マレーシアの首都クアラルンプール。20世紀の終わりから台北101ビルが建設されるまで世界一の高さを誇ったペトロナスツインタワーがこの都市のアイコンだ。ツインタワーとしては今でも最も高い建造物で、その姿はまるで二つのパゴダかモスクの尖塔のようで美しい。
中世から交易の要衝であったマレーシア。今ではマレー半島、中国、インドなどをルーツとする人たちが生活し、さらに各国からの移住者も多いということで、多様性が豊かな国だ。親日国ということもあり、日本人にとっては旅をしていても気が楽だし、人々とも親しみやすい。そしてなにより、食べ物が口に合う。現地の素材を生かし、中華系の調理法を取り入れ、インドのスパイスも程よくプラスといった料理へのアプローチは、現代の日本の食卓に日常的に登場する日本独自の料理、例えばカレーライスやラーメン、トンカツなどとも似ているように思われる。
今回はクアラルンプールを歩いて楽しんだ朝・昼・晩の食事と、軽食「ロティバビ」のレシピをご紹介したい。
中華系の街の食堂で朝食
マレーシアはその国民のうちマレー系が70%、中華系は23%、そしてインド系が7%という多民族国家だ。クアラルンプールは、19世紀の終わりに清からやってきた人々が、錫(すず)の採掘のために住み始めたのが始まりだったのだそう。もう一つの高層建造物であるクアラルンプールタワーのそば、チョウキット地区のインダストリアルな通りの一角にある中華系の店「ユーキー レストラン」へ朝食を食べに出かけた。コーラルピンクに塗られた建物がひときわ目を引く。
朝食としては遅めの10時ごろに到着したのでそれほど混んではいなかったのだが、店の前にはテントが張られてウェイティングのための椅子が並んでいる。入ってみるといかにも中華系の内装で、壁に飾られた写真が、この店の歴史を教えてくれる。店の奥は開口しているので風が通って気持ちがいい。冷房はなく天井に吊り下げられたいくつものファンがブンブンと回っていた。訪れたのは10月の終わり。一年を通して真夏の気温だが、不快を感じない暑さだ。
中華の朝食の定番の一つ、鶏の粥をいただく。しっかりとした鶏肉が入った重めのスープに柔らかく煮た米、そこに揚げた玉ねぎと小ねぎが振ってある。気温は30度近いというのにアツアツでやけどしそうだが、それをふうふうと冷ましながら食べる。中華系の人たちは体を冷やすのを避けるというが、熱帯性気候の高温多湿の中で食べるのだから汗は出る。
もう一品、海南麺(ハイナンミー)は麺料理。中国南部の海南からは、多くの中国人がマレー半島に渡ってきた。麺は小麦麺で、見た目もその食感もほぼうどん。味付けはあっさりとしたしょうゆ味で具は豚肉に練り物そして白菜で、スープは少なく、汁なしうどんといった印象だ。日本のどこかで食べたような気がするほど馴染みがある味で落ち着く。
ロティバビ(Rotibabi)は「ポーク サンドウィッチ」という意味で、パンに豚ひき肉や海老、玉ねぎなどの具を挟んで揚げたものだ。具入りの揚げパンというわけだが、カラっと揚がっていてしつこくない。今回はこのロティバビのレシピを紹介する。
おかずを選ぶナシカンダーで昼食
ナシカンダーはマレーシアの定食屋のこと。店舗は小さな日本の弁当屋のような店から、100人は入れるだろうという大きさのものまでいろいろある。中心部のカンポンバルにある両側に飲食店が立ち並んでいる通りに出かけた。どの店も気になるが、様々な料理が並ぶ大きなカウンターがいくつもあるKak’ Somという店に入ってみた。
まず初めにレジでご飯の種類を選ぶ。「Naci(ナシ)」はご飯のこと。ナシプチ(白米)を頼んで好きなおかずを自分で選ぶも良し、ココナッツで炊いたご飯にナシダガンで魚の煮たものに合う。ギーと香辛料で炊き込んだナシミャクは肉を串に刺したサテーや肉や魚の煮物と、ナシクラブは鶏や魚などの揚げ物とバタフライピーという花で青く着色したごはんと一緒に食べるものらしい。
ナシミャクを選んでおかずを見て回る。「Ayam」は鶏料理、「Daging」は牛肉料理、「Ikan」は魚料理、「Telur」はたまご料理だ。そのほかに野菜料理、スープなど、数えきれない種類のおかずが並んでいる。
