ロンドン西部の街ノッティング・ヒルは、長い通りのポートベロー・ロード(Portobello Road)に、数え切れないほどの屋台が立ち並ぶストリートマーケットで有名だ。骨董品、衣類、食品と何でもあり、平日でも面白い品々を探すことができる。道路沿いには数々の路面店もあり、屋台と合わせて見回れば、丸1日以上たっぷり楽しむことができる。この界隈は恋物語の大ヒット映画「ノッティングヒルの恋人」(1999年公開)の舞台で、実際に見てみたいと訪れる人も多い。

所々に、パステルカラーの外観の建物が突然現れるのも面白い。これらは、やはり旅の記念として写真に収めておこう。ポートベロー・ロード以外の場所を歩くと白い壁、白と茶色の壁、クリーム色の壁の清楚な家々が多いことに気づくと思うが、ノッティング・ヒルは高級住宅街だ。それらのお洒落な家にどんな人たちが住んでいるのだろうかと想像するのも楽しい。

ちなみに、毎年8月末にはカリブ諸国の音楽やパフォーマンスが繰り広げられる「ノッティング・ヒル・カーニバル」が開催されて大変な賑わいになるため、ノッティング・ヒルの普段の顔を知りたいならこのイベント以外の日に訪問した方がいいかもしれない。

久しぶりの今回のノッティング・ヒル訪問では、ショッピングではなく、食をテーマに巡ってみた。ストリートマーケットを挟む2つの地下鉄駅、ラドブローク・グローブ(Ladbroke Grove)からノッティング・ヒル・ゲート(Notting Hill Gate)までの区間で寄った7店を紹介する。おとぎの国に出てきそうな“キュートな食”を目で楽しんでいただこう。飲食店は多数あるが、7つの味だけでもノッティング・ヒルを身近に感じていただけると思う。

花の形のパンを求めて「ファブリーク」へ

最初の2店は、ラドブローク・グローブ駅からポートベロー・ロードに入って2、3分の所にある。パン屋の「ファブリーク」は、細く切った生地を手でクルクルと巻き、花の形にして焼いた丸い菓子パンと、クロワッサンやバゲット、トースト用パンなどの甘くないパンを看板メニューにしている(クッキーやサンドイッチも売っている)。人気の秘密は、新鮮でナチュラルな材料と昔ながらの製法だ。金融業界で働いていたカップルがスウェーデンで開業し、今ではロンドンに6店、ニューヨークに2店を構える。

花の形の菓子パンがとにかくおいしくて、午後遅めだと売り切れることもあると聞いたので、早めに訪れた。アーモンド、カルダモン(カレーにも使われるショウガ科のスパイス)、バニラといった風味のすべてを食べてみたかったものの1個でもボリュームがあり、シナモン風味(1個4.25ポンド=約800円)のみにした。パン棚の反対側にあるテーブルは満席だった。テイクアウトして後で食べたが、しっかりと焼き上がった生地は歯ごたえがあり、少し強めのシナモンはブラックコーヒーによく合った。

アイシングを施したビスケットの世界「ビスケッターズ」

ノッティング・ヒルに行くなら、外観も店内も愛らしいビスケット専門店「ビスケッターズ」にも、ぜひ寄ってほしい。精巧なアイシングに惚れ惚れするベージュやブラウンのクッキーは、あまりにもキュートで食べるのがもったいないくらいだ。誕生日向けはもちろん、各種お祝い、バレンタインデーや母の日といった季節の行事向けや四季のモチーフ、ダブルデッカー(赤い2階建てのバス)や王室といったイギリスらしいデザインも並んでいる。見た目よりも、甘さは控えめだ。

企業で様々な経験を積んだ女性が起業して、昨年で17周年を迎えた(ビクトリア駅近くに2号店がある)。ビスケッターズの商品は不動の人気を誇り、高級デパートでも販売されている。

ショッピングしなくても、ビスケットやマカロンやケーキを食べたりドリンクを飲むことができ、アフタヌーンティーもオーダーできる。また、自分でビスケット4枚に5色のアイシングカラー、チョコレートやアラザン(銀色の砂糖粒)といったトッピングでオリジナルの模様を描き、持ち帰ることもできる(ギフトボックス付。1時間で1人30ポンド=約5600円)。

高級感漂う「デイルズフォード・オーガニック」で、ヘルシーな食事

次の2店は、ポートベロー・ロードの中間辺りで交差する小道、ウェストボーン・グローブ(Westbourne Grove)界隈にある。ポートベロー・ロードから、教会(Westbourne Grove Church)を目指してウェストボーン・グローブを2分歩くと、カラフルな建物のブティック街が見えてくる。そのなかで、こげ茶色の日よけシェード3枚で覆われ、一際シックな雰囲気を醸し出ているのが「デイルズフォード・オーガニック」だ。

ここは、何十年も前からオーガニック農業に取り組んできた女性が展開している店。農場はロンドン近郊のコッツウォルズ地帯にある。農場でも、このノッティング・ヒル店およびロンドンの他の2店でも、農場で育てた野菜・果物、肉やチーズ、オーガニックワインなどの食品と、テーブルウェアやキッチン用品、ルームフレグランスや洗剤といった生活雑貨を売り、オーガニック食材の料理を提供している(農場には、料理学校やスパもある)。“持続可能なライフスタイルを考えていこう”と提案するこの店は、環境配慮と健康のために上質な物を求める人たちから熱い支持を受けている。

