9月末、スイスのチューリヒで、建築のイベント「オープン・ハウス・チューリヒ(Open House Zürich」」が開催された。2日間に渡り、歴史的建造物、オフィスや工場、学校や住居など、約200軒の建物が無料で見学できるこのイベントは今年で10周年を迎えた。本イベントはオープン・ハウス・チューリヒ協会(Verein Open House Zürich)が主催し、スイス連邦文化庁やチューリヒ市などの公的機関、民間団体、多数の企業、後援者の支援により成功を収めている。
モットーは「すべての人のための建築」。建築の世界はエリート主義的で、閉鎖的だと指摘されることがある。そこに新風を吹き込もうと、普段はなかなか入ることができない数々の建物を開放し、一般の人たちに設計や都市計画について学んでもらったり、チューリヒの多様な働き方や暮らし方を知ってもらうという趣旨だ。
コンペを勝ち抜いて設計を担当した建築家、また保存活動に従事する人などが建物内のガイドツアーをしてくれ、開放時間内は自由に見ることができる。撮影OKの建物が多いのも嬉しい。自分の町の今まで知らなかった空間を再発見し、建築の可能性について改めて考える機会だ。建築家や管理者にとっても、一般の人たちの反応や質問は刺激になる。
ずっと参加したいと思っていて、今年ついにそのチャンスが訪れた。オフィスやホテルを訪問するのもいいなと思ったが、やはり、普段は裏側までじっくり見ることができない“住居”にした。ツアーの予約状況を見ていたら、あっという間に定員に達する家屋が多く、イベントの盛況ぶりがうかがえた。
以下に紹介する素敵な建築を見れば、 なぜそれほど多くの人がお宅を見たがるか、うなずけるはず。
ミニマリズムに基づいたクールな空間

OHZ-2025_Bezahlbarer Wohnraum der I+B Baechi Stiftung
コンクリート製で、上から下まで大きな切れ目が入ったこの集合住宅は、2019年に完成した。9世帯が住んでおり、2LDK(60㎡)が4戸、3LDK(90㎡)が4戸、最上階(53㎡)に1戸、屋上の南向きの共有テラスという構成だ。建設費を削減し、「すべての人のためのアフォーダブル・ハウジング」というコンセプトで相場よりも安い家賃を実現した。建材は高品質だが、デザインを究極にシンプルにし、手の込んだ表面処理などを省いたという。
外観も内側もコンクリートのグレー、メタルのシルバー、ドアやブラインドの明るい茶色の3色使い。今回は2LDK(実際に人が住んでいる)を見ることができた。中に入ると廊下はなく、長方形の空間が広がっていた。短い2辺の部分が開放されていて、屋外とつながっている。ここはLDK(リビング・ダイニング・キッチン)。外から見た“大きな切れ目”が、このLDKだ。まさか、LDKを1年中開け放ったままにはしないだろうと思ったら、引き戸タイプの大きい窓が隠されていた。
キッチンも非常にシンプル。クッキングヒーターは固定式ではなく卓上を使っているため収納でき、冷蔵庫も木の扉の内側にあり、生活感がほとんどない。洋室2つは、奥まった浴室(シャワー、洗面所、トイレ)に行く手前の両側にある。コンパクトな空間ながら、快適に暮らせる感じがした。夏は特に心地いいだろう。全体的に、まるでホテルや美術館を思わせる雰囲気だった。
この集合住宅は、ヨーロッパ全域の建築を対象にした賞「ベスト・アーキテクツ賞20(2020年)」の金賞を受賞するなど高い評価を受け、国際的な注目を集めているという。
中庭エリアも快適 シェアハウス型の学生寮

十字路に面した「Haus Eber」は、様々な学校に通う学生のための寮だ。チューリヒ市が土地と建物を所有し、学生のために手頃な価格の住まいを提供するチューリヒのJUWO財団が管理している。一見すると新しいビルに見えるが、両側の増築部分のみが真新しく、中央部分は建てられてから120年以上経っている。2024年夏に工事が済み、総勢95人が暮らしている。以前はレストランだった1階のアーチの部分は、入居者のためのイベントホールだ。
総工費は29億円を超えた。建材価格が急上昇し、老朽化した建物で想定外の修理を行い、サステナブルな設備を導入したためだ。しかし、家賃が非常に高いことで知られるチューリヒにしては、1人当たりの平均室料はかなり抑えられている。
応募総数117件というコンペで選ばれたデザインだけあって、とても斬新だ。道路側の外観も統一感があり、中庭側はアーケードでつながっていて一体感が強調されている。各住戸の玄関は、中庭に面している。アーケードのオレンジ色は道路の反対側にある陸上競技場の建築で使われており、若葉色はスイスの工場でよく見られる大型機械のカラーを真似たとのこと。私には、この若葉色はツタを思わせた。両端には、共同で使えるくつろげるスペースが積み上げてあって面白い(各住戸には外に張り出したスペースはない)。
各住戸の間取りも少し変わっている。ここは個室タイプの寮でもなく、数人で寝室を共有する相部屋タイプでもない。3LDKに3人、4LDKに4人と、見知らぬ人同士が共同生活を送るシェアハウスタイプだ。
増築された部分で、2つの住まいを訪問した。まずは4人用。玄関を入ると、4人で使うキッチンとリビングルームがあった。天井が高く、開放感がある。個室4つはこの背後で、リビングルームから階段を上がった中2階に2つ、キッチンの奥から階段を降りると2つある(浴室は2つ)。
6人用は3階構造になっており、1階には4人用同様、キッチンとリビングルームがある。個室は、その奥に2つ、2階に3つ、3階に1つという造りだ(浴室は2つ)。階段脇のスペースは共有空間でソファやピアノが置いてあった。各個室の造りが少しずつ違い、住んでいる学生の家具やデコレーションの好みも異なるため、まるでインテリアデザインの展示会に来ている気分になった。