牛肉の煮込み「Daging Gulai」に、もやしとゴーヤの炒め物、豆の煮もの、イカの炒め煮、煮たまごを乗せてもらった。これだけ欲張って13リンギットだから450円ほどだ。
周りを見渡すと比較的若い客が多い。マレーシアのベビーブームは1990年頃だそうで、30代の働き盛りが多いのだそうだ。
マレーシア料理アンバサダーのレストランで夕食
旅の終わりに、『De Wan 1958』という洗練されたマレーシア料理のレストランへ出かけた。Chef Wanは海外での経験を積んだ後、マレーシアに戻りレストランを開業。テレビなどにも登場する人気シェフで、マレーシア政府観光局の食のアンバサダーも務めている。
この日、前菜のプレートには、エビと野菜のフリッター、野菜の春巻き、ポーク入りパンケーキの蒸し物、チキンとじゃがいものパティの揚げ物が並んだ。現地のチリソースがスパイシーで食欲をそそる。趣向の違う前菜を複数食べることができて楽しい。
Rendang Udang Nogoriはエビを発酵したドリアンソースで煮たもの。あの香りが強い果物のドリアンをさらに発酵させたソースということで身がまえたが、独特な香りはマイルドになり、クリーミーな食感が海老に絡んでよく合う。コブミカンの葉の香りがアクセントになっていた。
牛肉を、スパイス、ココナッツ、パームシュガーとココナッツミルクのグレイビーで時間をかけて調理したOpor Rusukは、肉が柔らかくまたグレイビーの旨味が浸みこんでいて絶品だった。
デザートにはチョコレートドリアンケーキをチョイス。しっかりとドリアンの美味しさを感じるが、強い香りは抑えられていて洗練された味だ。
いずれの料理もマレーシア料理の伝統を守りつつ、インターナショナルに受け入れられる洗練された味に仕上がっていておいしく、そして興味深く楽しむことができた。
マレーシア式フレンチトーストともいわれるロティバビのレシピ
ユーキーレストランで食べたロティバビは、パンに豚肉、海老、野菜の具を挟み揚げたものだった。(ちなみに豚肉を使うので宗教上問題のない中華系の人々が食べる料理だ。)厚めに切ったパンを二つに切ってポケット状にして具を入れるもの、揚げずにフライパンで焼くもの、パンに卵液を浸みこませるものなど様々な作り方があるようだが、今回はパン2枚にはさんで卵液を浸みこませて、バターを使ってフライパンで焼くタイプを紹介する。
材料:
・食パン6枚切り 6枚
・バター 30g
・豚ひき肉 450g
・えび 230g
殻をとり洗い荒くたたく
・たまご 2個
・玉ねぎ 1個 粗みじん
・ピーマン 1個 みじん切り
・パクチー 1束 みじん切り
・片栗粉 小さじ 2/3
・塩 小さじ1
・醤油 小さじ1
・ウスターソース 小さじ1/2
・植物油 小さじ2
作り方:
1. フライパンに植物油をひいて温め、豚ひき肉、えび、たまご、玉ねぎ、ピーマン、パクチーを入れて豚肉に火が通るまで炒める。
2. 水溶き片栗粉、塩、醤油、ウスターソースを加えて、水分がほとんどなくなるまで炒める。
3. 食パンのみみを落とし、2の具の1/3を置いてもう一枚を乗せて挟み、周りの部分を指で押さえる。同様に3つ作る。
4. 3の両面・側面に卵液を浸みこませて、フライパンにバター10g入れて表面に焼き色がつくまで焼く。他の2つも同様に焼く。
二つに切ってもいいし、そのままたべてもいい。好みでチリソースをつけてもいいだろう。
今回は具はたっぷりにしてボリューミーに、そしてフレンチトースト風にたまごを使った。エスニックな香りとバターとたまごの風味がよく合って美味しい。
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All Photos by Atsushi Ishiguro
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石黒アツシ
20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/