注文したのは、グレープフルーツジュース、ハーブやスパイスを加えたショウガドリンク、レモンをブレンドしたアルコールフリーの植物系カクテル「ビタミン・トニック」と、本日の魚料理の「サーモンのグリル」。メニューに載っていた4種類のサラダから2種類を選べたので、ハーブで味付けしたキヌア(キノア)、ビーツ、レンズ豆の赤いサラダ、そしてケール(アブラナ科の野菜)、リンゴ、クランベリーの緑のサラダにした(カクテルは7.5ポンド=1400円。料理は28ポンド=約5200円)。シンプルだが絵になる!と感激しながら撮影し、食べてまた感激した。ピスタチオとレモンのドレッシングと、ペカンナッツを使った香辛料のきいたドレッシングが素晴らしくおいしく、火が通った瞬間に盛り付けたようなサーモンも、ふっくらした身に心がなごんだ。様々な料理があったが、このクオリティーなら、何を食べてもきっと満足するはずだ。

有名シェフの店「オットレンギ」で、スイーツを

料理本が世界中で500万部以上も売れているというシェフのヨタム・オットレンギが、2002年に親友と一緒に開いた「オットレンギ」(ロンドンに複数店あり)も人気がある。イスラエル生まれのオットレンギは、アカデミックな世界で働こうと思っていたそうだが、ル・コルドン・ブルー・ロンドン校を卒業したことを機に、料理人としてのキャリアをスタートした。同店の特徴は、中東、地中海、北アフリカなど様々な地域のテイストを組み合わせた“味のフュージョン”と芸術的な美しさ。

ノッティング・ヒル店はテイクアウトのみ。白字に赤い文字の店名がよく映え、カラフルなケーキや料理が大きな窓ガラス越しに見える。私が訪れた時は、店頭にテーブル席が設けられており、店内で購入したばかりのスイーツを頬張る人たちであふれていた。

食事もケーキも充実の「チェリー・オン」

以下の3店は、ポートベロー・ロードの端から5分ほど歩いたノッティング・ヒル・ゲート駅周辺にある。「チェリー・オン」は窓越しに見えた各種ケーキがおいしそうで、料理も期待できそうだと惹かれて入った。座席数は30数席と広くないがソファー席が多く、とてもくつろげる。桜の木をイメージしたインテリアはピンクや茶系で、訪れたゲストたちに幼い頃の楽しい思い出にひたってほしいという願いが込められている。

メニューは豊富だ。朝食プレート、ブランチ(アボカドと卵をのせたパン、フルーツをたっぷりのせたパンケーキなど)、サラダやサンドイッチ、パスタやピザ、ハンバーガーやフィッシュアンドチップス、肉や魚のグリルなどで、食べたいものは必ず見つかるだろう。私は朝食プレートから「ビーガン・ブレックファースト」(14.95ポンド=約2800円)を選んだ。ビーツとアボカドのペースト2種、ビーガンソーセージ、ハッシュポテト、ローストした野菜5種にパンが添えられ、イギリス産のイチゴジャムとバターも付いた。モットーにしている、ヘルシーであることが表現された一品だった。

友人同士や子ども連れ、1人で食事する女性、1人でケーキを食べる男性と絶え間なく人が出入りして、人物観察も楽しんだ。

「ノッティング・ヒル・コーヒー・プロジェクト」の社会貢献するコーヒー

ロンドン西部でおいしいコーヒーを出す店として知られている「ノッティング・ヒル・コーヒー・プロジェクト」にも寄ってみた。環境や人権に配慮して生産されたコーヒー豆のみを使っているという。噂通り、コーヒーは文句なしの味。この店ではコーヒー(ホットドリンク類)1杯につき約48円をホームレスの若者を支援する団体に寄付しているため、その人たちのことを想像した。他にお茶、抹茶、ホットチョコレート、ジンジャーショットなどが飲める。

小さい店で長居する感じではないが、店全体がスタイリッシュでリフレッシュ感は抜群。海の色を思わせる青いコーヒーカップも店の雰囲気に馴染んでいた。

「マウイ・カフェ」で、ゆったりとネットサーフィンも

マウイ・カフェ」は外観と店内とのギャップに驚かされる店だ。チャコールグレーのモノトーンの外観から一歩中へ入ると、木目(天井、床、カウンター、テーブルや椅子、棚)と頭上に葉が茂る別世界が広がる。まるで植物園のようだ。パソコンを持ってきて長居している人が目立ったのも納得できた。各種コーヒーやお茶、手作り感があふれるパウンドケーキ、サラダやサンドイッチから何かチョイスして、ロンドンの街中でトロピカル気分にひたるのもいい体験だ。私は大粒のデーツ(ナツメヤシの実)とカフェラテをセレクト。ノッティング・ヒルで撮った写真を見たり、ロンドンのアート情報を読んでまったり過ごした。


Photos by Satomi Iwasawa 

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/