インドネシアは、世界で最もイスラム教徒が多い国で、国民の約87%がイスラム教徒だという。一方、バリ島では少し違う景色が広がる。島民の約8割以上がヒンドゥー教徒で、街のいたるところに寺院があり、インドネシアの中でも、宗教や文化の色合いがひときわユニークな土地だ。
イスラム文化では、女性が目以外を覆うヒシャブで身を包んだり、一日に5回祈りを捧げたり、豚は不浄なものとして口にしない習慣が一般的だが、バリ島では女性たちは自由な服装で行き交い、ヒンドゥ教の寺院が数えきれないほどあり、祝いの席では豚の丸焼き「バビ・グリン」が振る舞われる。宗教と文化の違いが、日々の風景を豊かにしている。
今回は、バリ島のほぼ中央にある古都ウブドとその周辺を旅した。濃い緑に覆われた地域で、空気がしっとりと落ち着いている。ビーチでのアクティビティが人気で、夜は遅くまで盛り上がるがクタのまちとは対照的だ。
20世紀後半以降、世界各地で観光化が一気に進んでいるがバリ島も例外ではない。ウブドにも宿泊施設が増え、観光客も観光に携わる人たちも多くなった。しかしまだまだ大型のリゾートは少なく、その町の雰囲気には愛おしさが感じられる。

身を清める泉の寺でたくさんの神に祈る
バリ島には、ヒンドゥー教寺院が多く点在しており、中には沐浴(melukat)のためのプールや噴水がしつらえてあるところもある。複数の噴出口から聖水が湧き出し、その水を浴びて心身を清める儀礼が行われる。噴出口の中には、現世を生きる人が浴びるものではない死者を浄化することを目的としているものがあるのだそうだ。

訪れたのは「グヌンカウィ・スバトゥ寺院(Gunung Kawi Sebatu)」。この寺院は比較的訪問者が少なく、静かな雰囲気が残る場所だ。ヒンドゥー教徒以外にも開放されていて、沐浴の手順なども教えてくれる。
この沐浴は、穢れを洗い流し、無病息災を願う祈りの場でもある。沐浴の前後に祈りを捧げる人も多く、その祈りの対象は多岐にわたる。バリ・ヒンドゥーはその唯一神「サン・ヒャン・ウディ・ワサ」を中心とし、その化身や神々がいるという多神教である。それらの神々も、また自然崇拝の精霊たちも、祖先の霊も祈りの対象だ。
さて、バリ島の街中や路地を歩いていると、米、スパイスや果物をバナナの葉に乗せて線香を添えた供物「バンタン」を目にする。家や店の入口だったり、祠の前であったり、海に向かった砂浜だったりと、あらゆる場所に小さなバンタンが置かれていて、意図せず足があたってしまうこともあり思わず恐縮してしまったのだが、地元の人は「気にしなくていいんだよ」と教えてくれた。
市街地を少し出ると、マリーゴールドの畑が広がっていた。バンタンに必ず乗っているオレンジ色の花だ。

ウブド王朝時代の サン・アグン宮殿でヒンドゥを考える
なぜインドネシアで、ヒンドゥー教がバリ島にのみ深く根付いたのだろうか。歴史を少し紐解いてみよう。
中世、13世紀から15世紀にかけて、東ジャワを中心に勢力を持ったマジャパヒト王国は、バリ島もその支配下におさめていたヒンドゥー教王国だった。その後16世紀にジャワ島でイスラム教が広がるに従って、多くのヒンドゥー教徒はバリ島に移り住んだ。
その後、16世紀以降、ジャワ島でイスラム教が急速に広まると、多くのヒンドゥー教徒、貴族、宗教指導者らがバリ島に移住したという流れが伝えられている。
マジャパヒト王国の衰退後は、各地の貴族が起こした少数の小王国が台頭したのだそうだ。その後20世紀のオランダによる植民地統制が始まると、バリではヒンドゥー教文化が保全されるようになり、それ以外の宗教は禁止されたのだという。
ウブドゥの街の中心にあるのが、16世紀から20世紀初めまで続いたウブドゥ王朝時代の「サレン・アグン宮殿」で、ここには今でも王族の子孫が住んでいる。

