ロシア、アゼルバイジャン、アルメニア、トルコと国境を接するコーカサス地方のジョージア(旧グルジア)は、近年にわかに注目が集まっている。人気の理由の一つがオープンな国境政策で、90ヶ国以上の国民がビザなしで入国でき、最大1年間滞在することができる。また首都のトビリシは西欧都市よりも物価が安いものの、同程度の利便性があり、リモートワーカーやデジタルノマドのハブの一つになっている。
さらに、ジョージアは約8000年の歴史があるとされるワイン作りが盛んで、世界最古のワイン産地としても知られる。ジョージア産ワインは日本にも輸出されており、大手のエノテカやジョージアワインの専門店などを通じて販売されている。本稿では、ジョージアワインの中でも特に自然派ワインに注目し、現地で気軽に楽しめるイベントやスポットを紹介する。

まずはワイン・エキスポ「Wine Expo Georgia」へ
筆者がトビリシに降り立った6月上旬の週末には、ジョージアワインに特化したワインの展示会「Wine Expo Georgia」が開催。ワインメーカーだけでなく、製造機械やパッケージなどを提供する企業も出展する業界関係者向けではあるが、一般消費者にも開かれたアットホームな試飲イベントだ。17回目となる今年の展示会には135以上のワイナリーが参加。そのうちの24社が大企業、残りが自然派ワイナリーや新しいメーカーなどを含めた中小規模のワイナリーという構成。

6月上旬とはいえ、日中は日差しも強く暑い日が続いたトビリシ。大企業の多くが空調の効いた屋内スペースで展示する中、個性溢れる中小規模のワイナリーは屋外にて縁日ブースのような簡易的なテントで試飲を実施という状況ではあったが、外のブースも賑わいを見せていた。

自然派ワイナリーのカテゴリで参加していたワイナリーは30軒。『Our Wine』『Unari』『Qistauri』『Ghvinobistve』といったメーカーが印象的だった。Ghvinobistveは、新しいワインメーカーでこれから2024年ヴィンテージを市場に展開予定とのことだが、展示会に持ち込んだ赤ワイン(品種はサペラヴィ)とアンバーワイン(ブレンド)は、コンペでそれぞれ銅賞と銀賞を受賞。今後の展開が楽しみなメーカーだ。ちなみにghvinobistve(ღვინობისტვე)はジョージア語で旧暦で10月のことだが、直訳するとワインの月、つまり収穫とワイン作りのシーズンを指す。

自然派ワインとアンバー・ワインの関係
自然派ワインには明確な定義があるわけではないが、有機農法・バイオダイナミック農法で栽培したブドウを使い、基本的には添加物を使わず、できるだけ介入しないというやり方で作られたワインのことを指す。酸化防止剤(亜硫酸塩)はまったく使わないというものもあるが、使われている場合もその量を極力抑えられているという点も特徴である。
ジョージアの伝統的なワインの醸造法であるクヴェヴリ(qvevri)製法は、卵を逆さにしたような底が少し尖った形をしたクヴェヴリと呼ばれる素焼きの瓶に、破砕したブドウを果皮や種子ごと入れて発酵・熟成させる。瓶は地中に埋められており、ワインの温度が一定に保たれる。また果皮の色やタンニン、香りなどが果汁に抽出されるので、白ブドウを使ったワインも色や味わいに深みが増す。いわゆる第4のワインといわれている“オレンジワイン”となるわけだが、ジョージアにおいては、伝統的な製法でつくられたスキンコンタクトのワインは、アンバー(琥珀)・ワインと呼ばれる。
介入をしないという意味において、アンバー・ワインは自然派ワインの考え方に近い形でつくられているワインであると言える。また自然派ワインメーカーの製法においては、発酵を人工的に止めずにブドウの糖分のほとんどをアルコールに変換させるので、アンバーワインの多くは残糖度が低く、辛口のワインとなる。

