアンティーク、自身がデザインした椅子やテーブルなどの試作品が当時のまま保存されている。宿泊者は一組だけなので予約難だが、見学ツアーで訪れることもできる。

ここでの朝食は、スリランカで主食の麺料理、米で作られた『インディアッパ』。米粉を練って麺状に絞り出し蒸したもので、極細麺を別皿のカレーなどにつけて食べる。赤い米と白い米をを使ったインディアッパ2色盛りにカレーやおかずが並び、彩り豊かな一皿が目にも楽しい。

そして、スリランカ最後のディナーは、スリランカ風ビリヤニ。スリランカに住むイスラム教徒の料理で、お祭りや、おもてなしの席で振る舞われる特別な料理だ。インドでは、鶏肉などと米を層にして蒸し上げて仕上げるが、スリランカでは、鶏ガラスープで炊いた米とスパイスに漬け込んだ
チキンレッグのグリル、トマトとチキンの肉汁を合わせて作るカレーにゆで卵を添える。

どの料理にも共通するのは、素材の味わいと、それを引き立てるスパイス使いの巧みさ。基本的に3食カレーだが、ココナッツミルクが入ることもあって、辛すぎないのがスリランカカレーの特徴で、日本人の味覚にも馴染みやすいバリエーション豊富なカレー。そして、必ず最後は香り高い紅茶で締める。それがスリランカならではの豊かな食体験を締めくくるひとときとなる。


Miki D‘Angelo Yamashita