ロンドンでワインを楽しんできた。イギリスといえば、ビールやジン(様々な植物成分で風味を付けた蒸留酒)で口福にひたるべきと思うだろうが、近頃、ワインがホットな話題だ。

イギリスには、中世からフランスのボルドーを始め世界のワインが輸入され、飲まれてきたが、最近では、「ワインの消費量が“国民的な酒”のビールにとうとう追い付いた」と報じられている。パブの数の減少も関係してビールの消費量が大幅に下がる一方で、ワインの人気が上昇しているのだ。国民1人当たり1か月に約2本半のワイン(1年に23ℓ)を飲んでいる というから、なかなか多い。

 
そして、ブドウ栽培には適していなかった寒冷地のイギリスで、温暖化に伴い、ブドウがよく育ち、ワインの生産量が急速に増えていることも大きな変化だ。ほとんどが国内で消費され、輸出は少ない。

主流はスパークリングワイン

イギリスのワインといえば、南部(イングランド地方南部)で作られるスパークリングワイン(約80%が白で、残りはロゼ)が代表格だ。

同国のスパークリングワインの生産は1990年代から本格化した。その後、2000年代のさらなる温暖化の影響を受け、イギリスでも上質なブドウの栽培が可能になった。

イギリスのスパークリングワインは国際的なワインの賞を次々獲得しており、「持続可能な方法で、今以上においしいイギリスのワインを作ろう!」「イギリス産ワインをもっと広めよう!」という掛け声のもと、生産者やバイヤーの士気は高まっている。

ワインバーや、アーバン・ワイナリーを探す

イギリスの国産ワインはどこで消費されているのだろうか。ワインの全国協会、ワインGBの調査によると、ワイナリーでの販売17%、ネット販売11%、(いわゆる外飲みの)居酒屋やレストランで提供(オントレードと呼ばれる)28%、小売店で販売(オフトレードと呼ばれる)36%、となっている。

イギリスを訪れたら、店頭で国産ワインをお土産用に買ってみるのもいいだろう。

食事と一緒にイギリスのワインを1、2杯味わってみたいなら、ワインバーに行こう。イギリスの旅の拠点となるロンドンには多数のワインバーがあって迷ってしまうが、昨秋公開の「ロンドンのベストワインバー27店」は参考になる。ただし、外国産がほとんどで国産が非常に少なかったり、国産はボトルのみという店もあるため、事前に各店のウェブサイトに掲載のワインリストをチェックするか、店にワインのメニューを聞いてから行くことをおすすめする。

上記27店のリストにもある、ロンドン最古といわれる「ゴードンズ・ワインバー」を通りかかった。1890年設立で、天井の低い洞窟のような空間にも席があり、130年を超える歴史が強く感じられる。イギリス産は、ハチミツを発酵させて作ったハニーワインが飲める。

イギリスの赤、白、スパークリングワインが楽しめる、評判のいい「プラム・ワインバー」にも行ってみた。この建物にも歴史があり、昔、イギリスの国民的作家チャールズ・ディケンズ(1870年没)がここで週刊文芸誌の編集をしていた。

ブドウ園やワイナリーを訪れてみたいなら、ツアーやワインテイスティングも充実している。ワインGB によると、畑やワイナリーの2023年の訪問者は150万人に達したといい、人気ぶりがうかがえる。

ロンドンから遠出したくなければ、ブドウを遠隔地から調達して街中でワインを醸造するアーバン・ワイナリー(都市型ワイナリー)が市内にある。アーバン・ワイナリーは新しい動きで、他の国々にも広まっている。

目下、ロンドンにはアーバン・ワイナリーが7軒あり、先陣を切ったのは2013年開業の「ロンドン・クリュ」だ。国産ブドウを使っている。また、やはり国産のブドウを使っている「ブラックブック」、国産に加え、ヨーロッパ諸国のブドウも調達している「レネゲード」(レネゲードは別の場所にワインバーもあり、上記27店のリストに掲載されている)もいいだろう。これらのワイナリーでは、4種類のオリジナルワインをテイスティングできる。

高価な国産ワインをグラスで味わえる専門店

気軽に入れる雰囲気のワインショップ「ベッドフォード・ストリート・ワインズ」では、世界のワインを販売している。ここでもグラスワインが飲めると聞き、行ってみた。ワインボトルがぎっしりと並べられた中で、夕食前のひとときを過ごす人たちで賑わっていた。