トビリシの自然派ワインバー
首都トビリシは、ワインショップやワインバーが集中しているが、自然派ワインに特化した場所も少なくない。以下、筆者が訪問した自然派ワインのスポットを紹介する。
スタンバホテル内の「WAREHOUSE」
最初に紹介するWAREHOUSEは、住宅街と商業施設が入り混じり、古さと新しさが融合したヴェラ地区にある有名なデザインホテル、スタンバホテル(Stamba Hotel)の中にあるバー。スタンバホテルは、旧ソ連時代の出版社を改装したインダストリアルな建築が特徴的な空間で、エッジが効いたショップがあったり、広いカフェレストランがあったりして宿泊客以外の多くの訪問者が自由に出入りするホテルだ。WAREHOUSEは、ホテルの中庭を通り抜けた場所にあり、バー兼ワインショップで好きなものを注文したら、敷地内のゆったりとした屋外空間にドリンクを持ち出して自由な時間を過ごすことができる。自然派ワインの品揃えは豊富で、ジョージア産のもの以外にフランスやスペイン、南アフリカの自然派ワインも取り揃え、ワインショップの一角では日本酒も展開する。ジョージアの赤ワインを代表するブドウ品種であるサペラヴィの種類も豊富。夏にはジューシーで飲みやすいライトなタイプのものがオススメだ。

ファブリカ内の「Saamuri Wine Bar」
次に紹介するのが、スタンバホテルと同様トビリシで最も知られたカルチャースポットの一つであるファブリカ(Fabrika)内にある小さなワインバー、Saamuri。Saamuri(საამური)は、ジョージア語で楽しさ、心地よさを意味する単語だ。その名の通り、心地よい自然派ワインをキュレーションして提供するカジュアルなバー。またワインメーカーとコラボレーションして作った、自分たちのブランドのワインも販売する。ファブリカ自体、旧ソ連時代の工場を改装してできたマルチ商業施設で、ホステル、コワーキングスペース、ショップ、レストラン、団体のオフィスなどが集結している。デザインホテルの気取った感じがあるスタンバホテルとは対照的に、ファブリカはアンダーグラウンド感、ヒッピー感が漂う空間。ワインバーの価格も手軽で、学生でも気軽に楽しめるような場所だ。ワインバーの価格も手軽で、学生でも気軽に楽しめるような場所だ。
旧市街の観光地に近い「Vino Underground」
最後に紹介するのが、旧市街の観光地からほど近い場所にあるVino Underground。その名の通り、半地下空間に広がる隠れ家的なワインバーである。2012年に開業したこの店はジョージア初の自然派ワインに特化したバーだ。旧市街の観光地は人に溢れているという印象があるが、このワインバーは人が集まるエリアから徒歩10分ほど歩いた場所、少し落ち着いた裏通りに位置する。地下のバーではあるが、空間は意外と広く、ゆったりとした空間でワインや軽食を楽しむことができる場所だ。ファブリカほど手軽ではないが、アットホームな雰囲気でジョージアの自然派ワインのオススメを味わうことができる。

カヘティ地方のワインルートを訪問
ジョージアにおける最も重要なワイン生産地域が、トビリシの東に位置するカヘティ(Kakheti)地方。ジョージア全体における7-8割のブドウ生産を担っている。主な栽培品種は黒ブドウのサペラヴィ(Saperavi)、白ブドウのルカツィテリ(Rkatsiteli)、ムツヴァネ・カフリ(Mtsvane Kakhuri)、キシ(Kisi)、ヒフヴィ(Khikhvi)である。
知人のワインメーカーの紹介を受け、筆者もカヘティ地方のいくつかのワイナリー及びワインレストランを訪問した。
敷居の低さが魅力「Sekhnika Winery」
このワイナリーは、カヘティの州都であるテラヴィ(Telavi)にある。煉瓦作りの建物を入ると右手にクヴェヴリが地中に埋められた醸造場所があり、左手にはワインの試飲スペースがある。このワイナリーでは、基本的にはワインショップなどに卸さずに直接販売のみ行っているとの説明がなされた。試飲できるのはクヴェヴリ製法でつくられた味わい深いアンバーワインと赤ワインと、飲みやすさが特徴的なセミ・スウィートのペット・ナット(自然の微発泡ワイン)ロゼワインなど。通訳を介してもあまり深い説明を聞くことはできなかったが、敷居が低く短時間で完了する試飲体験は、時間が限られている訪問者にとってありがたい。
究極のアットホーム感「Zurab Kviriashvili Vineyards」
テラヴィで訪れたもう一つの自然派ワイナリーは、建設エンジニアのバックグラウンド持つZurab Kviriashviliが2002年に立ち上げたワイナリー。建設の知識を活かして、住宅の敷地内にワインセラーをつくりあげた。本人が出張中ということで、現地にいる彼の母親と連携してビデオ通話でワインの解説をしてくれた。個人宅のチャイムを鳴らして、ワインセラーを訪問するという究極のアットホーム感があるワイン体験。ワインの味以上に、訪問体験が印象に残った。