宮殿では、夜になると伝統芸能が観光客向けに演じられる。様々な打楽器が打ち鳴らされるガムラン音楽に合わせて、レゴンダンス、バロンダンス、トペダンスといった舞踊が披露される。
上のバロンダンスの写真は、聖獣バロンが登場した場面。この後、魔女ランダとの攻防が繰り広げられ、善が悪に常に打ち勝つというテーマで物語が演じられる。
田園での生活風景に和みしょうがの紅茶を
ウブドゥの中心部は昔ながらの道が集まって来る場所で、朝晩には自動車で込み合う。また、観光客向けの店舗やレストランも多く賑わいが絶えない。しかしながら、その通りから少しだけ外れると、青々とした田園が広がっていて、街の喧騒が嘘だったかのように、のどかな田舎の風景が広がる。
田の中にある作業小屋の周りに集まる鴨は田の雑草や虫を食べる。そしてバリでは鴨も伝統的な料理の材料になる。田の畔にはヒンドゥーの小さな祠があり、日々の祈りが営まれている。
この田園風景はバリが楽園と呼ばれる理由の一つで、ここにいるだけで人と自然がヒーリングを与えてくれるように感じられる。

田園を見渡せる、田んぼに囲まれたカフェでしょうが入りの紅茶を飲んだ。ウブドゥは標高600mほど。年間の平均気温は28度と、日本の夏・冬よりも過ごしやすい。しょうがが体の中から温めてくれて心地よい。お茶請けはクレポンという甘く調理したココナツを月桃の葉の求肥で包んだスィーツだった。
インドネシア料理と言えば、ナシゴレンにミーゴレンが真っ先に頭に浮かぶ。また、ごはんの周りに様々なおかずを置いたナシ・チャンプルもはずせない。今回紹介するのは「ソト・アヤム」。ビーフン入りのチキンスープだ。

ハーブ・スパイス使いが面白いソト・アヤムのレシピ
ソト・アヤムの「ソト」はスープ、「アヤム」は鶏肉のこと。本来はレモングラスを使うが、今回はライムで代用する。味の決め手はスパイス。特にターメリックは欠かせない。鶏の胸肉をしっとりと茹でて、ゆで卵やフライドオニオン、パクチーをトッピングし、インドネシアやマレーシアで使われるチリソース「サンバル」で味を引き締める。


材料:2人分
・たまねぎ 中1/4個
・にんにく 2かけ
・しょうが 15g
・カシューナッツ 30g
・ターメリックパウダー 小さじ1/2
・コリアンダーパウダー 小さじ1
・クミンパウダー 小さじ1/2
・植物油 大さじ1
・鶏胸肉 150g
・酒 大さじ1
・鶏がらスープ粉末 小さじ2
・たまご 2個 (ゆで卵にしておく)
・フライドオニオン 20g
・米粉 100g パッケージの指示に従って茹でておく
・サンバル 適量 市販の瓶詰のもの
・ライム 1個 半分の皮を取る。残りは串切りにする。
・パクチー 適量
・塩 小さじ1
・白こしょう 小さじ1
作り方:
1. 鍋に鶏むね肉を入れて、鶏肉が浸るくらいの水を入れる。ライムの1/2個分の皮を入れて蓋をし、中火にかけ、沸騰したら弱火で5分ほど茹でて火を止め、蓋をしたまま30分放置する。

2. 玉ねぎ、にんにく、しょうが、カシューナッツ、ターメリックパウダー、コリアンダーパウダー、クミンパウダー、植物油、水大さじ1(分量外)を滑らかなソース状になるまでフードプロセッサーにかける。



3. 鶏胸肉を取り出し粗熱を取り、手で細かく裂く。ゆで汁はざるで濾しておく。

4. 鍋に2のソースを入れて弱火にかけて、香りが出てきたらゆで汁と水を合わせ800mlと鶏がらスープを入れて沸騰させ、塩・コショウで味を整える。

5. (4つの器それぞれに材料の等分を使って)、春雨を入れ、3の鶏肉を乗せてスープを注いだら、フライドオニオン、二つに割ったゆで卵を乗せる。パクチーを飾り、サンバルを入れる。

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All Photos by Atsushi Ishiguro
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石黒アツシ
20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/