訪れた時のグラスワインのメニューのうち、イギリス産は「ハロー・アンド・ホープ」ワイナリーのスパークリングワイン2種のみで、「Rosé Brut」の方を試した。

ハロー・アンド・ホープは家族経営で、ロンドン中心部から西へ、車やメトロで1~2時間ほどの丘陵にある。そこは、古代のテムズ川(約45万年前に水が流れていた)が残した粘土や砂利の大地だ。白ブドウのシャルドネ、黒ブドウのピノ・ノワールとムニエ(ピノ・ムニエ)の3品種のみを植え、ワイナリーはブドウ畑に隣接。ブドウ栽培もワイン醸造も化学処理を介さず、自然なワインを作ることをモットーにしている。2019年にワインGBから「ワイナリー・オブ・ザ・イヤー」の栄誉を授かり、高級スパークリングワインを作っていることで知られているという。

ロゼスパークリングワイン「Rosé Brut」は、フランスのシャンパーニュと同様の伝統的な製法で2013年から作り始めた。試したヴィンテージは「2020年(熟成期間は30か月=2年半)」で、上記3つのブドウのブレンド。ブドウの出来は上々で信じられないほど濃縮していたといい、確かにベリーと柑橘の香りが強かった。甘辛度は辛口を指すBrut(ブリュット 残糖量0g~12g/l未満)の部類に入るものの、残糖量7.8g/lと少なめで、総酸度(酸味量)も高めで、非常にキリッとした味わいに感じられた。

繊細な泡を眺めながら、「こんなにおいしいワインが、イギリスでも作れるのだな」と一口飲むたびに気分が高揚した。価格は125mlで16ポンド(約3100円)と高価な1杯だったが、いい思い出になった(ボトルだと、ベッドフォード・ストリート・ワインズでは約8500円)。

後で調べたら、世界の25万軒のワイナリーのワインを扱う大手のオンラインワインマーケット「Vivino」において、「Rosé Brut」はイギリス発のワインの中でトップレベルの評価を得ていた。

ワインバーで、ワインとチーズのペアリングの夕べ

ロンドンでワインを飲むことにいっそう特別感を出したいなら、イギリス産のチーズの盛り合わせが注文できる店に行き、一緒に食べよう。「ワインとチーズのペアリング講座」を催している店もいくつかあるので、おすすめ。私はロンドンに8店、バーミンガムに1店を構えるワインバー「ヴァガボンド」で、そのイベントに参加した。

ヴァガボンドは「数々の素晴らしいワインを気兼ねなく試してほしい」と、2010年に1号店がオープンした。セルフサービス式で、自分の好きなワインを好きな量だけ注いで飲める。各店に世界各地の100種類以上のワインが揃っており、マシンの蛇口上部にあるボタンから25ml、125ml、または175mlを選ぶ。25mlはごく少量だから、何種類かを飲み比べてから気に入った1杯をじっくり味わってもいい(店のチャージカード、もしくは携帯電話のアプリで精算)。

2017年には、再開発されて賑わう、バタシー発電所(元発電所の巨大複合商業施設)のあるバタシー地区にアーバン・ワイナリーを構えた。ここで作られたワインは数々のメダルを獲得している。

私は、大英博物館から徒歩10分ほどのシャーロット・ストリート店を訪れた。イベントのホストは、同店ソムリエのサヴィさんだった。各参加者には、まず、5種類のチーズと六角形型クラッカーが配られた。チーズはすべてイギリス産で、イベント以外の時も店で注文できる。

ワインは国産と外国産の計5種類だった。テイスティングの基本は<最初にワイン1種類を飲み、次にチーズ1種類を食べ、最後に一緒に味わう>とサヴィさんは教えてくれた。

1本目は、100%ピクプール種で作った南フランスの白ワイン「picpoul de pinet」。この名前はこのワインの固有名ではなく、ブドウの産地の名称(原産地呼称)だ。地中海沿いにあるトー湖のすぐそばのピネ村を含めた村々で作られる。