ちなみに、洗濯は地下に作られた広い共同洗濯室で行う。これは、この寮特有のスタイルではない。スイスでは各戸に洗濯機・乾燥機がなく、地下で共有することは珍しくない。この寮にはレンガの壁や柱もあって独特な雰囲気で、洗濯するのも楽しそうだった。エコ通学をサポートするため、地下には145台が収容できる自転車置き場もある。
幼稚園併設で、共同体の感覚が強調された集合住宅

OHZ-2025_Kolonie 1 + 3_Ansicht Goldbrunnenstrasse_© Roger Frei, Zürich

カフェやレストラン、ショップがたくさんある賑やかな通りから、約10分歩いた場所にある「Kolonien 1+3」も、築50年以上の建物(向かい合った2棟)を改修し、さらに新しい棟を増築した集合住宅だ(総住戸数51。2023年完成。駐車場は3台分のみで、ほかは近隣の地下駐車場を利用)。全面改装された中庭には、子どもたちがいつでも遊べる新しい一画もある。増築された3LDKを見させてもらったが(撮影不可)、玄関とキッチンが中庭に面しており、芝生や木々を眺められるのが特徴的だった。古い棟では3Kを見た。修理を経て清潔感にあふれ、住み心地がよさそうだった。
- OHZ-2025_Kolonie 1 + 3_Kindergarten Garderobe_© Roger Frei, Zürich
新しい棟には公立幼稚園が開設され、入居者や近隣の子どもたちが通っている。広いエントランスは、愛らしい茶系の床がアクセントだ。保育室は仕切りが少なく、自然光がたっぷりと差し込む。また、入居者のための共同ホール(キッチン付き)も作られ、壁2面の窓からは周囲の木々を眺めることができる。
新しい棟の屋上には共有スペース(キッチン付き)があり、豊かな緑に覆われて、まるで公園のようだった。植物を多くすることで、冷却効果と空気の質の向上を図っている。古い棟は太陽光発電パネルの設置などにより、高いエネルギー効率を実現した。ちなみに総工費は28億円を超えた。
説明によると、①コの字型の建物の配置や新旧の建物の統一感により、入居者に「共同生活」の意識が育まれ、②公立幼稚園が併設されていることで、周辺住民とのつながりが促進される、とのことだ。「Kolonien 1+3」は「ベスト・アーキテクツ賞26(2026年)」を受賞した。
チューリヒの集合住宅や一軒家は友人・知人の住まいとして見たことはあったが、今回の3軒のようなデザインは初めてで、新鮮だった。オリジナリティにあふれながらも奇抜過ぎず、町の雰囲気に馴染んでいた(下の画像は、今回開放された他の住居の例)。
- OHZ-2025_Schäferareal_aussen-1_© architekturfotografie sabrina scheja_1
- OHZ-2025_Schäferareal_innen-3_© architekturfotografie sabrina scheja
- Gesamtinstandsetzung Wohnsiedlung im Birkenhof, Stadt Zürich, Romero Schaefle Partner
- OHZ-2025_Wohnsiedlung Birkenhof_innen-1_© Karin Gauch, Fabien Schwartz
- OHZ-2025_Wohnsiedlung Frohalp_aussen-1_© Roger Frei, Zürich_1
- OHZ-2025_Wohnsiedlung Frohalp_aussen-2_© Roger Frei, Zürich_1
- OHZ-2025_Wohnsiedlung Frohalp_innen-1_© Roger Frei, Zürich_1
日本ではあまり知られていないが、スイスの建築教育は世界でもトップクラスだ。目を見張るデザインの住居を間近に見ることができるのは、まさに贅沢。もしオープン・ハウスの時期にチューリヒを訪れることがあれば、参加してみてはどうだろうか。きっと、チューリヒを違った視点で体験できるだろう。
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Verein Open House Zürich – Architektur für alle
オープン・ハウスは他の国々でも実施されている。そのネットワークは「オープン・ハウス・ワールドワイド」と呼ばれ、現在、約60都市が加盟。日本からは、大阪が加盟している。
2023年、世界各地のOpen Houseイベントに参加した人たちは、総計61万人近くに達した。
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Top image of the article OHZ-2025__Riedgraben_Bild 19291_©_Joel Tettamanti
Photos by MEDIENSERVICE von Verein Open House Zürich and Satomi Iwasawa
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/




