テラヴィには、他にもいくつもワイナリーが存在しているが家族経営の小規模のワイナリーは予約必須で、ワインテイスティングのメニューも割高という印象。市内に店舗を構えるDakishvili Family Vineyardsのワインバーでは、グラスでの試飲はできずボトル販売のみという選択肢しかなかったのは残念である。

ワイン好きが通う「Pheasant’s Tears」
テラヴィから約60キロ離れた場所にある景観で有名なシグナギ(Sighnaghi)という場所にあるワイナリー・レストラン。自然派ワインとジョージアの代表的な料理を楽しむことができる人気店。ムツヴァネ品種のアンバーワインは、塩気と旨味が感じられる深い味わいがあり、パクチーが効いたジョージアの前菜によく合う。テラス席も人気だが、自然派ワインの展示会ポスターやワインに関する書籍が並ぶ店内も魅力的。彼らが紹介されていた日本のワイン雑誌も。
絶景レストラン「Okro’s Wine Restaurant」
こちらもシグナギにある自然派ワインのワイナリー・レストラン。丘の上に位置し、テラス席からはシグナギの街を一望することができる。ここのワイナリーのオススメは、ヒフヴィ品種のアンバーワイン。タンニンはマイルドで飲みやすいアンバーワイン。胡桃とチーズのペーストをスライスした揚げナスで巻いたニグジアニ・バドリジャニ(Nigvziani badrijani)という前菜と合う。
観光客にやさしい「Kerovani Winery」
同じくシグナギにあるワイナリー・レストランは、ワイン作りのプロセスなどをわかりやすく解説する無料のセラーツアー(英語)を実施しており、観光客向けという印象だ。グラスワインを楽しむだけでなく、8種類のワインの中から自分の好きな4種類を選んでテイスティングすることもできる。少し甘さがあるペット・ナットや、4種の白ブドウ品種をブレンドしたアンバーワインが高評価。
番外編:地元チーズと味わう自然派ワイン
最後に、ワイナリーではないがテラヴィで訪問したTsivisチーズ工房を紹介。ここではジョージアの代表的なチーズである、スルグニ(sulguni)や、塩気が強いグダ(guda)、ハーブやスパイスを混ぜ込んだ欧州スタイルのハードチーズなどを製造販売しており、観光客のために多種多様なチーズを盛り合わせたランチセットも展開する。ジョージアのチーズは塩気が強いものが多く、そのまま食べるには塩辛すぎるが、ワインに漬け込んだユニークなものや、燻製したチーズは食べやすいものも多かった。ランチでは、チーズとの物々交換で入手しているという地域ワイナリー産の自然派ワインが気前よく振る舞われる。

今回筆者は、はじめてジョージアを訪問したが、自然派ワインを軸に、この国の豊かなワイン体験を垣間見ることができた。8000年のワイン文化が今も日常に息づくジョージア。トビリシの街を歩いていると街中にブドウの樹に遭遇することもある。アットホームで居心地の良い時間を与えてくれるこの国は、すぐにまた戻ってきたいと感じさせてくれた。
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All Photos by Maki Nakata
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Maki Nakata
Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383


















