スイスの最南端部にある人口750人ほどの村「モルコーテ(Morcote)」が、観光客を惹きつけてやまない。そこは、ルガーノ湖に囲まれた半島の先端。山の斜面に築かれた村の景観は、流行の最先端を行く現代の町とは一線を画す。数々の古い建物は味わい深く、自然とのハーモニーに息をのむ。宿泊して山と湖と木々、そして太陽の輝きを心行くまで楽しむのもいいし、日帰りの旅でも十分、心の洗濯ができる。 

モルコーテという名前は、岩の端(半島の先端)を意味する。現在の落ち着いた雰囲気からはあまり想像できないが、ここは1847年までルガーノ湖で最大の港だった。湖のイタリア側との間を船が絶えず行き来し、たくさんの人や物資が運ばれた。

モルコーテは、2016年、スイスの雑誌が企画したコンテストで「スイスで最も美しい村」に選ばれた。スイス連邦文化庁指定の「国の重要集落(市町村)一覧(ISOS)」にも入っている。また、2023年には、国連世界観光機関(UNWTO)が毎年世界から選出する「ベスト・ツーリズム・ビレッジ」にも認定された。“ルガーノ湖の真珠”とも表現されるモルコーテの輝きをこの目で見ようと、足を運んだ。

行き帰りは、ぜひ船に乗って

公共交通機関でモルコーテに行くには2つのルートがある。ルガーノからだと電車とバスを使う陸路、そして、フェリーターミナル(ルガーノ・セントラル)から船に乗って湖を行く水路だ。陸路の方が早いが、ぜひ船(片道45分)に乗ってほしい。湖の両岸に、みずみずしいランドスケープが開ける。途中で停泊する港ののどかな様子も、とても印象的だ。陸路でこれらを見逃すのはもったいない。

到着後、まずは水辺を散策しよう

モルコーテは、ざっくり分けて2つのエリアを楽しめる。水平に広がる湖沿いと、教会がある高い場所までのエリアだ。船を下りたら、水辺を歩こう。湖を臨む家々は巨大な芸術作品だ。壁はピンクや黄色などで微妙に色が異なっている上、日の当たり具合で色調が変化する。ここにはレストランや土産店が並んでいる。

建物のもう1つの特徴は下部がアーケードになっていること。建材は、廃墟に残っていた中世時代の柱と上質な石材を使ったという。残念ながら1862年に起きた土砂崩れで多くの部分が湖に流され、現在はフェリーターミナル付近の約100メートルが残るのみ。温かみにあふれる木製の梁や、気品が感じられる均衡の取れた楕円形アーチをじっくり見てみよう。

また、湖畔の密集した家々の間には、細い路地が広がっている。家のデザインが似通っているので、歩いてみると迷路に入り込んだ気持ちになるが、湖の方角を覚えていれば大丈夫だ。

湖側の風景にもうっとりする。湖上のレストランからのアングル、足場を入れた構図、平凡なボートを含めた光景と、とにかく、どこから水辺をとらえても麗しい。お茶を飲みながら1時間、いや2時間眺めていても見飽きないだろう。ちなみに、湖では遊泳も可能だ。

教会の装飾と高台からの見晴らしにも酔いしれる

水辺を一通り歩いたら、観光スポットの教会がある方へ上ろう。教会3つと礼拝堂1つを回るには、少し急な“404段の”階段から行くルートと、多少緩やかな階段からのルートがある。私は緩やかな階段を上ってみたが、それでも多少息切れした(急な階段は下りの時に使った)。体力に自信があれば、急な階段を上ってみるのもいいだろう。

教会と礼拝堂はどれも優雅で、手の込んだ装飾は時間を忘れてずっと見ていたくなる。

最初に見たのは1550年前後に数年がかりで建てられた後、修復や改築を重ねた「サン・ロッコ教会」だ。当時ペストが流行しており、感染者たちを守る聖人サン・ロッコに祈りを捧げようと作られた。

すべてが、村の男性たちの手仕事だったということに驚かされる。昔はモルコーテを含め、スイス南部のティチーノ地方の多くの男性たちは近隣国に出稼ぎし、建設・建築業に携わった。この教会の建設は、そうした技術を学んだ男性たちが冬に里帰りした間に進められたという。実は、村にある他の建築でも村民たちが労働面、資金面で貢献しており、村人たちなくしては、これらの風格ある建造物は形になることはなかった。

次はモルコーテ1番のランドマーク、「サンタ・マリア・デル・サッソ教会」だ。サン・ロッコ教会から約300メートル歩くと、まず教会の塔が現れる。ライオンやイノシシの彫刻が施されたルネッサンス様式の塔だ。人のサイズと比べると、いかに高いかがわかる。大中小の古い鐘が付いていて、現在も音をつむぎ出している。

サンタ・マリア・デル・サッソ教会は3つの教会の中で1番大きい。増築が繰り返された結果、1つの教会内に様々なデザインが寄せ集まったのは珍しく、興味をそそられる。

教会の目と鼻の先には礼拝堂「パドヴァのサント・アントニオ」がある。控えめな装飾で、教会とは雰囲気ががらりと異なる。1600年半ば、村で飢餓が起きた時に、危機がおさまるようにとの希望を込めて建てられた。

3つ目の教会「サント・アントニオ・アバーテ」は1300年頃に建てられた。1500年頃まで病院として使われていたらしい。今は、定期的に開催される音楽イベントの場所としても知られている。

山の斜面の見所は他にもある。サント・アントニオ・アバーテ教会から徒歩5分の「パルコ・シェレール」は、東スイスの豪商ヘルマン・アーサー・シェレールが作った庭園だ。1万5000平方メートルと広大だ。旅好きだったシェレールは東洋文化にも魅了されたため、東洋の植物もある。宮廷的な洗練された美しさから、コンサートや結婚式の会場としても使われる。

©Ticino Turismo – parisiva.ch

また、3つの教会を越えた山の頂上、海抜475メートルには古城が残っている。徒歩のみでのアクセスはなかなか大変だが、思い切ってハイキングもいいかも。城の周りでブドウを栽培しているワイナリーでは、ワイン6種が試せるワインテースティング(城見学あり)に参加できる。レストランやホテルもある。

モルコーテは小さいが見所は満載だ。祈りのための4か所を回る間に見た眺望にも心打たれた。教会建設に携わった村人たちも、きっと、今と同じような素晴らしい景色を眺めていただろう。数百年も輝きを保っているモルコーテは、歴史好き・建築好き、自然派・スポーツ派には特におすすめの場所。近いうちに、私ももう1度訪れたい。


取材協力:
スイス政府観光局
ティチーノ観光局

Photos other than those credited: by Satomi Iwasawa 

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/