アジア最貧国といわれ、日本人観光客がまだ少ないバングラデシュ。日本の4割ほどの国土には1億7000万人が住み、世界屈指の人口密度といわれる。首都ダッカの中心部オールドダッカは、車も人も常に渋滞気味。インフラは十分に整備されておらず、絡み合う電線が頭上に垂れ下がっていたり、道ばたに大きな穴が空いていたり、驚きの連続だ。

一方で、観光客が珍しいのか、行く先々で現地の人に声を掛けられ、握手を求められ、時におせっかい焼きをされながらも、温かく迎えられた。これまで訪れた世界60カ国のうち「もっとも印象的だった国は?」とたずねられたら、真っ先に挙げるだろう。旅人の冒険心を満たす、思い出に残る刺激的な国だが、中でも、荘厳さにため息の連続だった世界遺産パハルプール仏教遺跡、絶品ビリヤニや立ち飲みチャイを紹介したい。

大混雑のオールドダッカ

世界遺産パハルプール

バングラデシュには3件のユネスコ世界遺産がある。このうち、もっとも代表的なパハルプール仏教遺跡は首都ダッカから飛行機や車を乗り継いで行った。ダッカから観光拠点となる北西部の都市ラジシャヒへ飛行機で向かう。バスでも行けるが、限られた日数で効率的に観光するなら飛行機がおすすめだ。ラジシャヒ空港では、タクシーを使って北方向のパハルプールへ1時間半かけて向かった。

パハルプールは、インド亜大陸最大の仏教遺跡とされる。その中核を成すのが、8世紀頃、パーラ朝のダルマ・パーラ王によって作られた「ソーマプラ大僧院」。最盛期にはアジア全土から仏教僧が修行を積みに来たという。後にヒンドゥー教やイスラームによる支配で勢力を失うが、この建築様式はカンボジアのアンコールワットやミャンマーのバガンなどにも影響を与えたとされる。

僧院にある巨大な仏塔の外壁には、神々や動物、植物などをかたどったテラコッタのレリーフが飾られている。精巧に彫られ、丁寧に見て回るだけで楽しい。かつての繁栄に思いをはせ、じっくりと鑑賞した。1985年に世界遺産に登録され、現在はバングラデシュ人観光客が多く訪れる人気スポットだ。私が訪れると、アジア人が珍しいのか、それとも女1人で旅をするのが奇妙だったのか、歩くたびに2ショットを求められた。イスラム教圏のため、女性たちは色鮮やかなヒジャブをまとう。男性たちは寺院に敬意を払ってか、ジャケットを羽織っておしゃれをしていた。遺跡を一周するころにはあらゆる家族との記念写真に収まった。おそらく、世界遺産の次に写真を撮られたのではないかと思うほど注目を浴びた。

美麗なテラコッタ

パハルプール遺跡を堪能し、プティアのヒンドゥー教遺跡群も訪れた。ラジシャヒから東に約25キロメートルのプティアに点在する遺跡は1~2時間もあれば見て回ることができる。「ゴパーラ寺院」はベンガル独自のヒンドゥー教寺院で、壁面には神話や村の生活が彫られている。他に、荘厳なたたずまいの「大ゴビンダ寺院」、白い壁面が美しい「シヴァ寺院」も見どころだ。

ゴパーラ寺院を見ていると、どこからともなくガイドの親子が現れ、翻訳アプリを使いながら一生懸命説明してくれた。ガイドによると、ここは15世紀に王族の兄弟によって造られ、15の寺院と2つの宮殿があったそうだ。寺院や礼拝堂など、宗教的にも政治的にも中心的役割を果たしたという。しかし、1971年のパキスタン戦争で一度破壊されたと説明する。ゴパーラ寺院の花の形をあしらったテラコッタのレリーフが気になっていると「それはバラだよ」と教えてくれた。バラは聖なる花だそう。約30分に及ぶ丁寧な説明が終わると、しっかりとチップをねだられた。「寺院への寄付」という名目だったが、案の定ガイドの懐に入ったのを見逃さなかった。

屋台のチャイで休憩

のどが渇いたら、ぜひ屋台のチャイを飲んでほしい。ひっきりなしに客が訪れ、立ち飲みに来る男性たちは長居することもなく、熱々のチャイをすぐに飲みほして立ち去るため回転が早い。1杯頼むと、小さなガラス瓶で渡してくれた。作りたての本場のチャイはこくがあって、泡立てた牛乳の膜をトッピングしているのも良い。1杯10円。これまで飲んだチャイで最も濃厚でおいしかった。 感動のあまり写真を多数撮っていると、どこからともなく「10タカ!(10円払って)」という声が聞こえた。撮影料を取られると思っておらず、私が驚きの声を上げると、辺りはどっと笑いに包まれた。

絶品チャイ

オールドダッカの名店ビリヤニ

首都ダッカの街を一言で表すなら「カオス(混沌)」だろう。中心部のオールドダッカは電線が束になって垂れ下がり、信号機もない路地裏では荷台を引く人と歩行者でごった返す。さらに、砂ぼこりが舞い、植物の葉先にまるで雪が積もるように砂が分厚く載っていた。人気のビリヤニ店「Hazi Biriyani」へ向かう。オールドダッカにあるため、自転車の荷台に乗る「リキシャ」か、オートリキシャの「CNG」を使うと便利。

到着すると、店頭の大きなかまどでビリヤニを炊いているのが目に留まった。オーダーを受けたら、皿をかまどに突っ込んでビリヤニを皿いっぱいに盛って提供する。豪快さに驚いていると店内に案内された。席に着くと10歳くらいの兄と妹が料理の注文を取りに来てくれた。間もなく運ばれてきた一番人気のマトンビリヤニは、米粒の弾力があり、ぱらぱらで、味がしっかり染み込んでいる。スパイスがしっかり効いた本場のエスニックだが、辛くないので日本人好みだ。添えられたライムを絞るとさわやかな風味になった。1皿約200円。これまでの人生で食べた中でもっともおいしいビリヤニだ。 食後、手洗いから戻ってくると、幼い妹が手拭き用の紙を渡してくれた。気の利いたサービスに思わずチップが弾みそうになった。

編集後記

2024年夏に長年独裁体制だったハシナ政権が崩壊。翌25年1月に訪れた。観光客向けの高級外資系ホテルの入り口では手荷物検査や爆発物の検査をしていた。政変などなかったように人々は生活しているが、個人で訪問する際は政府観光局の情報を随時確認したい。空気がよどみ、砂ぼこりが舞う過酷な生活環境だが、成長著しい国のエネルギーを肌で感じたい人はきっと楽しいだろう。


住吉沙耶花
ソロ旅ジャーナリスト。都内の報道機関で文化部記者として勤務。訪れた国は欧州を中心に60カ国以上。