グレープフルーツの香りと酸味が印象的で、とても飲みやすかった。どんな魚介類にも合うが、トー湖には牡蠣の養殖場があり、牡蠣との相性は抜群だそう。

試したチーズは円筒形でグレーの皮(熟成前に軽く炭火で焼くため、カビが生える)がある、山羊のミルクで作った白いチーズ(ゴートチーズ)。ゴートチーズを専門としているブラント一家のGolden Crossだ。Golden Crossも、一家が手作りするほかのゴートチーズも、国内外でたくさんの受賞歴がある。レモンの風味がして、非常になめらかな食感だった。ゴートチーズは一般的にくせが強くて敬遠する人も多く、私の隣席の参加者も苦手!と言っていたが、チーズが大好きな私には嬉しい一品だった。

2本目は、「Ca 40.08」と書かれたラベルが健康食品の雰囲気を漂わせるオレンジワイン「Nu Litr Orange」。Caはカルシウムの元素記号で、40.08はカルシウムの原子量。左上の数値20はカルシウムの原子番号だそうだ。

イタリア南東部プーリア州のヴァレンティーナ・パッサラックアさんのワイナリーで、ファランギーナ種を使って作られた。オレンジワインはワインの第4のカテゴリーだといい、白ブドウを使い、赤ワインの製法で作る。

ブドウ畑ではバイオダイナミック農法(有機農法の1つ)を取り入れている。畑を実際に訪れたことがあるサヴィさんは「雑草も虫も本当にのびのびと育っていて、従来の畑とは全然違いました」とコメントした。その畑を想像しながら、明るいオレンジ色のライトな風味を、白カビタイプのブリーチーズとウェールズ原産の硬質のケアフィリチーズをかけ合わせたPerl Wen(写真:白い皮があるチーズ)と共に堪能した。

次は、いよいよイギリス産だ。メイド・イン・ロンドンと書かれている通り、先ほど述べた、バタシー地区のこの店のアーバン・ワイナリーで作ったロゼスパークリングワイン「Pét Not」だった(写真:左側のピンク色のワイン)。

伝統的な製法に従って酵母と糖類は加えたが、ナチュラルなスパークリングワインに近づけるため、澱(分解後の酵母)は取り除いていない。ナチュラルなスパークリングワインを意味する「ペット・ナット」の製法を取り入れたので、それをもじって、ワイン名をペット・ノットにした。ベリー類とバラの野性的な香りが強烈で、参加者全員が驚いていた。

ペアリングのチーズは、うっすら黒い点が見えるチェダーチーズ。クリーム色の小さい花が寄せ集まって咲く、イギリスでおなじみのエルダーフラワーを混ぜてある。その花の香りがはっきりと感じられるマイルドさは、他のワインにも合う気がした。

4本目と5本目は赤ワインだった。喉越しがとても軽やかな「Are you taking the Pais?」は、ヴァガボンドとチリのワイナリーとのコラボ品。昔、スペインから伝わってワイン用のブドウとしてチリに根付いた伝統的な品種パイス100%で作った。このフルーティーなワインには、ゴーダチーズ、チェダーチーズ、パルメザンチーズを合わせたようなOld Winchester(写真:白みがかった黄色いチーズ)を組み合わせた。

最後の「Andreza Altitude Tinto」は、ポルトガル北部の同国屈指のワインの産地、ドウロ地方のワイナリーが生み出しだ。パワフルで重く、ブルーベリーの香りがして、カビが見えるブルーチーズととてもマッチした。ドウロ地方は同国名産のポートワイン(ブランデーを添加し、アルコール度数を高めた酒精強化ワイン)の地で、「アルト・ドウロ・ワイン生産地域」としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。

サヴィさんいわく、「ワインとチーズの相性の評価は個人差があるので、“イベントで出したものは基本的な提案”として他の人とシェアしつつ、いろいろ試してみてください」とのことだった。5種のペアリングとは異なった、8種類のペアリングを載せたリストも配られ、それも一例にする程度でいいです、とのことだった。

ロンドンの旅の目的はファッションやアート、建物やミュージカル、そしてアフタヌーンティーでしようと思っていたが、『ワイン』『チーズ』をキーワードにしてもイギリスの面白い面を発見でき、きっと楽しいはずだ。


London Cru の見学日程 

Blackbook の見学日程

Renegade の見学日程 

Bedford Street Wines   

Vogabond 

「ワインとチーズのペアリング」の日程(全9店で実施)
約1時間半のイベント後、引き続き店にいるのも歓迎してくれます。

Photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/